第3話 無視なんて出来ない。



詩side




自分の気持ちが大切な人を傷つけてしまうと知ってから、私は夢幻堂に行けないでいた。




どうしようかな……




なんて毎日思い悩みながらも、やっぱりこの気持ちは消せなくて。




そして今日、私は5日ぶりに夢幻堂へ赴いた。




見慣れた商店街へと足を踏み入れたものの、夢幻堂がある場所には見慣れない光景が広がっていた。




シャッターが……閉まっていたのだ。




夢幻堂の定休日は毎週水曜日と日曜日。




そして今日は火曜日なのにも関わらず、シャッターは閉まっている。




休みだということを示す張り紙なども無いし。




どうしたんだろう……?




心配と疑問を胸に夢幻堂の前を行ったり来たりしていると、向こうから高齢女性が歩いてくるのが見えた。




80代前半くらいだろうか。




杖をついていて、なんとも優しそうな雰囲気を纏った人だ。




ここら辺に住んでる人かな。




そう思っていると、その人は私に気がつくなり驚いた顔をして言った。




「あら、新しいお客さん?随分と可愛らしいお嬢さんだこと」




「えっ、あ、こんにちは」




「はいこんにちは」




予想通りの声で、それはとても穏やかだった。




新しいお客さんってことは、夢幻堂を知ってる人……?




「え、っと……」




何を話せばいいのか分からない私に、その人はハッとしたような顔をして。




「ああね、私はここの前の店長でね。お休みの張り紙ないだろうと思って。引退した身だけれど、案の定菖くんに頼まれてやってきたのよ」




「!」




夢幻堂の、前の店長さん……




この人が……




いま改めて思うと、“夢幻堂が良く似合う”人だ。




いや、夢幻堂がこの人に似たのか。




どちらにせよ、この人も菖さんや私同様、本の虫なのだろう。




って、それよりも。




「あの、菖さんに頼まれたって、一体何故……」




「おや、聞いていないの?菖くん、事故にあって今は春井病院に……あらまぁ、若い子は元気ねぇ。気をつけて行ってらっしゃい」








「はっ、はっ……」




気がついた時にはもう、足が勝手に走り出していた。




菖さんが事故?




どうしよう、大きな怪我で、動けなかったら……




どうしよう、どうしよう……っ




先代の人は菖さんに頼まれて張り紙を貼りに来たのだから、連絡が出来るほどには無事だということなのに、焦ってそのことを忘れてしまう。




神様お願いします。




どうか、菖さんを助けて……!




その一心で、私は春井病院へと走った。




春井病院は、夢幻堂から割と近いところにあって、20分ほどで着いた。




菖さん……!




院内に入り、辺りを見渡す。




えっと……とりあえず受付に……っ




と、菖さんの居場所を受付で尋ねようとしたら。




「あれ、詩ちゃん?」




背後から聞こえた、愛しい人の声。




「菖、さ……っ」




元気そうな菖さんの姿に、私は安堵して泣き崩れる。




「えっ、ちょっと、詩ちゃん?どうしたのっ?」




そんな私に菖さんはひどく慌てて。




「あっ、ごめんね、心配かけちゃったね。樹李には伝えたんだけど、詩ちゃんの連絡先分からなくて……ほんと、ごめんね……」




私はつい、菖さんに抱きついてしまう。




「生きててくれて、よかった……っ」




「っ……うん、心配してくれて、ありがとう」




周りから注目を浴びていることなんて全く気にしないまま、私は泣き続けた。




その間、菖さんはずっと私の背中を撫でてくれていて、かけてくれる言葉は何よりも優しさに溢れていた。




心配させてごめんなんて、気にしないでください。




好きな人を心配出来るこの環境は、幸せと隣にあるのだから。




「怪我は幸いこの右腕だけ。だから安心して、ね?」




私を不安にさせないようにいつもの声色で話す菖さんを見て、私は思ってしまう。




やっぱり、この恋を諦められない。




好きになってしまったのだから。




例えこの気持ちが誰かを傷つけるものでも。




無視なんて出来ない、と。




「……菖さんの、ばかっ……」




「うん、詩ちゃん泣かせる俺は大馬鹿者だね」




「っ……もう」




この人は……こんなときでも天然なんだから……!




泣き止んだ後、盛大に泣き顔を晒してしまったことが恥ずかしくて菖さんの顔が見れなくなったのは、言うまでもなく。







4日後の土曜日。




菖さんは利き手の右手が不自由なため、私は午前中から夢幻堂の手伝いに来ていた。




「菖さん、この本は……」




「あっ、それはこっち」




「は〜い」




バイトなどの働いた経験は今まで一度もないけど、本が好きなことと菖さんの指示があるからとても楽しくお仕事が出来る。




それに菖さんとも沢山話せるし……やったっ。




そう内心ワクワクでお仕事をこなしていくこと早2時間。




私は、あることに少し違和感を覚えた。




それは、菖さんが私に向ける眼差しだ。




私の気の所為かもしれない。




でもやっぱり……




先程私に向けられた眼差しが、菖さんが夢幻堂へ向ける眼差しと似ているような気がして。




菖さんは私のことを特別に思っていると、勘違いしてしまいそうになる。




ほんの少しの期待を胸に菖さんを見ると、パチッと目が合って。




「ん?どうしたの?」




ん?って、ん?って!




「あっ、いや、えと……なんだか、菖さんの視線に違和感があるというか、勘違いしそうになると言いますか……」




………って、何正直に言ってるの!?




ど、どうしよう気持ち悪がられたら……




それに今絶対顔赤いし、菖さんの顔見れないよ〜!




何を言われるかと、目は瞑り耳に集中する。




少しの呼吸を置いて、菖さんは言った。




「勘違い、してもいいんじゃない?」




………




「え……え?あれ、今……」




おかしい言葉が、聞こえたような……?




「菖さんなんて……」




「あ、俺この本好きだよ」




聞き返そうとしたけど、菖さんは近くにあった小説を手に取ってページをめくる。




菖さんの天然が発動した可能性もあるけど、耳が少し赤いような。




気のせいかな。




もしかして、話逸らしたのかな……?




これも勘違い?




『勘違い、してもいいんじゃない?』




……あれ、気の所為って、勘違いって、なんだっけ。




その後、夢幻堂に流れる空気は甘ったるくて、菖さんと正しい日本語で話せていたか分からない。




本を手渡す時、菖さんの手が異常に温かくて、心拍数は増すばかり。




………これは、気のせいなの?



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