異世界に召喚された俺たちは、老後の生活を謳歌する

@namari600

第1話

「サチ、そこの醤油を取ってくれんか」

「それくらい自分で取りなさいよ。もう、今回だけだからね」

「すまんすまん。いやぁ、もう随分と体が痛くてな。手を伸ばすのにも一苦労だ」


何気ない朝の会話。ふわふわの卵焼き。

鰹節香るおみおつけ。ツヤツヤの白米。

窓からは朝日が差し込み、遠くでワイバーンの鳴き声が聞こえる。

五十年前から変わらない日常。そうか、今年で俺もサチも七十三か。


「ユウ?どこか具合でも悪いの?」

「……いや、どこも悪くないさ。強いて言うなら頭かな?」

「それは元々。というか、まだそのネタ使ってるの?流石に古過ぎてカビ臭い」

「それは悪かったな」


——五十年以上も前、魔王は日本から呼び出された者を含む勇者パーティによって倒された。

日本から呼び出されたのは二人。

一人は俺、鳩山ユウ。当時十八。偏差値そこそこの高校に通っていた普通の人間。

もう一人は山中サチ。同じく十八。彼女は名の知れた進学校に通っていたらしい。

通学途中でこの世界に呼び出された俺たちは、同じ不運が直撃した仲として意気投合。

勇者ヴァルカンのパーティで五年間の交際と戦闘経験を積み、見事二十三歳の時に婚約を交わした。

あれから五十年。初めて想いを伝えたこの街の一角に家を建て、今日に至るというわけだ。


「今日は何か用事があるのか?」

「一週間分の買い物だけね。ユウも来る?」

「ふむ。薬局に湿布を買いに行った後なら構わないぞ」

「なら決定ね。荷物持ちが増えて助かるわ」

「ジジイ待遇の改善を求む」


俺の嘆きはどこへやら。五十年経っても変わらない。これは生きてる間に勝つのは無理そうだ。

渡された醤油を卵焼きにかけ、白米と同時に幸せの黄色を口へと運ぶ。うん、うまい。


「これも随分と完成度が上がったな。昔はもっと塩っけが強かったような……」

「それだけカノン君たちが頑張ってる証拠じゃない。どこかの誰かさんが『たまには醤油ラーメンが食べたい〜』とか言うからよ」

「ま、まさか本気にするとは思わなかったんだよ。というか、サチも『分かるわ〜』って同調してた!」

「なっ……!?」


サチの目が右へ左へ。動揺を隠すべく熱々のお茶が入った急須を勢いよく触ってしまう。


「熱っ!!」

「‼︎ 危ないっ」


サチが身の危険を感じたことで強制防御の付与魔法が発動。朝ごはん並ぶ食卓に巨大な緑色の魔法陣が展開される。


「(翡翠の魔法陣……風か!)」


魔法陣が輝き出し、サチを中心とする竜巻が発生。音速を超える速度で箸や皿が空中を飛び交い始めた。

強制防御の魔法は自分で組んだものだが、我ながら本当にあっぱれな性質を持っている。

結界魔法に箸が刺さる。飛んできた茶碗は優しくキャッチ。槍のように飛んでくる白米を避けつつ彼女の名を叫ぶ。


「サチ!聞こえるか!?」

「聞こえてるわよ!はぁっ、この魔法少しやりすぎなのよ。視界は悪くなるし食器は凶器になるし……元栓はどこなの!!」

「中心部のすぐ上に魔法陣があるはずだ!」

「あら本当」


カチッという小気味いい音が聞こえた。竜巻が弱まっていく。視界も戻って……!!


「ユウ!だいじょう……」

「伏せろっ」


ダイニングテーブルを飛び越え、ボサボサになってしまった美しい白髪ごとサチを体で覆い隠す。


パリンッ。


背中に鈍い痛みを感じる。竜巻によって巻き上げられた急須が落下したのだ。

まさに間一髪。また強制防御の魔法が発動してしまうところだった。

ポタポタと赤く濁ったお茶が背中から滴る。


「ゆ、ユウ……」

「大丈夫。これぐらいなんともない。俺はこれでも勇者一行の仲間で——」


起きあがろうとしたら首根っこを掴まれた。サチの口元に顔が引き寄せられる。昔から変わらない香水が鼻腔をくすぐった。

真っ白になった頭のすぐ横、耳元で優しく囁かれる。


「ありがと……」

「お、おう……」


異世界の老夫婦は、魔王を倒した後の世界を今日も謳歌している。



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