三十九、推しと別荘へ・・・の途中で巻き込まれ。 2







「はあ。自覚無しですか。部外者以外の何者でもないというのに。ああ、邪魔者と言ったほうが通じますか?今は、エッパお嬢様がメシュヴィツ公子息様とお話しなされているのです。お控えなさい」


 凛と向き直ったデシレアに怯むことなく、侍女は居丈高にそう言い募る。


「お控えなさい、ねえ。貴女、こちらのご令嬢の侍女なのでしょう?」


「そうですが。侍女だからと侮られる筋合いはございません。わたくしも、男爵家の娘なれば」


「その!貴女が心込めてお仕えしている、大切なご令嬢の乗った馬車が脱輪したのですよ?もしかしたら、ご令嬢が怪我をするような事態になっていたかも知れないのです。そう思うと、恐ろしくありませんか?」


 言いかけた言葉をデシレアに遮られ、しかも思ったのと違う方向へ進む話の展開に、侍女が不快に眉を顰めた。


「恐ろしいも何も。そもそも今回、そのような事にはなり得ませんから」


「今回?今回は、何かが特別だったとでも言うのですか?」


「当たり前ではないですか。だって今回のこれ・・・っ」


 不思議そうに問うデシレアを嘲るように言いかけて、侍女は不意に口を噤む。


「貴女方にとって、今回は、色々特別かもしれませんけれど、こちらの街道を管轄している側としては、それでは済みませんのよ」


「管轄?」


「ええ、そうですわ。メシュヴィツ公爵家が整備を担当している、こちらの街道でこのような脱輪事故があった。それは、今回がどうの、という問題ではございませんの。再発防止のためにも、責任をもって聴取、検証し、原因を確認、特定しなければなりません。となれば、この場に居合わせたメシュヴィツ公爵家に連なる者として、わたくしにとっても重大事。決して、他人事ではありませんのよ?」


 部外者などでは有り得ない、と言い切るデシレアに、それでも侍女は蔑む様子を隠しもせずに言葉を紡ぐ。


「貧乏伯爵家の娘が。たかが婚約者の分際で、偉そうに」


 相手を傷つけることを目的とした言葉と瞳。


 しかし侍女の予想に反して、デシレアはその瞳を輝かせた。


「まあ、ご存じですのね!おっしゃる通り、わたくしはメシュヴィツ公子息オリヴェル様の婚約者ですの。恥ずかしながら大変に未熟なのですけれど、お義父様もお義母様も、それからもちろんオリヴェル様も、こんなわたくしを受け入れてくださって、呆れることなく指導してくださいますのよ。本当に感謝ですわ」


「何ですか、わざとらしく。自慢ですか?ああ。その婚約者である期間も短いかも知れないのですから、今のうちに、というさもしい見解ですか。生まれの卑しさが滲み出る言葉ですね」


 そう言って嘲りの笑みを浮かべる侍女に、黙って聞いているオリヴェルの眉がまた一段ぴくりとあがり、デシレアは殊更にっこりと微笑んだ。


「わたくしの生まれは伯爵家で。それなりに歴史もあるので、卑しくは無いと思いますよ?そしてわたくしは、先ほど貴女も言っていた通り、たかがといえどメシュヴィツ公子息オリヴェル様の婚約者です。まあ、貴女の言うところの短期間かもしれない、とも付く立場ですけれど。では、貴女は?」


「私は、由緒ある男爵家の娘にして、スカンツェ子爵令嬢エッパ様の侍女です!」


「そう。よく覚えておくわね。貴女のご実家の男爵家、そして勤め先であるスカンツェ子爵家では、わたくしの扱いはその程度でいいと言われている、と」


 にっこりと微笑んで言うデシレアにオリヴェルが寄り添い、デシレアはそのオリヴェルをおっとりと見上げて、優しく自分を見つめる瞳に頬を染める。


 そこにふたりの深い信頼を見た侍女のみならず、エッパまでもが顔色を悪くした。


 


 おお、これぞ虎の威を借る狐。


 とはいえ、私もかなりの演技力だったのでは!?


 この近距離でオリヴェル様と見つめ合うなど、かなり本気で恥ずかしいですけれども!


 


 そんなふたりを前にデシレアは内心で狼狽えまくるも、風除けとしてはこのまま突き進む所存、とオリヴェルに決意の笑みを向ければ、何故か幼子にするように頭をぽんぽんされる。




 何故?


 ここはこう、頼りになる相棒に、目だけで合図を送り合うところでは?




