第21話


「……何故『さ』と『き』を強調するの?」


 やっぱり気になるよなぁ、と思い、頭をかきながら仕方なく説明する。


「そうしないとみんな高橋と間違えるからだよ。字面まで似ているから書類上でも間違えられるんだよ。下の名前も清いに歴史の史だからみんなキヨフミじゃなくてキヨシって読むしな。最悪なのは小一のときだ。人がぴかぴかのランドセルを背負って期待に胸膨らませて自分の教室に行ったら俺の席のネームプレートにひらがなで『たかはし きよし』って、両方間違ってんだぜ。てきとうすぎんだろ担任」


「…………タカサキ・キヨフミが、タカハシ・キヨシ……ッッ」

「今お前笑ったろ」

「笑っていないわ、耐えたもの」

「やっぱり笑っているだろ、心の中で!」


「失礼ね。思想の自由は憲法で保障されているはずよ。私の頭の中にまで文句をつけないでほしいわ」


「失笑の言い訳に憲法を使った人類はお前が初めてだよ!」


 つい反射的にツッコミを入れると、せっかく少しゆるんだ十六夜の顔に、寂しさが浮かんだ。


「……人類ね、まぁ、私が人類かは議論の及ぶところかしら。出し入れできる吸血用の歯がある人類なんていないものね……」


 俺は思い出す。

 彼女を怒らせてしまった時に見た、あの牙を。

 十六夜の歯は、普通の人間となんら変わらない。


 けれど左右の犬歯、その裏側の歯茎には、吸血用の歯が収納されていて、自由に出し入れができるのだ。

 でもそんなのは、人外の理由にはならないと思う。


「人間だろ。お前は」

「……慰めてくれるの? でもフォローが下手ね」

「違うよ。つーか知らないのか。日本人は、他の人種とは体の構造が違うんだぞ」

「なんの話?」


 十六夜は、本当にちょっと不思議そうな声で訊いてくる。

 なんだか、さっきから今までにない彼女の姿が続いて嬉しいな。


「いやほんとだって。ほら、指の骨は三つで、付け根も合わせ関節は三つだろ? でも、足の小指は使わないから退化して、時々骨が統合されて関節が二つしかない人がいるんだ。でも、世界で日本人だけは、実に九割の人の骨が統合されているんだ。体の構造が少し違うくらいで人外認定とか、関節二個の俺に失礼過ぎんだろ」


「そうなの……」


 寝たまま自分の足を見て一言。


「私の足、見てくれる?」

「ん、おう」


 どうやら、自分の足の指の関節を数えたことがないらしい。

 俺は席を立つと、ベッドの足側に回り込んで、かけ布団をめくった。


 そこには、芸術品と見間違うような美脚が並んでいた。

 陳腐な言い方だが、こんなに綺麗な足は見たことがない。


 そもそも、アニメのキャラクターじゃあるまいし、人間の足とは本来歪なものだ。

 負荷のかかる部位だから、しわも深いし皮膚は厚く硬く、角質化している部分もあるはずだし、特に現代人は、ファッション性を優先した靴を履くせいで、指と爪の形が歪んでいる。


 なのに十六夜のおみ足は一切の歪みがない。


 まるで絵画の女神の足を、そのまま写し取り、三次元におこしたような美しさだった。


 爪の色も、血色の良い、鮮やかなピンク色で、こちらは美しいというか、愛らしく思えた。


 こんなにも綺麗なモノに触れていいのだろうか、と気後れしながら、彼女の左足にそっと触れてみる。


 やわらかい。

 足や、ましてその裏とは思えない感触に心臓が跳ね上がる。


 おっといけない。

 俺は何を考えているんだ。


 足に見惚れるなんて、まるで変態じゃないか。

 全国の脚フェチの人には悪いけど、あまり褒められた趣味ではないだろう。

 余計なことは考えず、小指の関節を確認してみる。


 一、二、三.

 小指をくにくにと曲げて、関節が三つあることを確かめた。

へぇ、俺と違って三つあるな。


「お前は三つだな。つまり、お前の人体構造は九割の日本人よりも人類に近いってこと……に……」

「ッ………………~~~~」


 十六夜は頬を赤くして、恥ずかしそうに視線を逸らしていた。

 口元を指で押さえて、声が出るのを我慢しているようにも見えた。


 どうやら、男に生足を触らせているという事実に今更気づいて恥ずかしくなったらしい。


 可愛い。

 難攻不落の要塞もかくやという堅牢さを身にまとう女性が見せる隙の魅力は、まさに底なしであり、俺は三〇を過ぎて、年甲斐もなく十八歳の女の子にグッと来てしまった。


 アイドルオタクのおじさんというのは、こういう心境なのだろうか?

 音別が見たらなんて言うか……気持ち悪いかな。

 アイドルオタクのおじさんは、若い娘から嫌がられるのは知っている。


 でもだ、俺の場合は仕方ないだろう。

 相手は十六夜咲月なんだから。


 この真正の美少女で、普段は無口無表情無感動の鋼のお姫様が、さっきは笑いをこらえて、かと思えば今度は恥ずかしさのあまり赤面して悶えている。


 感性が、十五歳は若返ったように震えてしまう。


 いや、十五歳の思春期中学生の頃だって、女子をこんなに可愛く想ったことはない。


 できれば、一秒でも長くこうしていたいけれど、これ以上は十六夜に悪いので、俺はふとんをかけ直して、椅子に戻った。


「それと、これはオマケなんだけどな、現在純潔のホモ・サピエンスはアフリカ系だけだ。俺ら日本人を含めて大半の人類には、骨格も脳みその作りも違う亜人種、ネアンデルタール人の遺伝子が二パーセント入っている。だからダンピールのお前が人類じゃないなら、俺も違うことになる」


「……そうなの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る