第39話


 言ったそばから、美奈穂の撒いた地雷が透明になる。

 これなら、埋める必要はない。


「フィールドによっては出入口に地雷を敷き詰めて籠城することもできるんだよ」


 ちょっと得意げに胸を張る美奈穂。大きな胸がぽよんと揺れた。

 あぁ、美奈穂って俺をパン耳地獄に突き落とした諸悪の根源なのにどうしてこんなに可愛いんだろう。これじゃあ恨むに恨めない。


「美奈穂って俺をパン耳地獄に突き落とした諸悪の根源なのに、どうしてそんなに可愛いの?」


「もう、幹明ってば正直なんだからぁ」


 美奈穂は両手を頬に当て、笑顔ではしゃいだ。


「あんたって本当に節操ないわね……」


 春香のジト目がちょっと痛い。


「あ、声に出てた? ごめん」

「いいよ。可愛いって言われるの嬉しいし」


 そう言って、美奈穂は子犬のようにすり寄ってくる。

 開いている手で、きゅっと俺の手を握ってくるのが愛くるしい。


 なんていうか、美奈穂って本当に気さくだよなぁ……。


 入試の時に、俺を元気づけるためにパンツを見せてきたり、

 部屋の壁に空いた穴から平気で部屋に入り浸るし、


 でも、下品なエロ女かって言えば、それは違う。エロは夏希だ。


 美奈穂はそうじゃなくて、無邪気なんだ。

 パンツをスケベで下品なものと捉えるんじゃなくて、えろ可愛いものと捉える。


 部屋が繋がることを危険と捉えるんじゃなくて、すぐ遊びに行ける便利なものと捉える。


 俺が春香のパンツ扱いされたら、笑い者と捉えるんじゃなくて、愛称と捉える。

 美奈穂は無邪気だから、俺のあらゆる面を肯定的に捉えてくれるし、疑ったりなんてしない。だから、美奈穂は魅力的なんだ。


「あ、幹明赤くなった、かわいい」

「こら、調子に乗るな、頬を指でつつくな」


 俺をパン耳地獄に突き落とした諸悪の根源のくせに、美奈穂は俺のハートをぐいぐい揺さぶってくる。


 そんなことをされると、なんだか、パン耳地獄に落ちても良かったかな、とかありえないことを思っちゃうじゃないか。


 俺が思春期のハートに芽生える淡い気持ちに抗っていると、都合よく、下卑た声が横やりを入れてきた。



「狩花のパンツを見つけたぜ!」

「ヒャッハー! ここから先はPKタイムだぁ!」

「弱い奴からガンガン狩るぜぇ!」

「まずはテメェだ最下位パンツ星人!」


 近くの階段をのぼってきた三人の男子が、何も考えず走ってきた。


「あ、お前らそこには地雷が――」


 ちゅどーん!


「なぐぁああああ!」

「にぎゃああああ!」

「ぬぐぁああああ!」

「ねぶぁああああ!」


 四人が四方向に吹き飛んだ。


「のぎゃー!」

「美奈穂。無理にナ行をコンプリートしなくてもいいんだよ」

「だってもったいないじゃない」

「そのもったいない精神は燃えるゴミに出しなさい」

「もったいない精神って燃えるんだ……」

「当たり前じゃないか。心は熱く燃えるんだよ」

「幹明ってばかっこいい」


 きゃはっと笑いながら、美奈穂が肩を寄せてきた。

 新たなアラート音が鳴ったのは、その時だった。


『敵の増援部隊よ。みんな備えて!』


 MRウィンドウの中で声を荒立てる竹本先生の警告の後、【ボスエネミー登場】の表示が現れた。


『敵のリーダーは戦場の覇王、鬼瓦龍子よ。彼女に遭遇したら戦わず、可能な限りやり過ごして!』


 と、言いつつ。ボスエネミーを倒した時の獲得ポイントがきっちり表示されている。


 ていうか、龍子先生ボスキャラ扱いなんだ……戦場の覇王、イメージにぴったりだな。


 龍子先生は、先月の月末試験で俺の勝利を邪魔したにっくき相手だ。できれば、今回は関わり合いたくない。


「幹明、校庭を見て」


 春香に促されて視線を投げると、校庭から新たなエネミーたちが湧いてくるのが確認できた。


 今度は、全員が人型。しかも輝くメタリックボディで、なんだか俺の偽物たちよりも強そうだ。


 きっと、ボスエネミーに合わせて一緒に登場する、ちょっと強めのエネミーだろう。


 あと、世界観がミリタリー学園からパワードスーツに変わったのかもしれない。

 マップを表示していた夏希が声を上げた。


「屋上にも増援部隊が現れたよ。階段から攻めてくる!」


 俺らは、一斉に近くの階段を意識した。

 数秒後、中堅エネミーたちが駆け下りてきて、俺らはぎょっとした。

 中堅エネミーの顔は、全員先生たちだった。


 なんて嫌な敵だろう。


 バーコード頭の数学教師や、眼鏡で冴えない物理教師、ひげ面の国語教師。普段の授業で顔を合わせている先生たちが、中年顔には似つかわしくないメタリックボディを猛らせ、雑コラ並みの違和感で襲い掛かってくる。


 そしてちゅどった。


 階段を下りてくるなり、先生たち、もとい、中堅エネミーたちは真下からの爆発に巻き込まれてぶっ飛ぶ。


 視線を下ろせば、美奈穂がせっせと地雷を敷き詰めていた。


「美奈穂、グッジョブ」


 俺が親指を立てれば、美奈穂も笑顔で親指を立ててくれた。


「さぁて、じゃあぶっ飛ばしやすい顔になったところで、スパートかけていくわよ!」


 両手に水の剣を握り締め、春香が前に進み出た。


「さっきも滅茶苦茶ぶっ飛ばしていたくせに!」

「気のせいよ!」


 俺の猛抗議を、これ以上ないぐらい凛々しい顔でねじ伏せ、春香は数学教師の顔にドロップキックを食らわせた。水能力使おうよ!


 なんていうか、今の一撃には数学が苦手な春香の恨みがこもっている気がする。


「ふっ、本番はこれから、ということですわね。背中は任せましたわよ幹明!」

「幹明、ボクの隣は任せたよ」

「一人で突っ込んだ春香のサポートはわたしに任せて、幹明はポイントを稼ぐことに集中して。その代わり、パン耳地獄から脱出したら奢ってね」


 ぐっ、なんて勇ましい子たちだろう。

 男子の俺が一生に一度は言いたいセリフを根こそぎ奪っていく。


 イケメン過ぎて憎たらしい。


 くそぉ、こうなったら何が何でもがっぽり稼いでパン耳地獄から脱出してやるぅ!


 俺は泣きながら、マグナトロを手に応戦した。

   

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