五十三、推しと騎士と子ども達との奇妙な同居生活
「でち!おいちい!」
「おいしい?よかったわねぇ。ちゃんと、もぐもぐ噛んでから、ごっくんしてね」
「んっ」
デシレアの隣でマーユが幸せそうにハンバーグを口に運べば、その隣でフレヤも上手にフォークを扱う。
「そうか。小さく切ってやると、食べやすいんだな。それに、フォークも小さい方が持ちやすい。当たり前か。こんなにも小さい手なのだから」
更にそのフレヤの隣で、クリスが納得したように頷いた。
「マーユもフレヤも、フォークを扱うのがとても上手です。それにエディは、ナイフとフォークをきちんと扱えるのね。流石小さな紳士さん」
そしてデシレアがマーユとは反対側の隣に座っているエディに言えば、嬉しそうに顔をあげる。
「ナイフとフォーク、ちいさいから、もちやすいです」
先にエディに確認したところ、普段カトラリーは大人と同じ物を使っていることが分かったが、小さい方がいいという本人の希望で、ここではデザート用の物を用いることとした。
「さっきも言ったけれど、これは本当はデザート用なの。余所に行った時、間違えないように気を付けてね」
「はい」
こくんと頷き、エディはぱくりと温野菜を口に入れる。
そのエディの向こうでは、オリヴェルがきれいな所作でステーキを切っていて、いつもの事ながら、デシレアはうっとり見惚れてしまいそうになった。
「どうした?」
「ああ、いえ。一列並びで食事、というのも壮観だと思いまして」
うっとり仕掛けたことは誤魔化し、デシレアがもうひとつ思っていた事を音にすれば、オリヴェルも苦笑を浮かべる。
「確かにな」
「順当では、あるのですけれどね」
騎士が二十人は座れそうな大きなテーブルの片側に、オリヴェル、エディ、デシレア、マーユ、フレヤ、クリスという順に一列に並んで座る今の状況は、なかなかの食事風景である一方、未だひとりで食べるには覚束ない子ども達の事を思えば、当然の配置とも言えた。
一番幼いマーユをデシレアが、フレヤをクリスが、そしてエディをオリヴェルが見られるため、何かあれば直ぐに対処も出来る。
「デシレア嬢。その、子ども用のカトラリーのことなのだが。デシレア嬢が子どもの頃、使った記憶があるのか?」
「いいえ?」
クリスからの問いに答えながら、デシレアは、その首に結んだナプキンのずれをきちんと直した。
「では、何処かで見たのか?」
「いいえ・・・そういえば、弟も使っていた記憶が無いですね」
「そうだろう?俺は見たことも聞いたことも」
「私、かなりのお呆けさんなのかしら?」
「は?」
頬に片手を当てて言うデシレアを、クリスは信じられない物を見るように見た。
「だって、自分が使っていた記憶も、弟が使っていた記憶も無いんですよ?相当、記憶力が悪いのかしら?」
「・・・・・ああ。記憶力は分からないが、呆けているというのはそうかもしれない」
「え!?今の、冗談だったのですが」
「っ・・・と、ところで。ハンバーグというのも、凄く美味しそうだな。どうだろう、フレヤ。俺のステーキと、一口分ずつ交換しないか?」
デシレアから不自然に視線を逸らし、クリスはフレヤへそう交渉を始める。
「こうかん!」
「それは、いい、ってことか?これ、ひとつくれるか?」
そう言って、ひと口大に切られたハンバーグをクリスが指させば、フレヤがこくんと頷いた。
「いいよ!」
「じゃあ、これと交換な。ちゃんとよく噛むんだぞ?」
自分のステーキをひと口大に切ったクリスは、それをフレヤの皿に乗せ、フレヤの皿からハンバーグを一口分貰う。
「うん、旨い」
「おいしいね」
「おいちい!」
感嘆したように言ったクリスに、フレヤとマーユも続く。
「デシレア嬢は、本当に料理上手なのだな。スープの味も抜群だし」
「お口に合って、何よりです」
デシレアも嬉しそうに、にこにこと答え、クリスは呑み込んだハンバーグの余韻を楽しむように、僅かに目を閉じた。
「ところで、このハンバーグというのは、デシレア嬢考案の料理なのか?」
「いいえ。タルタルステーキを、焼いただけだと思っていただければ」
「だが、何か野菜も入っているだろう?」
問われ、デシレアは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そこは、ちょっと考えました!ハンバーグにお野菜を入れたら、お野菜嫌いでも食べやすいかな、って。まあ、みんなお野菜も普通に食べてくれるので、要らぬ心配でしたが」
「なるほど。それはいい案だな。いや、騎士団の中にも野菜嫌いは居てな」
「大人になっても、苦手な方は苦手ですよね」
「だが、このようにすれば、確かに食べやすいだろう。今度、正式に騎士団へ料理法を伝授してくれないか?」
真顔で言われ、デシレアはまさかと首を横に振った。
「それほどのことでは、何なら今」
