第15話 交渉

「十五分後にまたここで集合だ。準備済ませとけよ。」

 楔はそう言うと、すたすたと食堂を出て行った。それに倣う様に食事を済ませた警葬監視操行部隊の面々は徐々に散り始め、やがて食堂には日向と聖だけが残った。山葵と永久は弓矢の最終点検の為部屋に戻ったが、武器として剣を扱う二人はそのまま食堂で待っていても問題ない。前日に楔から支給された白い外套も食堂に持ってきているので、準備は万端だ。

 ………物資的な準備は、万端だ。

「あの……日向さん………?」

「………………。」

「今日………頑張りましょうね……?」

「………………。」

 二人きりの食堂には予想だにしなかった気まずい空気が流れていた。というのも楔の『…………崇月見染。闇武器商が知り合いに居る』という言葉を聞いてから、ずっと日向が不機嫌に口を閉ざしているのだ。何が彼のお気に召さなかったのかは知らないが、仕事に支障を来さない様に日向の機嫌を直さねばならぬ聖にとってはいい迷惑である。拗ねる淡利を宥めるよりは幾分かマシだが。

「日向さ~ん……何か気に入らないことがあったんですか………?」

 聖は食堂の沈黙を破る事に勇気を総動員し、声を潜めて日向に聞いた。

「………………。」

 答える気はないらしい。日向は黙って首を横に振った。いつも八重歯を剥き出しにして灯に殴りかかっている姿とは対照的に、日向は驚く程静かだ。しかし常なれば「今日もうるさいな、でも常識を持った騒ぎ方だし良いや。」と許容できるにも拘らず、何故か今日は「聞いてんだからとっとと答えろや静かにしてんじゃねえぞ」と聖の心の中の火山が噴火の兆しを見せている。これが永久であれば一切苛立ちを誘わないだろうが、日向の場合はこうして軽い殺意を抱かずにいられないのか、と聖は学んだ。人徳とは偉大だ。

「体調でも悪いんですか?」

 日向は首を横に振った。

「仕事の人選が嫌なんですか?」

 日向は少し間をおいて、弱々しく首を横に振った。

「楔さんのああ言った声が嫌だったんですか?」

 日向は「は?」とでも言いたげな顔で首を横に振った。

「楔さんの知り合いだから信用できないんですか?」

 日向は少し俯いた後にゆっくりと小さく首を横に振った。

「じゃあ楔さんが!」

「どんだけ俺の所為にしたいんだ声絶対関係ないだろ!!」

 幾ら聞いても首を横に振る事しかしない日向に聖もむきになり、原因に成り得る事象を当てずっぽうに言い連ねる。そんな聖に、食堂に丁度やって来た楔が叫んだ。楔に続いて永久と山葵が弓矢を携えて入室する。どうやらもう十五分が経ったらしい。日向の機嫌は未だに悪いままだが、楔はそのまま崇月との爆弾入手の際の交渉を敢行するとの事だ。「というか寧ろ日向の機嫌は悪い方が崇月なら交渉上手く進むしな………。」と、楔が不穏な言葉を放っていたのは聞かなかったことにした。

 ちなみに楔への暴言に関しては適当に言い放ったものであった為に聖は日向が首を横に振った傍から忘れて行ったので、ついでに謝罪する事も忘れた。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 崇月邸は貴族区で最も外側に位置している。鳥籠内部では政府官邸を中心として政府区が円形に広がっており、貴族区は政府区を取り囲む様にして中心に近い程政府への納税額の大きい………権力の強い者の邸宅となるのだ。つまり崇月は貴族であり、その中で最も権力が弱く、政府へ納める税も少ない。古より崇月家は代々武器の製造を行っており、数百年前まではその品質や武器としての美しさを評価されて名家として名を馳せたが、ある出来事によって崇月家はあっという間に没落貴族の判を押された。

 政府が今まで出回っていた武器の全てを廃止したからだ。政府は民衆の手に武器が渡り、反逆が起こることを危惧した。その為政府は自ら武器を製造し、そこに民衆などには到底分かり得ぬ叡知、現代の科学力を注ぎ込んだのだ。政府の人間にはある指輪が配布される。それは個人の指紋を検知して起動し、声色や呼びかけの内容に応じて特定の機器に電子暗号を送る様になっている。

 その特定の機器の一種が政府から出回る武器の類であり、その指輪の命令によって銃であれば暴発や、再び電子暗号による命令がない限り安全装置が外れない様になるのだ。全ての武器がその様に変更され、政府の人間に抗えない様に設定された。その余波を最も受けたのが、現存する家の中では崇月家である、と言えるだろう。崇月家には伝統的な剣などへの細工や加工技術はあれど、その様な科学加工技術はなかったのだ。政府に今まで持っていた武具の販売を禁止され、また新たに武器を製造することはできなくなった。辛うじて建造物の製造に関しての事業にしがみついたが、経営は苦しく納税もままならなかった。

