第29話


 その日の夜。


 俺とクレアは、工房でせっせとジョイントロッド作りに励んでいた。

 俺は旋盤で削った霊木の先端にジョイントの細工を施し、クレアは加工した魔石と俺が仕上げたハードに、片っ端から魔法式を組み込んでいく。


 しかも、今では両手でそれぞれ行うので、作業スピードが倍になっていた。

 なのに、俺は頼もしさよりも、心配が先立つ。


 クレアのやつ、リラに言われたことを気にしているんだろうな……。


 焦るようにして、魔法式の組み込み作業に没頭するクレアを見て、俺は少し和ませようとする。


「それにしてもあれだな。五大メーカーとか言われて、トップワンとは認められていないけど、なんだかんだで俺らの夢も大体叶ってきたな」

「は? あんた何言ってるの?」


 首を回して、クレアが鋭いジト目で睨んでくる。

 身の危険に背筋を伸ばしながらも、俺は説明する。


「いや、だってそうだろ? 俺らの目的は魔法を庶民の手に下ろすことだ。だけど、もう魔法を使いたがっている多くの人の手にマジックアイテムが普及している。まだ国内だけだから世界を変えたとは言えないけど、部分的に叶ったとは言えるんじゃないかな?」


「言えるわけがないでしょ!」


 クレアが怒鳴る。

 久しぶりに、俺自身が怒られた。


「あのねぇアレク。この程度で魔法を庶民の手に下ろしたなんて言えると思っているの? 今のマジックアイテムで使える攻撃魔法の威力は、せいぜいが中の下程度。しかも、魔力を鍛えていない一般人が使ったら、一日数発が限界よ。これじゃあ、誰もヒーローになんてなれないわ!」


「ヒーロー?」

「そうよ!」


 クレアは身体ごと俺に向けて、力強く頷いた。


「あたし、最初に炎の杖を作った時、アレクに言ったでしょ? アレクは聖剣に憧れていたから、本当は魔法を使える剣を使ってあげたかったって」


「ああ、覚えているよ」

「あたしの言う、魔法を庶民の手に下ろすっていうのは、望めば誰でも魔法が使える。やる気があれば、誰でもヒーローになれる世界よ。だって不公平じゃない! 選ばれし者にしか使えないなんて!」


 クレアは瞳に硬い意思を宿して、声には熱が帯びていく。


「やる気があっても生まれつき魔法の才能が無いから魔法使いになれない。熱意があっても聖剣に選ばれなかったから勇者になれない。本人の意思も頑張りも無視して、生まれながらに未来を閉ざされる世界なんてあたしは嫌! 何よあの聖剣! アレクを無視しておいて、王族の末裔のマルスに抜かれるって、身分差別じゃない! 聖なる剣がそんなことしていいと思ってんの!? あーもう思い出したら腹立ってきたわ!」


 クレアの怒りに呼応するようにして、作業台の上の魔石に、片っ端から魔法式が組み込まれていく。いつもの何倍速だろう。


「だけど、魔力は筋肉と同じで、まっとうに努力すれば、誰でも確実に高められる。努力さえすれば誰でもヒーローになれる。それが、あたしの望む新世界! 今のジョイントロッドだってギリギリ及第点。まして、マゼンタやシアン、ビリジアンにサフランの粗悪品なんかがいくら普及したところで、世界を変えたなんて言えないわよ!」


 握り拳を衝き挙げ、クレアは意気込む。


「見てなさいよアレク。あたしはいつか、レガリア並みに高性能なマジックアイテムを作るわ。そして、他の誰でもない、この世界最高の天才魔法使いクレア・ヴァーミリオン様とあんたが、世界にイノベーションを起こすのよ!」


 溢れる熱意を声に漲らせ、夢を語るクレア。

 その姿がカッコ良くて、俺はいつもとは違う意味で惚れ込んだ。

 クレアは妥協をしない。諦めない。


 それは、俺にはない力だった。


 聖剣を抜けなかった俺は、勇者になるのを諦めた。

 でもクレアは、そんな俺を見て、自分の手で、誰でも使える聖剣を作ろうとした。


 眩しいなぁ。たまらないなぁ。


 好きだぞ。と言おうとして、俺は言葉を飲み込んだ。

 代わりに、精いっぱいの言葉を送った。


「カッコイイぞ」


 クレアの頬が、ちょっと赤くなって強張った。


「ふっ、ほ、惚れてもいいわよ」


 照れ隠しのようにニヒルな表情を浮かべ、作業に戻るクレア。

 俺は、彼女の夢を叶えてあげたくて、量産体制を整える方策を思案した。


   ◆


 七月下旬。

 大通りの大型武器店へ、あらためて市場視察に来た俺らは、陳列棚の様子に憮然とした。


 他のメーカーの商品が大量に並び、うちの商品は、売り切れこそしていないものの、数える程度にしか陳列していない。


「くっ、やっぱり生産能力はリラたちのほうが上ね」

「ああ、そうだけどさ……」


 悔しがるクレアとは違い、俺は少し引っ掛かった。

 陳列棚にたっぷりと積まれている他社の製品を見下ろして思う。

 これって、売れているのか?

 そこへ、リラの甲高い声が聞こえてきた。


「返品したいとはどういうことですの!?」


 首を回すと、バックヤード近くで店長を怒鳴りつけているリラの姿があった。

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