「い・い・や。きちんとしよう、その辺は」
クリスにきっぱりと言われ、思わずオリヴェルを見たデシレアは、深く頷きを返されてクリスに了承の意を告げる。
「分かりました。では、きちんと文章にしておきますね」
「頼んだ」
その後すぐ、フレヤとマーユの口元に気を取られたデシレアは、クリスとオリヴェルが何とも言えない笑みを交わし合っていたことを知らない。
「はい、お口きれい」
「しゃっぱり!」
食後、クリスに手伝ってもらいながら後片付けをしたデシレアは、その間ひとりで三人を見ていたオリヴェルが、ぐったりとソファに寄り掛かっているのを横目に、三人の口を漱ぎ、寝る準備を整えて行く。
「じゃあ、次はお着替えね」
「よし、エディ来い」
「はい」
「それなら、マーユとフレヤは、じゃんけんしようか」
クリスがエディを手招きし、デシレアがマーユとフレヤにじゃんけんをさせて、着替える順番を決めようとすれば、オリヴェルがのっそりと立ち上がった。
「なら、ひとりは俺が」
その言葉に甘え、それならとデシレアは、とことことオリヴェルへ寄って行ったフレヤの着替えを任せることにする。
「んぷっ!くうしいっ」
「悪い!」
「きしさま、いたいです」
「ごめんな!」
「でち!」
「はい、ばんざいして。ばんざーい」
「ざーい!」
三々五々、笑ったり焦ったりしながら、何とか三人とも寝間着に着替え終え、眠る仕度は整った。
「子どもひとり、大人ひとりの組み合わせで寝るか」
それが妥当だろうと言ったクリスの提案に、しかしオリヴェルは首を横に振る。
「いや。子ども達は三人とも、俺とデシレアと一緒に寝ればいい。クリス、レーンロート殿は、明日も騎士団への報告などで忙しいだろうから、ひとりで寝てくれ」
「オリヴェル様は、大丈夫ですか?」
「ああ。俺は、ここで待機だからな。問題無い」
クリス様がひとりで寝るのならオリヴェル様も、と言ったデシレアに、オリヴェルは笑って答えた。
「メシュヴィツ公子息。此度はこちらの事に巻き込んで、真に申し訳ない」
改めて頭を下げるクリスに、オリヴェルは軽く首を横に振って、自分の事は気にしなくていいと意思表示する。
「いや。元々、陛下からの下命もあってこちらへ来たのだから、俺の方は、気にしなくていい」
「あ、ああ、もちろん。こちらの都合でご協力願う事になったデシレア嬢の事は、その経緯も含めて上層にきちんと報告する」
言外に、デシレアを巻き込んだことは論外、と氷点下の笑顔で告げたオリヴェルに口元を引き攣らせ、クリスは分かっていると頷いた。
そんなふたりの密かなる攻防を余所に、子ども達と楽しく戯れていたデシレアが、突然ことりと寝入ってしまったマーユを抱き上げ、クリスとオリヴェルを見遣る。
「それでは、先に子供たちを部屋に連れて行きましょうか。クリス様。オリヴェル様と私と子ども達、五人一緒に寝られる部屋はありますか?」
「それは、心配要らない。こっちだ」
そう言って、眠そうに目を擦るフレヤを抱き上げたクリスが歩き出す後ろを、眠ってしまったマーユを抱っこしたデシレア、エディを抱っこしたオリヴェルのふたりが続く。
「ここなら、問題ないだろう」
そう言ってクリスが案内した部屋には、大きなベッドが五つあって、部屋の広さも充分と見えた。
「デシレアが着替え終わる頃、寝に来る。先に、ベッドに入っていていい」
「分かりました」
オリヴェルに言われ、デシレアは置かれていた衝立の蔭で寝間着に着替えると、丁寧に髪を梳かしてから、子ども達の様子を見に行く。
「でしれあ」
マーユも、そしてフレヤも既にすやすやと寝入っていたが、エディは、デシレアが近づくとぱっちりと目を開けた。
「どうしたの?エディ」
「あしたは、ちちうえとははうえにあえますか?」
その目にある不安。
それを少しでも解消できればと、デシレアは言葉を選んで穏やかに告げる。
「明日は、難しいかもしれないわ。でも、クリス様達が頑張ってくださっているから、絶対お家に帰れるからね」
「でしれあと、おりべるさまは、いてくれますか?」
「ええ。一緒に居るわよ」
それは大丈夫、とデシレアが即答すれば、エディは少し安心したように口元を緩める。
「さ、おやすみなさい。目を閉じて、ゆっくり呼吸をして」
エディの手を握り、デシレアはその襟元をぽんぽんと優しく叩く。
「おやすみ・・なさい」
ことりと寝入ったエディの頭を撫で、もう一度マーユとフレヤの布団を直してから、デシレアは自分もベッドへ入った。
「オリヴェル様、もういいですよ、なんて。かくれんぼ・・・みた・・い・・ねむい・・けど・・オリヴェル様・・待って・・・」
未だオリヴェル様におやすみなさいを言っていない、と思いながら、デシレアはそのまま夢の世界へと旅立って行った。
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