第36話

 自分にそう言い聞かせて、俺は平静を保った。


「まぁ、高崎さんについてはおいおい調べていくとして、なんにせよ、主戦力が増えたことは喜ばしいわね。牧野部長も喜ぶわ」


「そ、そうですね。俺も、これでお前との約束を守れそうで嬉しいよ。一緒に日本を守ろうぜ!」


 後ろめたい気持ちを誤魔化すように、俺はわざとらしくてまくしたてた。

 坂上先生は小首を傾げていた。


「そうね、明日からは手加減抜きでしごい、叩きのめしてあげるわ」

「そこ言い直さなくていいだろ」


 俺は渋い顔でそう言った。


「へぇ、知らないあいだに随分仲良くなったのね。でも咲月、絶対に貴方の部屋に入れちゃだめよ。男なんてすぐ勘違いするんだから」


「あのですねぇ、先生は俺をなんだと思っているですか?」

「三〇のおっさんと十八歳のうら若き乙女がいたら警戒して然るべきでしょう」

「そういえば貴方言っていたわね、男は三〇になってからが本番だって」

「そういう意味じゃねぇよ!」

「アラサー男子ナメるなよ、とも」

「よしわかった、お前俺のこと嫌いだろ」

「咲月、好きって言っちゃだめよ。男なんてすぐ勘違いするんだから」

「先生は昔何があったんですか……」

「は?」


 俺が問いかけた途端に、坂上先生の目が据わった。

 と、同時に咲月は俺の手を握り、強引に引っ張る。


「ありがとうございました先生、では、清史の体に異常があったらすぐに来ます」


 珍しく早口に場を収集して、咲月は診察室を出て行った。


「先生の前で昔の話は禁止事項よ。あと、先生には後で私が差し入れをしておくから、貴方は何もしないで」

「お、おう……」


 戦場で仲間のサポートをしながら戦ってはいたけど、咲月ってこういう場面でも意外と気が回るんだな。


 咲月の大人らしさに感心して、俺は自分の未熟さに肩を落とした。


   ◆


 遅めの昼食を食べてから部屋に戻ると、三〇分もせずにチャイムが鳴った。


 自主練でもしようと思っていたのに、誰だろうと思ってドアスコープを覗くと、咲月と音別が立っていた。


 この二人が一緒なんて珍しいな、と思いながらドアを開ける。


「どうした?」


 咲月ではなく、音別が一歩ジャンプした。


「ほら、これからテレビであたしらのこと紹介されるでしょ?」


 そういえば昨日、牧野さんが対策チームを組織したことを公開するって言っていたな。


「ラケルタだけじゃなくて吸血鬼の存在も公開するらしくて、結構大事らしいよ。だから咲月に、一緒に見ようって誘ったら、じゃあ清史の部屋で見ましょうって、咲月が」


「なんで俺の部屋なんだよ……」


「貴方、音別さんとは知人なのでしょう? なら一緒に見るのを誘うついでに、そのまま貴方の部屋で見れば効率的でしょう?」


 と、言いながら咲月はまっすぐくまお君クッションのあるベッド歩み寄り、その横から音別がダイブする。


「わっふぅー♪ なにこれくまお君クッション限定モデルじゃん♪ よっさんこんなの持っていたんだぁ♪ かわいい♪」


 音別がくまお君を抱きしめ、頬ずりする。


「あゥ……ぁぁ……」


 咲月の表情が青ざめ、わなわなとくちびるを震わせた。

 本当に、いつもは無表情なのに、咲月は色々な顔を見せてくれるな。

 今度はグッときたというか、なんだかおもしろい。


 咲月はハイライトの消えた瞳で、なけなしの抵抗として音別の、もといくまお君のすぐ隣にお尻を下した。


 視線は常にくまお君をロックしている。

 見ていて、だんだん痛々しくなってくる。

 なんて不憫な子だろうと。


 幸せにしてやりたいが、咲月のプライドを保ちつつ、くまお君を音別の腕から取り返す方法が思いつかない。


 無力な俺を許しておくれ……。


「そ、それにしても音別、お前、咲月と仲よかったのか?」

「仲良くなりたくて誘ったの♪ 同じチームの仲間なんだし、ね♪」

「アナタは敵よ」

「ちょ、あたし嫌われるようなことしてないじゃん、冷たくしないでよぉ」

と、言いながらくまお君をむぎゅむぎゅ抱きしめる音別。


 しています。現在進行形でしています……ん?


 音別の隣に座る咲月は、バレないよう、くまお君の足先を、指先でちょこんとつまんでいた。


 おぉ、咲月のあくなき執念を感じる……。

 よし、こうなったら俺の全大人力を総動員してでもくまお君を咲月の元へ。


「そうか、じゃあお菓子と飲み物がいるな。音別、俺はお菓子を持ってくるから、飲み物選んでくれよ」

「うん、いいよ♪」


 音別はドリンクサーバーで神の配合にチャレンジする女子だ。

 飲み物を選ばせれば、きっと時間を使うだろう。


 俺と音別が台所へ入ると、咲月はコンマ一秒でくまお君クッションを抱きしめていた。


 もちもち ぽむぽむ もふもふ ふかふか もむもむ と、くまお君をこねくり回す手が止まらない。


 眉一つ動かさない無表情だけど、マンガなら頭上にハートマークが浮きそうな空気を感じる。


「できたぁあああ! 神の配合バージョォオオオオオンG♪」


 音別が振り返り、ハイテンションに両手の指でGの形を作るコンマ一秒前に、咲月はくまお君を離し、元の位置に戻していた。


 咲月って、意外にプライド高くて意地っ張りで見栄っ張りだよなぁ……。

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