第30話


「ありがとう。桜月って、本当にポジティブだよな」

「何を言っているんだい。過去は解釈を変えて、今をあがいて、そして未来を自分の力でもぎ取る。それが人生ってもんだろ?」

「……強いんだな、桜月は」


 彼女は、得意げに背筋を反らして、胸を張った。


「ふふん。何せ、今の魔王に一泡吹かせるのが目標だからね。弱音なんて吐いてらんないよ」


 ――魔王?


 降ってわいた単語に、無意識で尋ねてしまった。


「今の魔王……それって、どういう……」

「うん、キミには話そうか。コナタは先代魔王の娘、つまり、元姫だ」

「ひぃっ、姫様!?」


 衝撃的過ぎる事実に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 これで納得した。言ってしまえば、彼女は本来次期魔王。なら、彼女の強さも納得だ。


「もしかして、ホテルの屋上で戦ったエルフがびびっていたのは?」

「コナタの正体に気づいたみたいだね。彼の言う通り、コナタが魔族の平均なわけがない。つまり彼は、事実上のラスボス相手にイキっちゃってたわけさ。下手に警戒されると動きにくいから、ちょっと脅して黙ってもらったのさ」


 ――魔王、お姫様……桜月って、やっぱり俺とは別世界の人なんだなぁ……。


「言っておくけど、今まで通りタメ口でいいよ。キミはコナタの眷属だからね。家族も同然だよ」

「え、あ、おう……」


 俺の心を見透かしたような言葉に、すっかり気勢を削がれてしまう。おかげで、彼女の話を冷静に聞けた。


「今言った通り、コナタは魔王の娘で姫だった。けど五年前、冥界からレヴナントが現れた混乱に乗じて、今の魔王がクーデターを起こして王位を簒奪。コナタの父上と母上は死に、国民へのイメージ戦略のために、コナタは生かされた。そして魔剣を持つコナタは、いつか自由になる力を得るため、有能な駒として働いているってわけさ。コナタが活躍すれば、生活待遇も良くなるしね」


「魔剣? そういえば、今の魔王に奪われたりはしなかったのか?」


「レーヴァテインは、コナタが十歳の誕生日に、父上が国民の前でコナタにプレゼントしたものだ。取り上げれば、魔王のイメージが悪くなる。今の魔王は五〇〇年前の魔王と同じで野心家だけど、悪知恵は働くんだ」


 馬鹿にするような口調で言いながら、桜月は人差し指で、自分の頭を突っついた。


 ――それで、十七歳で少将なわけか。部下の一人もつけてもらえない一人軍隊でも、前政権の姫を高い階級と役職につけておけば、世間の目は誤魔化せる。


「連中はレヴナントを魔族の力で退けて、国際的な影響力を高めようって腹だよ」

「じゃあ、なんて援軍が桜月一人なんだよ?」


 自分らでレヴナントを殲滅する気なら、もっと大規模な軍を派遣するはずだ。


「ていよくコナタを殺して、コナタの死をプロパガンダにしてから本隊を乗り込ませるか。もしくは漁夫の利を狙って、ノーライフキングと人類連合が弱ったところに本隊を乗り込ませるか。仮にコナタが死なずに大活躍でも、書類上は魔界軍であるコナタの手柄は魔族の名誉だ。まぁ、コナタとしては、コナタがこの戦争のMVPになって世界的な英雄になって、現魔王勢力がコナタに手を出せないようになれば、ざまぁみろって感じかな。一国の王に過ぎない魔王と救世主なら、どっちが上かは明白だろ?」