 疑問に思い、じっとオリヴェルを見つめ返すデシレアの視界の端で、エッパがぐらりと身体を傾けた。


「あっ・・・なんだか・・気持ちが悪く・・・っ・・なっ」


 しかしそのままオリヴェルに凭れかかろうとしたエッパは、デシレアごと身体を大きく引いたオリヴェルの動きに縋る先を失うも、力強く体勢を整え直す。




 おお。


 やっぱり素晴らしい運動神経。




 思うデシレアの横で、オリヴェルが皮肉な笑みを浮かべた。


「体調は、問題無いようだな」


そんなエッパにかけるオリヴェルの声は、冷え冷えと冷たい。


「そ、そんなことありませんわ!頭も痛いし、足も、今ので更に痛くなりました。これ以上、立っていられません・・・」


 瞳を潤ませ、両手を胸の前で組んで訴えるその姿は庇護欲をそそる、ようにデシレアには見えた。




 演技に見えなくもないですけど、こんな姿を見せられたら、オリヴェル様も心痛めて優しい瞳をむけ・・・ていませんね。


 ということは、これも演技確定。


 オリヴェル様を欺くことは出来ませんでしたけど、充分凄いです。


 運動神経の素晴らしさに加えて、演技力まで!




 思っていると、こつんと頭を叩かれた。


「馬車から飛び降りた、と君も言っていただろう?なら、あれも嘘だと分かるだろうに」


「え?はい。足については嘘でしょうけれど、あの仕草とか表情とか、庇護欲をそそると思いまして。可愛らしい方ですから、男の方なら尚のことでは、と」


「俺が、あれに釣られるとでも?」


 わざとらしく不快に目を細めたオリヴェルに、デシレアもお道化て頭を下げる。


「すみません。オリヴェル様は、もっと大物でしたね。なら、私は出来るだけ大きな竿を用意します」


「餌は、君の手料理がいい」


「え?」


 冗談のつもりで言ったデシレアは、存外に真面目な顔で返され、呆けたように目を瞬く。


「オリヴェルさまぁ・・もう限界ですわ・・・」


 その時、ずさっ、とエッパがその場に座り込み、オリヴェルを一心に見上げて来た。


「ご令嬢の護衛は?」


「はっ。ここに」


 思い切りよく座り込んだエッパを驚き見つめるデシレアの隣で、オリヴェルが鋭い声を発すれば、咄嗟に反応した護衛騎士が進み出る。


 


 ああ。


 筋書と違うのでしょうね。


 ご令嬢に睨まれてしまっていますけれども、騎士様としては、あの命令することに慣れたオリヴェル様の口調に反応してしまったのも無理からず。




 いたたまれない様子で立ちすくむ護衛の気持ちも分かる、とデシレアは心のなかでひとり頷く。


「ご令嬢が限界だそうだ。子爵家の馬車まで運んでさしあげろ」


「そんな!お願いです、メシュヴィツ公子息様。そちらの馬車に乗せてください。そして、別荘までご一緒に」


「それが目的で、このような茶番を演じたのだろうが。その話、詳しくは騎士団でするといい」


「な・・にを、おっしゃっているのか」


「分からないか?」


「分かりませんわ・・・ただ、わたくしは脱輪した馬車になど、恐ろしくて乗っていられませんと申し上げたくて」


「脱輪、な。故意に車輪を外しても、手荒くして破損させれば確かに脱輪か」


 修理や解体が目的ではないものな、と低く呟くオリヴェルは、まるで魔王のようだとデシレアは思った。




 いえ、魔王と実際に対峙したのは、オリヴェル様なのですけれど。




 しかし今のオリヴェルは、魔王と称しても遜色ないのではないかと思うほどの威圧を感じる。


「そんな・・・証拠も無いのに」


「走行中に脱輪して、あれほどきれいに馬車を止めることなど不可能だ。しかも、乗車部分には何の損傷も無い」


「・・・・・」


「詐欺罪、そして我が婚約者に対する侮辱罪。覚悟するのだな」


「さ、詐欺など」


「我が公爵家の整備不足と、訴える気だったのでは?」


「違います!わたくしはただ、オリヴェル様と別荘へご一緒したかっただけです!そのために人目に付かないよう脱輪させて、連泊だって出来るように準備して・・・・っ」


 自白させられた、と気づいたエッパが口を噤むも時すでに遅し。


「ああ、騎士団が着いたな。話の続きは、彼等にするといい」


「あ・・・ちが・・・オリヴェルさま」


「名で呼ぶな、咎人が」


 凄みを増した声に、エッパが身体を震わせ竦みあがった。




 ま、魔王の笑み・・・!


 そして、誘導したオリヴェル様の手腕凄し。


 ということは、推しは魔王で策略家ということ?




 思うデシレアの前で、エッパが蹲ってすすり泣く。


 その声をかき消すように、騎士の一団が土埃と共に馬を駆って現れた。



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