第44話


 そのてへぺろが可愛くて、頭には金づちで殴られたような衝撃を、心臓には射抜かれたような感覚が走る。

 ていうか、嘘ってどういうことだよ。


「え!? なんでそんな嘘ついたんだよ!? だから俺、頑張ってタカセオに!」

「いやぁ、うん、だから、ああ言ったらお兄ちゃん頑張ってタカセオに勝つかなぁって思って、即興で作った嘘だったんだけど、嘘って言うの忘れてた。あはは」


 と、初佳は申し訳なさそうに頭をかいた。


「あのなぁ、俺がどれだけ心配したと思っているんだよ」


 ぷにぷにほっぺをつまんで、ぐにぐにしてやる。おしおきのつもりだけど、初佳は嬉しそうだ。

 そして俺の前に立つルイナと宮子の二人が、肩に手を置いてきた。


「まぁまぁ、許してやんなさいよ♪」

「あれのおかげで勝てたのは事実でしょう?」

「ルイナ、お前、涙引っ込むの早いな……」


 ルイナを見上げていると、その向こう側に、千花さんの顔が見えた。

 候補者たちの前で勝利演説をしている彼女と目が合った。

 千花さんは、歯を見せて笑い、高らかに言い放つ。


「そして! 我らを支えてくれた支援者にも拍手を送りたい! 彼ら彼女らに、最大限の感謝を!」


 当選した候補者やその秘書たちが一斉に振り返り、俺らを含めた広報宣伝系の人たちに向かって拍手をくれた。


 まさか政界の人々、それも、政権を握る政治家に感謝され拍手を送られる日が来るとは思わなかった。


 俺の場違い感は、選挙の最後で極まったように思う。

 それでも、これは現実だ。


 ルイナと宮子は、俺の左右に立つと、真摯な表情で千花さんたちからの拍手を受け止めた。


 俺も、初佳を下ろすと立ち上がり、堂々と、誇らしく胸を張った。

 ただし、初佳の手は握ったままだ。


 初佳が俺にVチューバーを薦めてくれたから、初佳がタカセオとの試合で応援してくれたから、俺は今、ここでこうしている。


 初佳への感謝で、目から涙が溢れてきた。

 俺は、彼女の手を優しく握ったまま、小さく呟いた。


「ありがとうな、初佳」


   ◆


 二〇二〇年十二月三十一日、大晦日。

 俺ら四人は、来泉グループの年越し立食パーティーに呼ばれていた。


 赤い絨毯の敷かれたパーティー会場は、遥か高い天井が、いくつものシャンデリアで飾られ、壁際には俺のような無頼漢では名前もわからない花に彩られていた。


 純白のテーブルクロスがかけられたテーブルにはところせましと贅沢な食事が並び、給仕をしてくれるのはウェイターでもウェイトレスでもホテルマンでもボーイでもなく、メイドと執事である。


 理由は一つ、ここはホテルではなく、来泉グループの母体である来泉財閥、その邸宅なのだから。


 まばゆいドレスで着飾った女性たちの姿に、あんぐりと口を開けたまま、俺は素直な感想を漏らす。


「家の中にパーティー会場って……しかもこれですら本家の家じゃないって……」


 来泉財閥当主が住む本家本邸は、また別にあるらしいが、警備の都合上、そこには入れないとのことだ。


「おっにいちゃーん♪」


 初佳の声に振り返れば、そこにはドレスアップした三人の姿があった。

 宮子は赤く刺激的なドレスを、ルイナは青く清楚なドレスを、そして、初佳はフリルやレースをあしらった、白く可愛らしいドレスを着ていた。


「お~、可愛いぞ初佳」

「えへへ~♪」


 頭をなでまわしてやると、初佳は幸せそうに笑ってくるくる回った。


「開口一番に従妹を褒めるとは、兄バカよねぇ」

「むしろバカ兄ね」

「うるせいな。お前らだって綺麗だし、ちゃんと後で褒める気だったんだぞ」


 宮子とルイナは、ほんとかしら、と言いたげな顔で眉根を寄せた。


「来たな、私個人としてはMVPの諸君」


 紫色のドレスで着飾った千花さんが、王者の風格すら漂う微笑を浮かべ、悠然と歩いてくる。

 僅かに赤みを帯びたロングヘアーが、紫色のドレスによく映える。


「あ、千花さん。本日はお招き頂き、ありがとうございます」


 俺が頭を下げると、千花さんは優美に笑った。


「そう堅くならなくてもいい。貴君らのことは恩人だと思っているからな。此度の勝利は、多くの人々が尽力した結果だ。それでも、最後の最後に貴君がタカセオに勝利したことは大きい。あれが無ければ、勝てたとしても議席の三分の二までは取れなかったろう」


「ありがとうございます」


 お礼を言いながら、恐縮してしまう。

 元から、千花さんは大企業来泉グループの人で、俺みたいな小市民とは比べ物にならない大人物だった。


 でも、今はそこに加えて、この日本国の政権を握る与党の一員で、しかも総理大臣である党首の娘だ。


 中世時代に例えれば、王様の娘、つまりは王女様に等しい。

 どうしても、気後れしてしまう。


「千花さんドレスきれぇ♪」


 初佳が駆け寄り、ドレスに手を触れた。

 ドギリと、心臓に衝撃が走った。

 ドレスを汚したら、失礼にならないか、と一瞬の間に多くの不安が頭をよぎった。


 でも、それは俺の杞憂だったようで、千花さんは途端に保育士のように優しい表情で初佳の頭をなでた。


「私よりも初佳のほうが綺麗だぞ」

「にへへぇ♪」


 初佳さんパネェ。そんな感想が頭に浮かんだ。

 ていうか、千花さんの人柄かな。

 俺の性根が小市民過ぎるだけで、もともと千花さんは怖い人じゃない。


 勝ち組でありながら広い視野と柔軟な思考、そして相手を気遣う温かい心を持っている。


 国家の頂点、総理大臣には、こういう人がなって欲しい。

 俺と同じ気持ちなのか、ルイナと宮子が祝辞を述べた。


「千花さん、改めて、この度は当選おめでとうございます。次は、総理の椅子ですね」


「そうそう。日本初の女性総理なんてカッコイイ♪」

「ありがとう。だが、それはまだ早い」


【勝って兜の緒を締めよ】、その言葉を体現するように、千花さんは感謝をしながらも、声音を引き締めた。


「いずれは父上から国民優先党党首の座と、総理の席を引き継ぎたいとは思っている。だが、貴君らのVチューバープロジェクトの成功は高く評価されているものの、やはり総理の椅子は軽くない。まずは一年生議員として経験を重ね、それから総理を補佐する幹事長を経て、信頼と実績を積まねば。二〇年後、総理大臣になれていることを願おう」


 二〇年、遠いなあ。

 でも、総理ならそれぐらいかかるか。

 ていうか、総理って基本的には六〇過ぎのお年寄りがやっているイメージだし。


「やぁ千花。彼らがVチューバーの中の人かな?」


 そこへ割り込んできた人の顔を見て、俺は度肝を抜かれた。


「はい父上。ゲムノ・コンの中の人、野乃元元広と従妹の野乃元初佳。それにサクラ・サクの中の人の春井ルイナ。ルナスターの中の人の星宮宮子です。皆、知っていると思うが、こちらは私の父上で、国民優先党党首、来泉千大だ」


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