第9話 まさか深谷だったとは
彼女はこちらをよく知っているそうだが、俺は今のところ全く思い出せていない。
よって、気まずい。
「どうも……」
「佐々木も遅刻?」
「うんまぁ、そうだけど」
「そっかー、佐々木も不良になっちゃったか」
「そんなことは…………お前、
不良。その言葉で完全に思い出した。メイクのせいでわからなかったが、コイツは確実に
確かにメイクで雰囲気は変わってるが、このどこか冷めた雰囲気は彼女で間違いない。
「あたし、そう呼ばれるの好きじゃないって言ったよね」
深谷がぷくっと頬を膨らませる。可愛さはあの時よりも倍増していた。
「え、あ……ごめん」
コイツ……まさか高校生になってまで、変わらずあの呼び方をさせるつもりか!?
「じゃ、ちゃんと呼んで? きずなって」
深谷はそう言うと俺の横に並んだ。シャボンの香りが漂ってくる。
マジか……。
いくら昔呼んでいたとはいえ、女子の名前呼びは超緊張する。だが、じっとこっちを見つめてくるその瞳は俺の拒絶を許してくれそうにない。
だから、ちょっとだけ深谷から視線を逸らして。
「……きずな」
「ん、よろしい」
腕を組んで頷き、大層ご満悦な様子だ。
「あ、そうだ。佐々木って今、時間ある?」
「え、いやないよ……あるわけないじゃん。深……きずなこそ、授業大丈夫なの?」
「うん。あたしは変わらず不良だから」
「そうか……」
この前は公園でサボってるって言ってたっけか。
「……でも」
両手を組み、深谷が真剣な眼差しを向けてきた。
「佐々木が助けてくれる前のあたしとは、違うから」
「……ああ、ならよかった」
中学生の時、きずなは必死に友達に気に入られようともがいていた。だから俺が友達なんていなくてもいいんじゃない? と声をかけたのだ。すると、ぼっちの助言には説得力があったようで、彼女は悩みから解放されたらしかった。
その後少し仲良くなったのだが、クラスが変わったりで気づいたらほとんど話すことは無くなっていた。
それほどに脆い繋がりだった、そう思っていた。でも案外そんなことはなかったのかもしれない。
またこうして会って話しているのだから……って、そんなことより遅刻してしまう。
「じゃあ、また!」
駆け出そうとすると、腕を掴まれた……というか、ほとんど抱きつかれた。よって彼女の胸が俺の腕で押し潰される。
「ちょ……きずな!?」
「……あ、ごめん。なんか、佐々木が行っちゃうって思ったらつい」
「つい、で抱きつかないでくれ……」
中学時代にもこんなことあったような……無かったような。
きずなが唇を尖らせ、長いまつ毛を揺らして大きく目を見開いた。
「ラブコメっぽかったね、今の。あたしは本当にラブコメしてみたいんだけどねー」
「……なんだそれ、それじゃっ」
今度こそ学校へ向かって走り出す。
敷地の外からでもわかる、すでに学校は登校時間の喧騒を終え、H R中の静寂に包まれている。
背後から聞こえてくる呟き。
「……佐々木ってやっぱ鈍感だね」
「え?」
そんな呆れ交じりの呟きが聞こえた気がした。
振り返ると、並木道に彼女の姿は無かった。
***
一限の授業が終わると、
「佐々木、今日なんで遅れたんだよ……リーダーいないと意味ないだろ?」
「ああ、ごめん……」
「まぁ、いいけど」
中村の悪巧みに満ちた瞳で片頬を釣り上げる。
「それより見ろ、これ」
「……ん?」
差し出されたのは……エロ本としか形容のしようがない、エロ本だった。中途半端なやつじゃない、完全にエロに全振りしてるタイプのエロ本。
「これが、何か?」
「なんだと思う? もちろん、ただのエロ本なんかじゃないぜ」
そう言って俺にエロ本を近づけられる。ちょ、近い近いエロいエロい。
「この本はな、さっき廊下でアイツ、
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