 この世界は生まれで人生が決まる。政府の人間の子は政府に、貴族の子は貴族に、そして民衆の子は民衆になるという、決まり切った世界の法則。だが、貴族には政府に金を納める義務がある。その義務が果たせなければ貴族として生きる事は許されない。一定額の納税ができなくなれば、貴族ではなく民衆として新たな人生を送る事を余儀なくされる。そしてそれは、貴族にとっての死刑宣告だ。一度財力の上に築かれた幸福を手にした人間の大半は、汚泥を啜って死を遠ざける活力を持てない。人としての尊厳を無くしてまで生きる事に執着できない。そうして、堕ちた貴族は自らの胸にガラス片を突き立てて終わって行くのだ。だから、貴族は一生貴族なのである。

 崇月はその崖の縁に立っている。死は常に彼の背後で手招いている。崇月は死を恐れた。だから金を欲したのだ。例え悪行に手を染めたとしても、どれだけ人を欺いたとしても。そうして金が得られるのなら、崇月は何でもした。そこまでする理由があったから。

 …………貴族の生死を司るのは、死神ではない。薄っぺらな紙切れと、小さな小さなコインだ。

 彼は政府から隠し持っていた武器を裏社会で売り捌き、その収益で貴族としての座を守り続けた。政府を憎む者は決して少なくない。その者たちにとって、無力化されない武器は喉から手が出るほど欲しい物だ。粗悪品ではなく、品質の保証された崇月製の武器であれば尚更。その為、買い手には困らなかった。今回、警葬監視操行部隊が崇月に爆弾を買い求める様に。

 当然政府は電子暗号によって制御できない武器の売買を禁じているのだから、その行為が告発されれば崇月は死刑となり、首を刎ねられる。しかし法を犯さねば、待つのは死だ。生きる為に犯した法に裁かれ殺される可能性と常に隣り合わせに生きている……それが、崇月見染、という男の現状だ。

 しかし、崇月は決して愚かな男ではない。

 彼は己の目で顧客を見定め、その上で契約を必ず守れるかを判断し、崇月に都合の悪い方向に転がって行かない様に制御する。口封じの為の死を与え、時には相手を利用して自分を貶めようとした者の欠陥を世に晒し、完全潔白の証明に使う。彼は狡賢く聡明だ。警戒心が強く、ここぞという時に攻められる賭けの強さがある。商人としては限りなく有能、だが…………。

 崇月は自分の判断を疑わない。それ故に彼の前での失敗は許されないのだ。一度きりの失敗で崇月は簡単に口封じの段階へと移行する。今回の交渉に於いて最も優先すべきなのは、「殺されない事」だ。崇月のお眼鏡に適えば問題なく交渉を進めるが、そうでない場合には全員が死ぬ事になる。それだけは絶対に避けなければならない。

 運びとしては崇月がこちらに殺意を持ったと判断した瞬間、即座に崇月家の関係者を殺害して強引に爆弾を手に入れる事となる。崇月邸は貴族区の外れにある為、ある程度派手にやっても周囲に気づかれる可能性は低い。崇月は自分の身内以外に深い繋がりを持たない為、死体や証拠を隠しておけば二週間以上は隠し遂せるだろう。例え崇月邸に他の顧客がやって来たとしても、裏社会の人間は崇月の握る個人情報の流出を恐れる為に崇月の死を公にしようとはしない。殺人だと知れれば必ず家宅捜索が入るからだ。

 そして爆弾が手に入れば一週間以内の鳥籠からの脱出が可能になる。崇月の死が発覚するのはその後だ。…………と、いうのが絣の描いた鳥籠脱出のシナリオと崇月に関する見解である。絣は一体崇月の何を知っているというのか。最早竹馬の友から棺桶の中まで一緒だよレベルではないか。と改めて絣の頭脳に対して戦慄したが、本人には言わなかった。ウザい顔が望まなくても思い浮かんで来る。やはりウザい。

 そして虚しきかな、交渉が上手く行く場合より殺す準備の方が整っている。そちらの可能性の方が遥かに高いのかもしれないが、まるで聖達が平和に終わらせるよりも殺したがっているように思われている様で決して気分がいいものではない。そんな複雑な気持ちを抱きながらも、聖は永久と山葵と共に武器を構えた。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「………しかし隊長殿。私とあなたは気が合いそうだ。」