「な、なるほど……」


 桜月は軽快に、悪巧みを自慢するように舌を回すも、それがなんだか無理をしているようで、逆に辛かった。


 五年前ということは、その時、桜月はまだ十二歳だ。

 幼い少女が両親を殺され、自由を得るために軍に身を投じて戦って、彼女はどんな思いで、今まで過ごしてきたんだろう。


 そんなことも知らず、俺は彼女のことを、苦労知らずのお嬢様で、本国では男からモテモテに違いない、なんて考えていた。自己嫌悪で、額を床に叩きつけて謝りたかった。


 でも、同時に彼女へ対する疑念も深くなってしまう。


 ――なら、桜月が俺を眷属にしたのは……ただ、手駒が欲しかったからなんじゃ……。


 疑念は不安に、そして恐怖に変わって、足元から順に、体が石になっていくように体の感覚が無くなっていくようだった。


 恐怖心から逃れるように、俺は、楽になりたい一心で、口を開いた。


「あの、さ……どうして、桜月は俺なんかを眷属にしてくれたんだ?」


 ――こんな時に、俺はなんて嫌な奴なんだろう。せっかく、桜月が俺を信用して、自分の過去を打ち明けてくれたのに。


 こんな自分が、聖剣に選ばれるわけがないと、自責の念に押し潰されそうだった。

 でも、桜月は、ちょっと照れ臭そうに笑いながら、明るく答えてくれた。


「へへ、そんなの、天幕を張るキミが、蜘蛛を助けるのを見たからだよ」


 ――蜘蛛? 昨日のアレ、見ていたんだ。


 昨日、俺は蜘蛛の巣にかかった蝶を助け、悟飯を奪ったお詫びに、蜘蛛には干し肉のレーションをあげた。


 虫に話しかけるところを目撃されて、ちょっと恥ずかしかった。子供っぽいと思われたかもしれない。


 なのに、


「きっと、そういうキミだから、エクスカリバーはキミを選んだんだよ」


 俺の心配をよそに、桜月は思い出を抱きしめ、幸運を噛みしめるように語り始めた。


「蜘蛛の魔の手から蝶を助ける人なら世界中にいる。蝶を捕まえて蜘蛛に与える人もいる。けど、蝶と蜘蛛の両方を助ける人は、キミぐらいのものだよ。そんなキミなら、コナタにも優しくしてくれると、柄にもなく期待してしまったんだよ」


 ――優しく? じゃあ、桜月は俺を手駒として利用するためじゃなくて……。


 頭の中に、悲しい想像が広がった。

 滅んだ王家の娘という不遇な立場で、誰からも優しくしてもらえない少女時代を過ごし、他人の優しさを求めて、辿り着いたのが、俺だって言うのか。でも。


「だから、キミはコナタのワンコなんだよ」


 そうだ。それでも、人を犬扱いは、納得できない。


「なぁ、そのワンコって、どういう意味なんだ?」

「うん? どういうって、そんなの、自分の可愛い人って意味だよ。父上と母上は互いのことを時々ワンコって呼んでいたし、二人ともコナタのこともよくワンコって呼んでいたよ。て、どうしたの?」


「ッ~~~~~~~~いや、なんでもないんだけど、とにかくすいません」

「?」


 人生の中で、一番恥ずかしかった。

 穴があったら入りたいどころか、もう本当に殺してほしかった。

 なんなんだ俺? なんだ俺? まるで一人相撲の世界チャンピオンだ。


 俺が自分で自分の首を絞める妄想に耽り、精神の安定化を図っていると、桜月が尋ねてきた。


「キミの反応を見るに、人間の国だと使わない表現みたいだね。そっちだと、ワンコの代わりになんて言うの?」


「え? そうだなぁ、ベイビーとか、ダーリンとか、あとは、あ、ハニーとか」

「ハニー? ハチ? いいねハチ。ハチミツって甘くていいよね」


 言いながら、デザートのハチミツケーキを一口食べて笑顔になる。


「よし、じゃあ今日からキミは、コナタのハニーだ。これからもよろしくね、ハニー」


 大好きな女の子からの満面の笑顔とハニー呼びに、俺は幸せ過ぎて鼻血を噴いた、ような気がした。

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