第29話
恋芽の眉が、訝しむように眉間に寄った。
「何よそれ、専用機の意味がないじゃない。それに、どうしてそんな情報を教えるのよ?」
「色々考えたんだけど、こっちだけそっちの情報知っているのは卑怯かなって。それに、あとで負けた言い訳されたくないしな。正々堂々いこうぜ」
「ブレイル歴二週間の素人が私に勝とうなんて、随分と能天気なのね」
視線の温度を下げる恋芽の態度に、俺は違和感を覚えた。
「う~ん、なんかお前、無理に俺と敵対しようとしていないか?」
「なんですって?」
声には敵意が乗っているけど、ちっとも怖くない。
「そうやってツンケンしてかっこがつくのは若いうちだけだ。大人になったら苦労するから、今のうちにやめておいたほうがいいぞ。俺も十七歳だけど」
「随分と上から目線ね。戦場経験者だからって、マウントでも取っているつもり?」
相手の忠告をマウント取りにしか感じないなら無駄だろう。
こういう手合いは、一度痛い目を見ないと、絶対に改心しない。
「いいわ。貴方のその鼻っ柱、へし折ってあげる。一度痛い目をみれば、貴方の傲慢な性格も矯正できるでしょうし」
自分が一番正しいと思っている奴は悪党並に厄介だな。
まぁ、二年前の俺も、始末の負えなさじゃ五十歩百歩だけどな。
場内アナウンスが俺らの解説をする。
恋芽の視線が、僅かに客席を見上げた。
「そろそろ、試合開始ね」
恋芽の両手に、光芒の束が奔ると、刀ではなく、ハルバードが形成された。
ハルバードとは、槍の穂先の横に、斧の刃と、鉤爪を着けた武器だ。
槍のように突くことも、斧のように薙ぎ払うことも、鉤爪で相手を引っ掛け引き寄せることもできる、万能近接武装だ。
奏美に聞いた話だと、柄に小型ブースターがついていて、ハルバードの動きを補助する仕組みになっているらしい。
「驚いたかしら、これが私の専用武装。リーチも威力も、二刀流の比じゃないわよ」
得意げにハルバードを掲げながら、明恋は誇らしげに胸を張った。
「玄人向けの武器だな。俺の専用武装は、こいつだ」
言って、俺は脳波で、俺専用の銃剣付小銃、通称【銃剣】を実体化させた。
ライフル型レールガンの形状は、千年前に俺が使っていた二三式小銃をモデルに作ってもらい、その銃口下に、高周波ナイフを取り付けてもらった。
俺の頼れる相棒に、明恋は眉間に縦皺を刻んで不快感をあらわにした。
「なに? そのアホみたいな武器は……」
「何って、銃剣付小銃だよ。通称銃剣。信頼と実績の最強白兵戦兵器、かな?」
俺が冗談めかして笑うと、恋芽は掲げていたハルバードを下ろして、ため息をついた。
「半月前に戦ったときは、戦闘技術だけはまともかと思ったけど、まさかこんな誇大妄想野郎だったなんてね。貴方の土俵に立ってあげようとした、私が甘かったわ」
「え? 俺の土俵に立ってくれるつもりだったのか? 優しいなお前」
「貴方、ふざけているの?」
キッと睨んでくる、恋芽に、俺は舌を回した。
「久しぶりのタイマン勝負にテンションが上がっているんだよ。再戦だけど」
「久しぶりって、千年寝ていただけじゃない」
「いや、戦場生活を含めてだよ」
恋芽の眼差しが、馬鹿を見下すように苦くなる。
「? 言っている意味がわからないけど、ひとつ大きな勘違いがあるわ」
その時、場内アナウンスが告げた。
『間もなく時間いっぱいです。それでは、皆神守人VS恋芽明恋、はじめぇ!』
「タイマンじゃなくて、六対一よ!」
ハルバードを下ろしたままの明恋の左右に、プラズマライフルが三機ずつ、計六基実体化した。
奏美の言っていた、浮遊ビットだ。
敏捷性特化型のイザヨイは、軽量化のために、武装を可能な限り装備しない方向性らしい。
「古代人の貴方には、ビットの操作なんてできないでしょう? でも残念ね、貴方が眠っている間に、戦争は進化しているのよ!」
彼女の声を合図に、六基のビットは同時に飛び出し、戦闘機のように素早く、そしてドローンのように自由自在に飛び回った。
ビットたちは一瞬で俺を取り囲むと、連続一斉射撃を放ってきた。
六つの砲口から断続的に襲い掛かる光弾に、だが俺は慌てなかった。
この程度、ブースターを使う価値もない。
天下無双宮本武蔵曰く、踏み込みはカカトから勇むべし。
武の神様塩田剛三曰く、足力は親指の先端に集中すべし。
腰で重心を移動しながら、地面と接地しているカカトで地球を踏みつけ、零秒で加速した。
さっきまで俺のいた空間を、六発の光弾が貫き、地面を焦がした。
続けて、俺は踊るように光弾を避け、かわし続けた。
加速はカカトに、減速はつま先に力を込めて、腰と背骨で重心を傾けて地球を、重力を味方につけた、予備動作のない零秒加速と無反動方向転換で、全ての光弾を紙一重で避け続ける。
俺の動きに観客は沸き上がり、次々拍手が起こった。
「あり得ないわ……六対一で、なんで当たらないのよ!?」
「いや、操作しているのはお前ひとりじゃん。一基一基の動きが単調だぞ。それに、六対一で負けるようなら、戦場で六対一になったら死ぬだろ?」
「死ぬに決まっているでしょう!」
「死んだらだめだろ。お前なぁ、戦場じゃ仲間とはぐれて十対一の状況だってザラなんだぞ」
「十対……一?」
恋芽が狼狽した瞬間、ビットの動きが硬直した。
その隙を見逃さず、俺は一基の銃口にレールガンを叩き込んでから、銃剣でもう一基のビットを斬り裂いた。
二基のビットがスパークして、あえなく地面に墜落した。
「なっ!?」
可愛くショックを受ける明恋に、俺はアドバイスを送る。
「悪いことは言わない。敏捷特化型らしく、そのハルバードで来な」
「っ、後悔、しないでよね!」
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