第27話
六月上旬。
ロバートさんの依頼を承諾して、マクーン商会にジョイントロッドを卸すようにした。
というのも、王都のマジックアイテムユーザーに俺らのシャフトが行きわたり、売り上げが落ちたのだ。
以降は、お金が溜まった人から順に魔石を買いそろえていくことだろう。
その間に、王都外のマジックアイテムユーザーへ優先的に商品を供給していく。
当然、ジョイントロッドは常に売り切れ状態で、マクーン商会に卸した分は片っ端から売れていったらしい。
そして同じ頃、王都の大通りに店を構える武器屋からも、卸売りの依頼があった。
王都の需要はうちの店で賄えているので最初は抵抗があった。
でも、なんだかんだでうちの店は王都の郊外にある。
消費者の足を、いちいちうちの店にまで運ばせるのも悪い。
なので、在庫の輸送費は向こう持ち、という条件で、少量ながら大通りの武器屋にも卸売りを始めた。
俺とクレアは、忙しいながらもやる気に燃えていた。
作れば作るだけ売れる。
作れば作るだけ、マジックアイテムが行きわたる。
自分らの手が行う、一手間一手間が世界を変えているようで、俺らは童心に返ったように、楽しみながらジョイントロッド作りに励み続けた。
ちなみに……クレアは魔法式を組み込むのに慣れてきた、とか言って、最近ではレプリカシリーズ時代の三倍速で組み込んでいる。
クレア曰く、もう何かの作業の片手間でもできるらしい。
天才の進化は止まらない。
彼女の才能が頼もしくもあり、恐ろしくもあった。
そして六月下旬。
俺らの快進撃は、ここで止められた。
マジックアイテム業界に参入してきた大手武器メーカー、シアン、ビリジアン、サフラン、今では大手メーカーの仲間入りを果たしたマゼンタの四社が、画期的な商品を売り出した。
四社の魔法式技術は、クレアに及ばない。
ようやく魔法式の分割には成功したようだが、魔法の威力は、うちのジョイントロッドのほうが上だった。
その足りない技術を、連中はアイディアで埋めてきた。
うちの魔石は、威力こそ高いものの、炎や雷などの属性を、ただ放つだけだった。
対する他の四社は、魔石を基点に炎や雷といった属性の刀身を形成する魔石や、盾を形成する魔石、攻撃魔法が放物線を描いて飛び、障害物の向こう側の敵を攻撃できる魔石を売り出した。
クレアは、うちも同じものを売ろうと言い出したが却下した。
うちは、魔法式の組み込み手がクレア一人しかいない。
魔石の種類を増やせば、それだけクレアの負担となり、生産効率も落ちる。
ただでさえ生産量で他社に劣るうちでそれはまずい。
だから、うちは正統派のメジャー志向。マイナーな需要に対応するのは、いつか大量生産体制が整ってから、とした。
七月上旬。
キリギリスが歌い、雲の陰影が濃くなり立体的に見える夏。
近頃、既存の商品や単語との混同を避けるため、業界ではジョイントロッドと同じタイプの魔法の杖は、シャフト部分を【ハード】、先端の魔石部分を【ソフト】と呼ぶようになっていた。
新しい専門用語が出てくると、業界の黎明と成長を感じる。
そんなある日、商品の発注をしに来た商人が、一冊の情報雑誌を置いていった。
ハード、ソフト、という呼び方は、この情報雑誌から生まれたもので、その情報発信力がよくわかる。
雑誌に目を通すと、俺は奥の工房で作業をしているクレアを呼び出した。
「おいクレア、ちょっとこれ見てみろよ」
「ん?」
カウンターに座る俺の隣に腰を下ろして、クレアは雑誌を覗き込む。
「何これ? マジックアイテム徹底批評?」
「ああ。ちょっと面白いぞ」
それは、武器を扱った月刊雑誌の、一コーナーだった。
雑誌によれば、マジックアイテム業界は、かつてない戦国時代に突入しているとのこと。
シアン、マゼンタ、ビリジアン、サフラン、そして、うちのヴァーミリオンを含めた五社のことを【五大メーカー】と呼び、製品の性能を比較したり、消費者から集めた声、専門家の批評などが載っている。
「はぁ? 何よこれ失礼しちゃう! 何が五大メーカーよ。あたしらのヴァーミリオンが唯一無二のトップメーカーに決まってるでしょ! 誰よこの記事書いた奴ぅ!」
クレアはすっかりおかんむりだ。
相変わらずの自信家ぶりが、最近では可愛く思えてくる。
あばたもえくぼ。
一度好きになると、欠点も美点に見えるものだ。
「でもほら、うちの評価が一番高いぞ」
ハードに込めた魔力が、いかに素早くソフトに伝達するかという魔力の【伝導効率】。
込めた魔力のうち、何割を魔法に変換できるかという、魔力の【変換効率】。
ソフトが、組み込まれた魔法式を起動して処理するスピードの【処理速度】。
魔力を込めてから実際に魔法が発動するまでにかかる時間の【発動時間】。
の四つの評価は、どれもうちのジョイントロッドが最高点を獲得している。
他にも、使いやすさ、壊れにくさ、信頼性なども高評価だ。
他のメーカーに負けているのは、デザインだった……。
「ま、まぁ……俺は職人であってデザイナーじゃないからな……」
「何よ、アレクのは機能美がいいんじゃない。使えもしないゴテゴテの装飾品だらけのマジックアイテムの何がいいのよ」
語気を強めながら、クレアは俺をフォローしてくれた。ちょっと嬉しい。
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