第42話


「ふざけるな! アタシは一〇〇年に一人の逸材と呼ばれた鳴界狩奈だよ!」

「一〇〇年に一人? 千年前の戦場には、お前程度、掃いて捨てる程いたぜ」


 戦国乱世のように、刀や弓矢のチャチな世界じゃない。

 現代のように、パワードスーツに守られた優しい世界じゃない。


 第三次世界大戦は、生身に銃一丁で弾林爆雨を駆け抜け、時には戦車や戦闘ヘリ、戦闘機を相手取り、なお無敗の超人怪人たちの坩堝だった。


 戦場と調和し、数キロ先から正確無比の狙撃をする、裁定者と呼ばれた男がいた。


 一夜でベースキャンプの兵士二〇〇人を殺害した、死神と呼ばれた男がいた。


 刀一本で戦車を両断して、天剣と呼ばれた男がいた。

 森を罠で満たし、己が手足と化した、魔境の番人と呼ばれた男がいた。


 そして狩奈みたいな火力の話じゃない。本当に一人で一個大隊を殲滅させる、一人軍隊と呼ばれた男がいた。


 俺みたいな、ただの元中学生が十か月やそこら訓練した程度じゃ勝ち目のない、本物の怪物たちだった。


 奴らに勝てたのは、一重に仲間たちの協力あってのものだ。

 なんて、思い出に浸っている間に、狩奈との距離は踏み潰しきれた。


 背後に張ったシールドを蹴りながら、フロントブーストで一気に距離を詰め、銃剣を真横に振りかぶり言った。


「楽しかったぜ狩奈。将来、戦場で会ったらよろしくな!」

「そんな、このアタシが!?」


 絶望色に染まる彼女へ、俺は必殺の一撃を準備する。


 明恋の時と同様に、アビリティ、【生類憐み道】を発動させる。

そして渾身の一撃を叩きこもうと、胴体を大きくひねりながら、銃剣を振るった。


 銃剣は狙い過たず、彼女の胸元を、背面パーツごと、真一文字に両断しようと閃いた。


 ッッッッッッッッッッッッッッッッ!

 そのとき、凶悪な悪寒に、俺は銃剣を止めた。


「狩奈、試合は中止だ!」

「え? は?」


 彼女は、わけがわからない、と言った様子だ。

 狩奈の右上腕で寸止めした銃剣を下ろしながら、俺は龍崎教官に連絡を取った。

脊髄を貫くような悪意と殺意が降り注ぐのは空、いや、もっと先だ。


 無慈悲な予感の正体が秒単位で鮮明になる中、龍崎教官は出てくれた。


『どうかされましたか中佐殿。何か不測の事態が?』

「宇宙軍が負けた! 弾道ミサイルが落ちてくるぞ! すぐに客を避難させろ! この学園と街の弾道ミサイル迎撃態勢の成功率はどれぐらいだ!?」


『待ってください中佐殿。突然何をおっしゃって……そんな、馬鹿な……』


 絶望の滲む声が、無常に耳朶へと触れる。

 残念なことに、俺の感覚は千年経っても衰えていなかったらしい。


『こちらでも確認しました。たった今、日本宇宙軍の一部隊が突破され、制宇宙権の一部を一時的に奪われました! 続いて、敵宇宙基地から飛翔体の落下を確認。弾道ミサイルと思われます!』


 アリーナ中にアナウンスが響きわたる。

 非常事態宣言が発令し、客席はパニックになりながら、人々は逃げ惑った。


 流石は未来と言うか、アリーナの至るところに避難経路を示したMR映像が出現し、人々を避難所へと導いていく。


『中佐殿、この街の迎撃機能による目標の迎撃成功率は四八パーセントと出ました。中佐殿も狩奈を連れ、ただちに避難してください!』


「軍人が避難してどうするんだよ! さっさとバトルフィールドのシールドを解除しろ! 俺が直接落とす!」


『直接、そんなことは不可能です! 考え直して下さい!』


 必死に止めようとする龍崎教官を、俺は一喝した。


「上官命令だ! 早くしろ」

『ッ、了解致しました。御武運を』


 通信が切れると、俺は自分の得物を確認した。


「こいつじゃ短いな」


 銃口の下に取り付けている高周波ブレードの長さは二〇センチ。これでミサイルを落とすのは不可能だ。


 量子化物一覧から、銃剣の付属パーツであるプラズマブレードを選んで構築する。ソレを銃口の上に取り付けてから、アカツキの出力を上げていく。


 待機出力から巡行出力、そして、戦闘出力から限界出力へと移行した。


 他の機体が限界出力を短時間しか維持できない一方で、出力特化型のアカツキはエネルギーが続く限り維持することが可能だ。


 この瞬間、アカツキはこの学園のどのブレイルよりも速く、そして強いに違いない。


 限界出力に達すると、アカツキの真紅の装甲から、光の粒子があふれ出した。

無数の燐光をまとう俺に、狩奈は息を呑み、唖然とする。


「アンタ……なにを……」

「早くお前も避難しろ。ちょっと弾道ミサイル落としてくる」


 見上げると、頭上のプラズマシールドが溶けるように解除されていく。

 同時に、俺は地面を蹴って跳躍しながらブースター出力を最大にして飛翔した。


 視界からアリーナが消える。


 音速の壁をブチ破った証拠に、体の各部位が白い軌跡を引いて、両足から白い三角錐のベイパーコーンが噴出する。


 それでもプラズマアーマーのおかげか、空気抵抗は最小限だった。

 対流圏を超えて成層圏のさらにその先へと突き進みながら、俺は声を大にした。


「やっと、お前の力を使えるなアカツキ、お前の性能、俺に見せてくれ!」


★2012年の作品では主人公は最強の血族という設定でした。当時はバトル系作品だと主人公が一般人ではなく特殊な生まれ、家系というのが珍しくありませんでした。本作は2020年代仕様なので主人公は一般人です。

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