第32話
「私……この胸が嫌いなの……」
今までの彼女からは想像もできない、弱々しい声だった。
「私だって、幼い頃は、みんなと普通に遊んでいたわ。将来は素敵な人に会って、恋をしたいとも思っていた。でも、私の胸が膨らみ始めると、みんなの接し方が変わったわ」
恋芽の声が湿り気を帯びる。
泣いているのかと思うと、ますます心配になってしまった。
「みんなで私の胸ばかりジロジロ見るようになって、挨拶代わりに胸を触って来たり、お喋りしていても、私の胸をネタにしたり、体育の時間なんて、私の胸が揺れているのをデバイスで隠し撮りして、動画共有までしていたわ。しまいには……エッチな胸だって」
最後のほうは、涙交じりの声だった。
「私には、それがたまらなく恥ずかしかったわ。なのにみんな、私の気持ちなんてわかってくれなくて、逆に、私に堅いだの真面目だのって私のほうが悪いみたいに!」
悲痛な訴えから、彼女の辛さは痛いほど伝わってきた。
性的なことは、人によって天地ほども価値観が違う。
そして、性にオープンな人の多くは無神経で、性に抵抗感のある人を、無神経に傷つけるものだ。
特に、繊細な思春期に性的虐め、とも言えるような目に遭えば、彼女の態度も最もだ。
「だから私は恋愛なんて嫌い。好きだなんだって、結局みんな私のカラダが目当てなんじゃない! 貴方だってそうでしょ! 資料で読んだわよ! 男は性的快楽を我慢できない淫獣で、大きな胸が大好きだって!」
随分と偏った資料だなと思うも、恋芽の過去を踏まえれば、そう思ってしまうの致し方ないだろう。
でも、このままでは駄目だと思う。
実際のところ、俺も巨乳は大好きだし、エロい欲求はあるけど、だからこそ、地球唯一の男として、彼女の誤解を解きたかった。
恋芽を安心させたくて、俺は、戦場で傷ついた少女へ語り掛けるのと同じトーンで話す。
「いままで辛かったんだな。俺も、みんなの態度は酷いと思う。人の嫌がることをするのは、駄目だろ。でもさ、これだけはわかって欲しいんだ。世の中には、巨乳じゃなくて、巨乳の女の子が好きな奴もいるって」
「それの何が違うのよ。結局はただの下半身の奴隷じゃない!」
「違うよ。全然違う。たとえばだけど、背が高くて素敵とか、小さくて可愛いぎゅっとしたいとか、そういうのは駄目なのかな? 外見も自分の一部なら、それは自分を好きってことだろ? 軍隊にも、そういうカップルや夫婦はたくさんいたよ」
俺は思い出す。千年前に知り合った、大勢の大人の人たちのことを。
「煙草を吸う姿がかっこよかったから。本を読む時に眼鏡をかけて物静かに本を読んでいる姿が知的でカッコよかったから。あと、俺の上官なんて、奥さんが口髭の似合う男性好きだからって、絶対に口髭を剃らないんだぜ。奥さんが死んだ後も、ずっとな」
背中を向けていても、恋芽の戸惑いと動揺が伝わってくる。
彼女も、悩んでいるらしい。
「【巨乳】が好きな奴は駄目だ。もっと巨乳の奴に会ったら乗り換えるし、本人のピンチなんてどうでもいい。でも、巨乳の【女の子】のことが好きな奴は違う。巨乳はあくまできっかけ。本人のことが好きだから、浮気しないし、ピンチには心を砕いてくれる。第一、初対面のときは内面なんてわからないんだから、外見から好感を持つのは自然だろ?」
「それは……」
「だからさ、上手く言えないけど、これからの人生で、お前のことを好きって言ってくる奴がいたとしても、あんまり否定的にならないで欲しいんだ。恋愛に、食わず嫌いになるなよ」
恋芽からは、何の返事もない。
服の破けた女の子と、あまり長くいるのもよくないよな。
俺がいたら、着替えられないし。
「じゃあ、俺はもう行くから。とにかく、ごめんな」
そう言って、俺は控室を後にした。
◆
バトルフィールドに戻った俺は、ヒーローインタビューを受けた。
今回の勝因については古武術の有用性を語り、恋芽への感想は強敵だったとフォローして、感謝したい人は?と聞かれたら、もちろん奏美の名前を出した。
何万人という人たちから歓声を受け、俺はすっかりスター扱いだった。
こうして、俺と恋芽の試合は、大盛況のうちに幕を閉じたのだった。
でも俺は、最後まで恋芽のことが気になっていた。
この時代は女しかいないし、大浴場では裸を見せあっているみたいだし、夜は下着姿で過ごすのが当たり前らしい。
それでも、時と場合というものがある。
風呂場でも海でも夜の室内でもない場所で、胸の谷間を見られてしまった恋芽の悲しみを思えば、スター扱いを喜んでなんかいられなかった。
◆
その翌日。
教室で俺と奏美は、クラスメイト達に取り囲まれながら、昨日の試合について、色々と話をさせられていた。
なんとか隙を見つけて、恋芽の谷間については触れないで欲しい、と言うつもりだったけど、なかなかチャンスがなくて困った。
そんな中、一人の女子がこんなことを言い出した。
「それにしても、明恋の谷間、エロかったよねぇ」
よし、今だ。
「あの、そのことについてなんだけど」
「まるで競技バトルみたい」
「え? どういうこと?」
俺の問いに、女子たちが顔を上げた。
「あ、守人くん知らないんだ。ブレイルって、ボクシングみたいに競技化しているんだよ。ポチ、ブレイル選手名鑑表示して」
女子生徒がそう呼びかけると、彼女の頭上に、ころころと太った犬のAIコンが現れた。
AIコンが一鳴きすると、MR画面が展開された。
画面には、パイロットスーツの女性たちの姿が、ずらりと並んでいる。
そのスーツのデザインに、俺はぎょっとした。
俺らが着ているパイロットスーツは、首から下を全て、すっぽりと覆う一方で、画面の女性たちは皆、胸の谷間や肩、ふとももを露出していた。
股間の部分がハイレグカットで、股関節まで見えている選手も珍しくないし、腰をひねったポーズで、ほとんどTバックでお尻を見せている選手もいた。
「えっと、その競技ってセクシーショーかなんかなのか?」
おずおずと、俺がためらいがちに尋ねると、女子たちはコロコロと笑った。
「やだもう守人くんてばぁ♪ この程度でセクシーショーなんて」
「スーツが破けて全裸になったほうが負けのストリップバトルって競技もあるけど、これは普通の国際基準競技バトルだよ」
「ていうか露出度だったらスポーツビキニでやるビーチバレーのほうが高いじゃん」
「それは、そうだけど……」
――ん? ブレインメイルの試合で谷間って、見えちゃってもいいものなのか? いやでもプロスポーツ選手と学生は違うと思うし。
「あたしたちも学園祭とかの学校行事や、昨日みたいに公開試合するときはこういうの着て戦うし。昨日の試合は二人とも軍用パイロットスーツだから地味だったよ。まぁ、奏美も地味スーツばかりだけど」
「わたしはいいの!」
また、奏美は恥ずかしそうに胸を抱き隠しながら、そっぽを向いた。
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