第31話


 半額? うちが店舗に卸す値段は、元値と同じだ。

 半額で売ればそれだけ赤字になるから、そんなことはできないはずだ。


「へぇ、店の名前は?」

「へへ、ネズミ屋でございます」


 俺とクレアは顔を見合わせる。

 そんな店に、製品を卸した記憶はない。つまり……。


 まさか、またドルセントの時と同じコピー品?


 でも、クレアの魔法式は門外不出のはずだ。


 ということは、盗品か?


 なんにせよ、ネズミ屋なる店が、うちの曰く付き商品を売っているのは間違いなさそうだ。


 俺とクレアの驚き顔をどう解釈したのか、小男は怪しい顔を俺に近づけ、揉み手をする。


「まま、とりあえず見るだけ見て下さいな。我々の店までご案内いたしますので。ささ、ささどうぞこちらです」


 俺らがヴァーミリオンの経営者、アレクとクレア本人だとも知らずに、男は手招きをしながら歩き始める。


 クレアも色々と察したらしく、おとなしくなった。驚き顔をあらためて、平静を装う。


 ただし、それは我慢しているだけであり、決して怒りが消えたわけでは無い。

 むしろ、激しい怒りは濃縮されて、クレアの中でマグマのように滞留しているようだった。


 そうとも知らずに、小男は怪しい愛想笑いを浮かべながら、俺らを店の外に案内した。


   ◆


 俺らが案内されたのは、大通りから一本道を外れた路地裏だった。

 暗くて狭く、排水溝から溢れる異臭が漂う、不快な場所だ。


 誰かの吐しゃ物が乾いた後を踏まないように気を付け、割れた酒瓶を蹴飛ばして、その音で野良猫が逃げ出す。


 王都にもこういう場所があるのは知っていたけど、あらためて見るとすさまじい場所だ。


 クレアの背中から溢れ出す殺意もすさまじく、狼ぐらいなら余裕で焼き殺せそうな熱気を感じる。


「こちらです」


 小男が、一軒の古びた家の前で立ち止まった。

 看板も何もなく、木の壁は黒くカビて、廃墟同然。商店とは思えない外観だった。


 壊れかけたドアを軋ませながら押し開けて、小男は俺らを中へと導く。

 この中で、俺らのコピー品を売っているのか……。


 俺もクレアも、平静を装いながら入店した。


「二名様、ごあんなーい♪」

「…………」

「…………」


 店内は、外観よりは多少マシだった。

 壁や天井はシミだらけだし、床の角には黒カビが繁殖している。

 ただし、ゴミは落ちていないし、カウンターには赤いクロスが布かれている。


 店内はがらんとして陳列棚はないが、新品と思える椅子とテーブルが一組用意されていた。


 工務店に修理は頼まなかったが、素人が掃除できる場所は掃除して、家具屋で椅子とテーブルだけは買い揃えた、みたいな感じだろうか。


「いらっしゃいませ、どれをご所望ですか?」


 カウンターの大男が話しかけてくる。

 カウンターの下がショーケースになっていて、そこにうちで扱っているソフトが、ずらりと並んでいた。


「うちではヴァーミリオンのソフトを全種類、半額で販売しております」


 大男は自慢げに胸を張った。

 俺は、感心した演技をしながら尋ねる。


「へぇ、そいつは凄いな。これ、中古品? それとも傷物とか廃棄品を安く仕入れたのか?」

「でへへ、まぁ詳しくは言えませんが、うちはヴァーミリオン社とは太いパイプがありまして、安く仕入れられるんでさぁ」


 クレアの背後から殺意が湧き立つ。

 俺は、あー、こいつら全員死ぬんだなぁ、と哀れみながら、探りを入れた。


「太いパイプ? なになにおじさん友達? そういう伝手があると便利だねぇ」

「まぁここだけの話、あいつらとは旧知の仲でね。そもそもマジックアイテムって商品事態が俺らとの共同開発みたいなもんでして」


 あ、やべぇ。


 幼馴染の俺には、クレアが張り付いた無表情の奥で、殺意の波動に目覚めているのが分かる。


 おとなしい少女を装っているのは正面だけ。

 背後からは、悪鬼羅刹もかくやという迫力が伝わってくる。

 そうとも知らず、大男は調子に乗って舌を回す。


「まぁでも俺らは研究が性に合わなくて手を引いて、小売業りをやることにしたんです。退職金代わりにほぼ原価で仕入れることができるんですが、俺らは共同開発者なんだから当然ちゃあ当然さ。でもほら、うちの商品は安いだろ? 大通りで売ったら他の店が可哀想だから、こうして路地裏でこじんまりと商売してるってわけですはい」


 そんな嘘を、よくもまぁぺらぺらと。


 クレアの背後からは、ライオンぐらいなら軽く焼き殺せそうな熱気が噴出し、マグマのような怒りは爆発寸前だった。


 これ以上こいつに喋らせると、マジで殺人事件が起きるので、俺は終止符を打つことにした。


「いやぁ、本当にすごいなー、驚いたなー、知らなかったぜー、まさか俺に、お前らみたいな仲間がいたなんて」

「「え?」」


 小男と大男の目が、点になる。

 俺は、あえて威厳のある声を作り、強い言葉で言った。


「マジックアイテムメーカー、ヴァーミリオン社代表取締役、アレクだ」


 肩書は、この場ででっち上げた。

 ヴァーミリオンは、俺とクレアのもので、どっちが社長とかは決めていない。

 でも、今はこう言ったほうが、脅しになるだろう。


「まま、まさか本物!?」

「じゃあ、その女は!?」


 クレアの無表情が砕け散る。


 悪鬼羅刹に悪魔邪竜、その全てを合わせてもなお足りない恐怖の権化、地獄の大暴れん将軍様のような、いや、将軍様本人と言っても過言ではない程に狂暴無比な表情で、クレアは震えながら熱い呼気を漏らした。

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