二十九、その時、王城では ~オリヴェル編 4~







「メシュヴィツ公爵。ご子息は大変に苦しそうだ。この場は宰相に任せ、別室で休ませてはどうかな?」


 メシュヴィツ公爵子息が薬を盛られた、その事実に騒然とする貴族達を押し退けて現れ声を掛けて来たローン侯爵を、オリヴェルは苦々しい目で見た。




 あの悦に入った顔。


 犯人は、ローン侯爵で間違いない。


 だが、証拠が。


 それに、この違和感は、何だ。




 父公爵が、自分達の部屋へ運ぶので不要だ、と答えるのを聞きながら、オリヴェルはローン侯爵の衣服を見つめる。


「ですが、ご子息は本当に辛そうだ。幸い、我が家は今日、この近くに部屋を借りておりまして」


 弾むような声を懸命に押さえているのだろうが、抑えきれていない。


 そんなローン侯爵の思惑に気づいたのだろう、父公爵がオリヴェルを抱き締める力が強くなった。




 父上・・・。




 子どもの頃はともかく、十を過ぎた頃から父に甘えることをしなくなったオリヴェルは、久しぶりに抱き締められた父の腕のなか、薬によって熱くなる身体を懸命に押さえようとしていて、その存在に気づいた。




 俺のなかの、薬の波動。


 そうか、この方法なら。




 乱れる呼吸を何とか整えながら、オリヴェルは一筋の光を見出す。




 デシレア。


 君のお蔭だ。


 






「うわああ、オリヴェル様すごいです!ということは、オリヴェル様は、魔法薬や魔石で神経衰弱が出来るのですね!」


 それは、オリヴェルがデシレアを魔法薬の保管所へ連れて行った時のこと。


 オリヴェルは棚の前に立つなり並べられた魔法薬を見てため息を吐くと、いつものように調合した者別に並べ替えた。


 オリヴェル以外の者には整然と並んでいると見える魔法薬も、オリヴェルにとっては違う。


 見ただけで魔法薬の調合者が分かってしまうオリヴェルには、色々な魔力が混在して置かれた状態というのは、乱雑に見えて仕方が無い。


 そんなオリヴェルの動きを不思議そうに見ていたデシレアに事の次第を説明したところ、想像以上に喜ばれる結果となった。


「役に立つとも思えない、煩わしいだけのことだがな」


「それでも凄いです!誰の作った物なのか、瞬時に判別できるなんて!」


 目を輝かせるデシレアを、オリヴェルは最後の綱とじっと見つめる。


「俺にははっきり違いが分かるだけなのだが。デシレアにも、分からないか?」


「そんな。凡々平凡一直線の私に、分かるわけないではないですか!特別なオリヴェル様なればこそ、ですよ・・・ああ、でも。ひとりだけ分かるというのも寂しいですよね。私も努力すれば出来るようになるでしょうか」


「別に構わない。気にするな」


 デシレアをここへ連れて来たのは確かに、稀有な才能を示したデシレアなら自分と同じことが出来るのではないか、という希望的観測もあったからなのだが、オリヴェルはデシレアの負担にならないよう、忘れていいと言い放った。


 オリヴェルは、その話はそれで終わったと思っていたのだが、それから少し経った日。


「オリヴェル紅茶で神経衰弱しましょう!もちろん、私も参加します」


 何やら張り切ってお茶の支度をしていると思えば、とオリヴェルが思わずため息を吐きたくなるような提案をされるも、デシレアの目の輝きに嫌とも言えずオリヴェルは黙って席に着いた。


「ああ。これとこれ、それから、これとこれだな」


「ふわあ。オリヴェル様、天才」


「香り。それから色」


「あ」


 紅茶の組み合わせを即座に言い当てたオリヴェルへと、果てない尊敬の瞳を向けるデシレアにオリヴェルが無情な解説をすれば、デシレアがはっとしたようにカップを見た。


「ああ。なるほどです」


「それから、デシレア。君も参加する、という話だったが、どうやるつもりだったのだ?他の種類の紅茶の用意があるなら、俺が出題者となるが?」


「あ」


 何も考えていませんでしたぁ、とテーブルに突っ伏すデシレアを見、今度こそこの話は終わりだと思ったオリヴェルは甘かった。


「紅茶では、色や香りで分かってしまう。では、水なら?」


 ややあって復活したデシレアは、何も諦めていなかった。


「水なら、紅茶より格段に難しくなるだろう・・・と、デシレア。このようなことに、何の意味が?」


「もちろん!ある才能は極める!そして、無い才能を何とか引き出すため、です」


 デシレアの勢いに流されないよう、このように無意味な事はお終いにしよう、と言うつもりだったオリヴェルは、余りに真剣なデシレアのその言葉にそれ以上何も言えず、結局は成すがままとなってしまう。


