第41話


「………………え?」


 俺は、みんなへ振り返った。

 みんなも、ちょっとおもしろい顔をしていた。

 そろり、と俺は穴に首を突っ込んで、下の階の様子を見た。



 そこには、鬼がいた。


「強き者はどこだぁあああああああああああああああああああ!」


 雄々しい怒声を廊下に響かせるのは、食肉解体用の巨大包丁を両手で握る、軍服姿の龍子先生だった。


 血に染まった長大な肉斬り包丁で、挑んでくる生徒たちを片っ端から血祭りにあげている。


 教室側の壁が根こそぎ破壊され、廊下と教室が一体化している。どれほど激しい戦いを繰り広げれば、ここまでのフィールド破壊になるのか予想もつかない。


 けれど、その戦いは今なお継続していた。


 蹴り飛ばされ、斬り飛ばされ、壁や天井に叩きつけられた生徒はそのまま建物を貫通して姿を失い、銃火器やミサイルの弾幕は、龍子先生が放った斬撃の衝撃波で蹴散らされる。


 戦いの苛烈さを物語る轟音と悲鳴、逃げ回る生徒たちの絶叫でフロアは埋め尽くされていた。


 勇気が挫けそうな惨劇の予感に、つい腰が引けてしまう。


「だ、誰か引っ張って、怖くて動けない」

「うん、えい」


 誰かが、いや、確実に美奈穂が俺の尻を押してきた。体が丸ごと穴に落ちる。


「ノォオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 心臓が止まる錯覚がした。

 猛スピードで迫る床に顔面ダイブ。

 すんでのところで手をついて着地をキメるも、心臓はバックバクのドッキドキだ。


「お前は俺を殺す気かぁ!?」

「え? あれ押せって意味じゃないの?」

「それは『押すなと言ったら押せってこと』だろ! 俺は『引っ張って』って言ったんだよ!」


 穴の向こうできょとん顔の美奈穂を押しのけて、春香が顔を出す。


「待ってて! 今そっちに行くから!」

「行きますわよ皆さん」


 そう言って、春香と美奈穂と美咲が穴に飛び込んだ。


「~~~~~~~~!?」


 俺の目の前に広がったのは、春香と美咲のスカートの中、それに、ハイレグレオタード姿の美奈穂のお尻だった。


 あくまでアバターなので、パンツのデザインはそれほど凝っていない。白い無地の綿パンだ。それでも、春香と美咲のスカートの中、と思うだけで、俺にとっては『時よ止まれ』と願うほどの絶景だった。


 事実、時間が止まって見えた。


 いや、事実、時間は止まっていた。


 いつまで経っても三人が落ちてこない。

 三人の下半身が布切れ一枚の防御力で晒された素敵な光景は、いつまでも続いた。


 心臓はバックバクのドッキドキだけど、どうしてだろう?

 すると、二階から夏希の声が聞こえる。


「ごめん幹明! みんなのおっぱいが大きすぎてつっかえた!」

「もっと言い方を考えなさいよ!」

「そういえばわたし、先月より大きくなったかも」

「くっ、ワタクシのパーフェクトボディがこんな結果を招くとは……」

「あっ、この下には幹明が! くそぉ! なんでいつも幹明ばかりエロ漫画みたいな展開になるんだよこのエロハプ系主人公!」

「わけわかんないこと言ってないで早く押しなさいよ!」


 どうやら、春香たちは俺の視点から何が見えているかわからないらしい。


「夏希、押すのは、ゆっくりでいいよ」


 俺はさりげなく、お願いしてみた。


「はぁ? あんた何言ってんのよ。早くしないと龍子先生に殺されるわよ?」

「え?」


 素敵な光景を惜しみながら視線を下ろすと、廊下の奥、三〇メートル先には悪鬼羅刹の化身、龍子先生が立っていた。


 しかも、生きている生徒たちが全員逃げて戦闘が中断したせいで、HPはマックスだ。おれのHPはもう半分未満なのに。


 龍子先生は重々しい足取りで俺をロックオン。

生徒たちの死体にまみれた廊下を歩く様は、地獄の門番そのものだった。


「ノォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! 神様仏様夏希様ぁ! 早く! 早く春香たちを押してぇええええええ!」


「いやさっきから押しているんだけどね! ボクも大きなおっぱいは好きだけど、ねぇみんな、これはAカップのボクに対するあてつけなの?」


 夏希の声は、ちょっと湿っていた。


「こんな時に泣くんじゃないわよ!」

「大丈夫だよ夏希。幹明ならきっとどんな大きさのおっぱいでも可愛いって言ってくれるよ」


 ぐっ、早く助けて欲しいのに声をかけにくい。

 女子のおっぱい談義に男子が割って入ってもいいのかな?

 龍子先生との距離は、もう二〇メートルもない。


「あ、忘れていましたわ」


 美咲の言葉の直後、天井から八本の剣身が生えて一回転。

 春香たちは、天井ごと落ちてきた。


「おわっ!?」


 俺は反射的にバックダッシュで回避する。


「大丈夫かい幹明?」


 三人の悲鳴の後に、夏希も穴から飛び降りて着地をキメた。

 落下の衝撃でドーナツ状の床は砕けて、ようやく解放された三人が立ち上がる。


「あー、ひどい目に遭ったわ」

「【スクランブル】の物理エンジン優秀すぎだね」

「皆さん、どうやら、そんなことを言っている場合ではないようですわよ」


 見れば、龍子先生との距離はもう十メートルもなかった。

 牛の頭も一撃で落としそうな肉斬り包丁の先端を床に引きずり、ガリガリと音を立てながら恐怖を煽ってくる。


 【スクランブル】ってホラーゲームだっけ!?

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