「光栄です」

「お世辞ではないのですよ。何、私とあなたは冒険のできる人間だ。それは素直に称賛に値する、という事です。今この大事な商談にあろうことかあなたは…………。」

 と、崇月は自嘲するように、はたまた楔の判断の誤りを責める様に、口元の型取りされた様な笑いだけをそのままに鋭い眼光を向けた。

「没落しかけの崖っぷち貴族に、成れの果ての人間を見せに来たのか。」

 部屋の空気が変わった。

 崇月の言葉に、日向はお行儀よく人形の様に座っていた姿勢を崩して足を組む。こんな奴に敬意を払う必要はない。それは最初から分かり切っていたことだが、予想を裏切らない所。本当最高だ。渇き切った笑い声。崇月はそのしゃがれた笑声を聞いて不快そうに眉根を寄せた。崇月のピアスが奏でた耳障りな金属音の返礼だ。日向は口元を歪めて崇月に凶悪な微笑みを返して言う。

「テメェはまだオチてねえと思い込んでんのかよ、随分とブザマじゃねえか、崇月。」

 まるで、対等な立場の友人であるかの様な、気安い調子で。しかしそこに込められたのは友人に向ける様な親愛などではなく、明確な悪意であった。それを聞いて崇月はさっと顔色を変え、明らかな怒気を孕んだ声で言った。

「黙れ、死にぞこないのドブネズミが。」

「いいじゃねえか、ドブネズミ。まだ愛嬌があんだろ」

 崇月の罵倒に日向は今まで投げかけられた心無い言葉を振り返りながらけらけらと笑う。

「崇月、やっぱお前変わんねぇよ、悪い意味で。」

「君は前以上に品が無くて最高だ、悪い意味で。」

 見知った天敵を互いに糾弾し、二人は微笑する。一人は鋭い八重歯を晒して凶悪に、一人は柔らかく完成された絵画の様に。

「………………狗ヶ宮(くがみや)日向。お前は貴族としての誇りを捨てたのか?」

 崇月は憐れむ様な目をして言った。日向はフン、と鼻を鳴らして言う。

「狗ヶ宮じゃねぇ、日向だ。貴族としての誇りより民衆の誇りの方が俺は気に入ったんだよ。苗字に縛られるより『日向』が良い」

「そうか、理解し難い。」

「お前に分かってもらえたら反吐が出る。寧ろ分かってくれるな。」

「なるほどそれは確かにそうだ。」

「そこも分かってんじゃねぇよ分かっても知らないフリしとけよ」

 日向は崇月の言葉に吐き捨てる様に言う。会話を交わす二人の間に有る距離感は決して近くはないが、かといって遠くもない。互いに嫌い合っている印象を受けるものだが、どこか関係性の深さを感じさせる寛容さが会話の端々に有る。それは一民衆に許されて良いものではない。ここまでの会話に散りばめられた暴言の数々は、日向を何度死刑にしても良い犯罪だ。何故なら民衆からの貴族への言葉掛けさえ罪になる様な権力の差がそこにあるのだから。

 その奇妙な関係性を崇月が許すのは、仮にも友であった愚者への慈悲だ。

 狗ヶ宮日向。唯一にして最後の、自害しなかった元貴族。崇月を苦しめた政府による武器類の販売の独占の被害を受け、民衆となって地に堕ちた元貴族。プライドを金繰り捨て、ただ一人生き残ったロクデナシ、貴族の恥とされた男。それが狗ヶ宮…………否、民衆に姓など許されない。彼は、『日向』だ。

「日向、旧交を深めるのは結構だが話が逸れる。」

「さーせん」

 鋭い視線で「引き下がれ」と警告する楔に日向は軽く舌を出して茶目っ気たっぷりに謝罪すると行儀良く座り直した。可愛くない。せめて淡利ならばまだ許せる。

「崇月様、私の部下の御無礼をお許しください」

「構いませんよ、一々ドブネズミが地面に付ける泥を気にしていてはきりがないですからね」

 頭を下げた楔に、崇月はさりげなく日向を貶しながら笑いかける。日向は不満気にしていたが、楔が凍て付く笑顔を見せると文句を喉で押し留めて黙った。そして楔は息を吸い込むと冬の朝の澄んだ空気の様な、温度はなくとも晴れやかな声で言った。

「こちらからの手札は開示しました。私達からはこれで最後です」

 崇月との長い対話。ロクデナシ元貴族から放たれた暴言。

 それだけをこちらの手札だ、と言って楔は狂気じみた笑顔で両手を広げた。

「さぁ、正しい判断を」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る