第5話 ありがとうございます結婚してください

 MR学園における待遇は、学園ランキングで大きく変わる。


 学園内、および学園の所在地であるゲーム特区で使える仮想通貨、マネーポイントの支給額も、そして学食で無料配給されているメニューも、学園ランキングで決まっている。


 学園ランキングは、一般科目の筆記テストと、MRゲームで実技試験で決まる。


 ゲームが上手いだけでは駄目というあたりが、専門高校とはいえ、高校は高校、という感じする。


 ただし美奈穂、厳密には美奈穂のパンツのせいで筆記テストもMRゲームの実技テストも散々だった俺は、学年最下位にして学園最下位の末席入学者。


 学園から支給されるマネーポイントはゼロで、学食のメニューはパンの耳だけ。

 寮生活なら、普通は親からの仕送りがあるものだけど……。



「MR学園はマネーポイントが支給されるから仕送りはいらないよ。まっ、俺の腕なら生活費はたっぷり貰えるさ」

「兄さんはすごいです」

「どうだすごいだろ妹よ」


 入試前の俺の馬鹿。

 まさか、パンツに見とれて最下位なんて言えるわけもなく、俺は家族に、大きくサバを読んでいる。


 そして、嘘を隠すために嘘のメッセージを二度、三度を送り続けている。

 雪だるま式に増えていく罪の意識に、いつか首が回らなくなりそうだ。


 

 今日も昼休みになると学食で、夏希の食べるメンチカツとシチューのセットを写真に撮り、家族に送る。


「学園のメンチカツ、外はサクサク、中はジューシーなんだろうな、じゃなくて、だったよ」


 空中に表示されている、AR画面をタップしてメッセージを打ち込むと、SNSを更新した。


「あんた、本当のこと言って仕送りして貰えば?」


 俺の対面に座る春香が、グラタンをスプーンですくいながら、眉根を寄せた。


「いやだ、パンツに見とれてパン耳生活なんて知られたくない」


 言って、俺は涙ながらにパンの耳をかじった。


 テーブルの上では、手のひらサイズのくまお君がシャケを、夏希のウサギがニンジンを、春香のペンギンが小魚を、小さな口でもちもちと食べている。


 ぐっ、俺が半月も口にしていないたんぱく質が取り放題なんて、憎いぞくまお君。


 パサパサのパン耳に口の中の水分を取られていると、くまお君が春香のペンギンに近づき、シャケを差し出す。


「きゅうきゅう」


 ペンギンは頭上にハートマークを浮かべ、大きなシャケをついばむ。その頭を、くまお君はなでて可愛がった。


「ぐおぉ、くまおぉ! お前は俺よりもそのペンギンを取るのかぁ!?」

「あんたはMRペットに何キレてんのよ?」


 春香は呆れ顔で、への字口を作った。


「そうだよ幹明。そんなMR画像の魚なんてどうでもいいじゃないか」


 王子様のように爽やかな表情で、隣に座る夏希は甘く囁いてくる。


「それよりも、ボクを一晩泊めてくれればこのメンチカツは君のものさ」

「や、やめろぉ! 俺を誘惑するなぁ!」


 武士は食わねど高楊枝。


 いかにお腹が減っているとはいえ、二十一世紀も半ばに突入したMR社会に生きる文明人としての誇りを忘れてはいけない。


 食欲に負け、純潔を失ったが最後、俺は二度と太陽を見られなくなるだろう。


 なのに、夏希は高級娼婦のように妖艶な笑みで、俺の鼻づらにメンチカツの皿を差し出してくる。


「ほらぁ、ほらほらぁ」

「やめろぉ、やめるんだぁ、うぁあああ~!」


 今、この快楽を貪れるなら、何を引き換えにしてもいい。

 そんな、麻薬のような衝動に苛まれ、懊悩する。


「ああもう、あたしのグラタンあげるから泣かないの、みっともない」


 春香の声は重たく、辟易としていた。


「え、いいの!?」

「ちっ」


 夏希が舌打ちをした。


「言っておくけど」


 春香の瞳が、ジロリと睨んでくる。

 それから、上から目線の、高飛車な語調で言った。


「勘違いしないでよ。これはあくまでも聖母のように懐深いあたしの慈悲なんだからね。捨て犬にパンを上げるようなものなんだから。間違っても惚れるんじゃないわよ」


「うぅ、ありがとうございます結婚してくださいぃ!」

「ひ、人の話を聞きなさいよバカバカバカッ」

「今、幹明と結婚するとボクもセットでついてくるよ春香ちゃん!」

「黙れダブルバカぁ!」


 今にも殴ってきそうな強い口調なのに、顔は真っ赤、耳まで真っ赤、両手で表情を隠して、指の隙間から瞳を潤ませ、身の置き所がわからないように、肩を縮めて揺すっている。


 どうしよう、マジで惚れそう。


   ◆


「うえーん、おいしいよう」


 春香からもらったグラタンを涙ながらに食べていると、徐々に彼女も落ち着きを取り戻してくる。


「大げさねぇ、グラタンひとつに泣くんじゃないわよ」

「だってしょうがないだろ。入学してからずっと、パンの耳しか食べていないんだから!」


 お前に俺の気持ちがわかるか、と自らの窮状を訴える。


「自業自得でしょ。パンツのことで頭いっぱいで末席入学って、夏希のことを悪く言えないわよあんた」


 夏希の手が、俺の肩に鋭く食い込んだ。


「幹明、そこはボクの領域なんだけどなぁ」


 マイホームに帰ると恋敵が居座っていたかのような、何とも言えない不機嫌顔で、夏希が迫ってくる。


「お前はどこに対抗意識を燃やしているんだよ……」


 親友の態度に、肩がずんと重くなる。


「でも、幹明の気持ちはわかるなぁ。ボクだってそんな刺激的なことがあったら、試験がおろそかになっちゃうかも」


「だろ? 思春期の男子が、いきなり美少女のパンツを見て冷静でいられる? いや無理だ。あれは巧妙な妨害工作だ。美奈穂は俺の学園生活を破滅させ、俺が苦しむ姿を影から観察してほくそ笑んでいるに違いない! くそ、なんて悪い奴だ、穂奈美美奈穂ゆるすまじ!」


 俺がスプーン片手に怒りの拳を震わせると、今度は春香ががっくりと肩を落とした。


「責任転嫁もここまでくると芸術ね……」

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