「オリヴェル様。魔法薬とか魔石とかの時は、どうやって判断しているのですか?」


「判断も何も、無意識に分かる」


「ふぉぉ。これぞ天才の答え」


「まあ、天賦の才というなら、そうだな。魔力の籠った物限定ではあるが」


「うーん。では、普通の水では、屋敷内のどこで汲んだ水だか分からないってことですよねえ」


「余程の特徴があれば別だが、それはもう普通の判断だろう。紅茶のように」


「ですよね。私だって、味とか匂いなら五感で感じ取れるわけですし・・・あっ、第六感!?オリヴェル様、天才なうえに超能力者!これぞ世紀の大才能!流石はオリヴェル様!」


「おい、帰って来い」


 唐突にひとりはしゃぎ出したデシレアの額をつつき、オリヴェルが彼女を正気付かせると、すぐさまはっとしたように姿勢を正した。


「失礼しました。ですが、どうしましょう?オリヴェル様が、物凄い天才様だということは改めて実感しましたし、魔力のある物は無意識に判別できるという事実も理解したのですが、それでは私にはどうしようも無いので。何とか、どうにかしようのある方法はないですか?」


「どうにかしようのある方法」


「こう、感覚的なものではなく、私のような才能無しにも指針となるような物、何かないですか?」


「そう言われてもな」


 じぃっと期待を込めた目で見られるも、魔力判別を故意にした事のないオリヴェルには答えられない。


「ちょっと瞑想してみるとか」


「ああ・・・いや、君は決して何の才能もないわけでは」


「瞑想は意味がありそうですか!?それなら、私にも頑張れそうなのですが」


「いや、ただ瞑想しても・・と。デシレア。何故、それほど拘る?魔力判別など出来ずとも、何の問題も無いだろう?」


「何故、って。だって、今の状態では私は魔力判別の能力を得ることは出来ません。ですがもしオリヴェル様が、その感覚的な物をもっと客観的な物にしてくだされば、努力のしようはありますから」


 至って真面目に言うデシレアに、オリヴェルは更に首を傾げた。


「その努力は必要か?」


「オリヴェル様と共通の技能!最高ではないですか!」


「そういうものか?」


「そういうものです!」


「では、俺がこれから努力して何等かの方法を編み出し、水も判別できるようになったとしよう。その際の俺の利点は?」


「オリヴェル様の利点」




 ここで『私に教えられることです!』と言わないのが、デシレアの可愛いところだな。


 ・・・・・ん?


 可愛い?




 黙り込んで考えるデシレアを見つめ浮かんだ自分の思考を、オリヴェルはふと振り返る。




 俺は今、デシレアを可愛いと思ったのか。


 ・・・そうか。




 何故かその結論は、すんなりとオリヴェルの中に落とし込まれた。


 契約とはいえ、この先長くを共に過ごす相手なのだから、悪感情を持つよりずっといい、と。


「オリヴェル様の利点は、自分の飲んだ水が何処の物だか分かるようになること?」


 考えた末に出たデシレアの答えに、オリヴェルはくいっと眼鏡の細い縁を持ち上げた。


「奇術師の真似事でもさせるつもりか?しかし、当てた所で、どうやってその真実を周囲全般に伝える?それ以前、そのような行為に何の意味があるというのだ」


 魔力判別でさえ、余計な能力だと思っているオリヴェルが真剣に言えば、デシレアが小さく唸る。


「うう。おっしゃる通りですが、その筋道が立てられれば、オリヴェル様と同じ判別技能を身に付けられる人も・・・ああ、オリヴェル様の利点ではないですね」


「俺の利点でないかどうかはともかく、その理論では、いずれにしても摂った水分が俺の体内にある時しか分からないだろう。短期決戦が必須というわけだ」


「ああ。確かに。特に役には立たなさそうですね。すみません。余計なことを言いました」


 




 ・・・デシレア。


 あの時はすまなかった。


 そして、感謝する。




 デシレアに言われた時には必要無いと言い切ったオリヴェルだが、デシレアの余りにしゅんと落ち込んだ様子に、その後強く言い過ぎたかと反省をした。


 オリヴェルだけが持つ、魔力判別能力。


 その孤独を感じ取ったがゆえにしてくれた提案なのだろうと思えば、デシレアに感謝の念さえ湧く。


《感覚ではなく、意識して》


 それこそ、飲んだ水を体内で探知するようなつもりで追えば、流れを持つ波動を捉えた。


 更に意識して、飲んだ水の残りが入っているコップを見れば、同じ波動を感じる。




 これだ。




 そうして、オリヴェルは新しい判別技能を手に入れた。






 あれを、今こそ。






 未だデシレアには伝えていない、波動を感じるという追跡方法。


 その技能を用いて、オリヴェルは己の体内に取り込んだ物の波動を追う。


 


 これは、酒。


 


 捉えたひとつの波動を追えば、部屋中に同じ波動が見え、オリヴェルはこのやり方に確信を持った。




 そして、これが薬。




 また別の波動を追い、オリヴェルはそれと同じ波動を自分のすぐ近く。


 にやにやとした笑いを堪え切れないローン侯爵の、その袖口に見つけた。




 そうか・・・!


 あの羽根!




 それと同時にローン侯爵に感じた違和の正体も判明し、オリヴェルは心のなかで反撃の狼煙をあげた。



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