第33話
九月上旬。
まだまだ残暑厳しいが、朝は涼しい風の吹く頃、俺は二階の工房に上がって、製作状況を確認した。
「よしよし、順調なようだな」
無用の長物となっていた、二階の広い工房は、今や活気に溢れていた。
二階の奥では、五人の男たちが声を出しながらテキパキと魔石に加工を施しながら、交代で旋盤のペダルを猛然とこぎまくる。
その手前では、六人の魔法使いが死に物狂いで魔石に魔法式を組み込み、その仕上がりに笑顔をこぼしている。
コピー品を作っていた連中は、元魔石職人に魔法使い。
うちで不足していた人材をカバーするにはうってつけだった。
おかげでうちの生産能力は各段に上がり、王都外への需要にも、それなりに対応できるようになった。
彼らは犯罪者だが、魔法式を組み込む腕前だけは一流だった。
それと、彼らが裏切る心配だが、それは必要ない。何故なら。
「アレクー、ついに新作が完成したわよー!」
クレアが階段を上がり、二階に顔を出した。布にくるまれた、棒状のものを抱えている。
その途端、男たちは笑顔で敬礼。
『姐さん! お勤め、ご苦労様です!』
「みんなもご苦労さん。今日もサボらず働くのよ?」
ジト目のクレアに、男たちは熱く答えた。
「ご安心を、我ら姐さんの魂の奴隷! 誠心誠意、身を粉にして働く所存!」
「勤労精神においては、奴隷や馬車馬にも負けません!」
なんとも見習いたくない熱意だった。
クレアの恐怖が魂に刻み込まれた彼らは、文字通り魂の奴隷の化し、クレアに永遠の忠誠を誓っている。
最近では「働いているのではない、働かせて頂いているのです」というブラックなセリフまで飛び出している。ちょっと不安だ。
「と、そうだクレア、新作できたって?」
俺が尋ねると、彼女は満面の笑みで胸を張った。
「ふっふーん、そうよアレク。ついに、金属に魔法式を組み込むのに成功したんだから。そう、これがあたしの新作、魔法を使える剣よ!」
荷物の布を剥がすと、鍔にソフトをはめこんだロングソードが、姿を現した。
「おぉ、これが……」
魔法の力を宿した剣。
それはまさしく、英雄や勇者と呼ばれる人たちが使う、レガリアそのものだ。例えば、勇者マルスが使う聖剣のような。
俺がつばを飲み込み興奮すると、クレアは幸せそうに笑い、愛らしい声で語り掛けてくる。
「えへへ。まだまだレガリアには及ばないけど、こっちはソフトを交換して色んな魔法が使えるし、もっともっと改良して、いつかレガリア顔負けのマジックアイテムを作ってみせるわ」
「お、おう」
クレアの笑顔に、俺の心臓が高鳴る。
クレアは、俺が聖剣に選ばれなかったのが不満で、魔法を使える剣を作ることを目指して、こうして実現させてくれた。
クレアも、あまり直接的には言わないけど、それはつまり、俺のために作ってくれた、と言っても、過言じゃないと思う。
俺の為に、俺の夢を叶えるために、こんなに頑張ってくれる。
そんなことをされて、嬉しくないわけがない。
今すぐ告白したい気持ちを抑えながら、俺はあくまでも、商人として振舞う。
「よし、じゃあさっそく印刷屋にポスターを依頼して、武器屋に配ろう。再来週は建国祭で大通りに人が集まるから、その日までに作らないと。ロバートさんにも知らせないとな」
「ええ。発売は来月、十月の頭でどう? 年越しのために、傭兵たちが装備を整える時期よ!」
「OKだ。じゃあ俺は印刷屋に行ってくる。あと、グリップは霊木だからうちで作れるけど、刀身部分は他に頼まないと。馴染みの鍛冶屋に当たってくるぜ」
「任せたわアレク」
「任せろ!」
俺は、二段飛ばしで階段を駆け下りた。
ついに量産体制が整った。夢の次なるステージ、魔法の剣も完成した。
これで、うちは他のメーカーに大きく差をつけることになるだろう。
クレアの可愛さと未来への希望に、俺の胸は高鳴り、口角が軽かった。
◆
九月下旬。建国祭当日の夕方。
大通りに軒を連ねる大型武器屋。その入り口の横には、俺らが配った魔法剣、ジョイントソードのカラーポスターが張られ、その下には黒刷りのチラシが大量に置かれていたが、今はだいぶ少なくなっている。
みんな、俺らの新商品に期待してくれている。
魔力を流せば誰でも魔法を使える、杖のマジックアイテムに続き、今度は剣のマジックアイテムだ。
きっと、多くの人が待ち望んでいたに違いない。
建国祭に伴い、お祭りムード一色の大通りを歩き、俺とクレアは王都の広場に入った。
広場には多くの露店、出店が立ち並び、千を超える飲食用のテーブルは、食事を楽しむ王都民の笑いで溢れていた。
広場の奥には野外ステージが組まれて、役所が依頼したサーカス団やダンサー、音楽隊が様々な演目をしていき、祭りを盛り上げていく。
俺も、ポチを背負ったクレアと一緒にステージを見物しながら、存分に楽しませてもらう。
「こうして、アレクと一緒に建国祭に来るのも久しぶりね」
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