第3話 透明な輝きと



心結side




凛律と出会ってから、4回目の土曜日がやってきた8月のある日。




ソフトクリームにゲームセンター、商店街と来て、今日は水族館へ行く約束をしている。




今はもう、凛律はだいぶ瞳の輝きを取り戻している。




でもまだ完全にではないため、今日も俺は、凛律に自由を教える。




そしていつか、満面の笑みを浮かべてくれたらいい。




14時の待ち合わせより今は15分ほど早い時間。




俺は橋の下で、しっかりカメラを持ちながら凛律を待っていた。




その10分後、凛律が慌てながらやってきた。




「はぁっ、ごめん心結、遅れた?」




「ん?いや、まだ5分前」




「あ、よ、よかった……」




そう言って身だしなみを整えている凛律は、どこかいつもより元気がないように見えた。




「よし、じゃあ行こう?」




「ああ」




電車で一駅先まで行くとすぐに見えてくるその水族館は、ここら辺では1番大きい水族館で、クラゲのエリアがとても綺麗なことで有名だ。




俺も凛律もそれを楽しみに電車に乗り込み、あっという間に到着する。




「やっと着いた……」




「はは、お疲れ様」




一駅と言っても、電車なんて乗ったことないであろう凛律にとっては、切符や改札口のことがよく分からず一苦労だったようだ。




でも水族館はもう目の前だ。




「凛律、あの建物が水族館だ」




指さしながら言った俺のその言葉に、凛律は目を輝かせた。




「あれが、水族館……早く行こ、心結」




「そうだな、行こう」




そして俺たちは、水族館館内へと足を踏み入れた。




「あ、私このカクレクマノミっていう子好き、かわいいっ」





カクレクマノミとは、鮮やかなオレンジ色に白色の縞模様が入った水族館ではよく見る魚だ。




凛律はそれを気に入ったらしい。




実は今日会った時から元気がないように見えてたけど、大丈夫そうだな。




そう思っていると、凛律は俺にこんな質問をしてきた。




「ねぇ、心結が1番好きなのはどの魚?」




「好きな魚?」




これといったものはないが、以前写真を撮って綺麗だと思ったのは……




「ウズマキヤッコかな」




「何その魚?」




「えーっと……あ、あれ」




近くの水槽にウズマキヤッコの姿を見つけ、近くまで足を運ぶ。




「え〜これ?私これ好きじゃない……」




大抵の人は、そう言うかもそれない。




ウズマキヤッコの模様は、その名の通り渦を巻いていて、青紫や黒といった色も相まって、毒々しい見た目をしている。




でも、その寒色に身を包んだウズマキヤッコが、俺にはとても綺麗に思えた。




凛律にも、そう思ってもらえたら。




「でも綺麗じゃないか?青紫色が神秘的で……」




皆に嫌われ、孤独な世界を生きているからこその、美しさがある。




すると凛律は、俺の言葉に同意してくれた。




「言われてみれば、確かにそうかも。“青”って、綺麗だよね……」




そうしてしばらくウズマキヤッコを見つめたあと、俺たちはお目当てのクラゲエリアへ向かった。




「わっ、綺麗……」




俺たちは、瞬きも出来ないくらいその綺麗さに見惚れた。




クラゲといっても様々な種類があり、ゆっくり水中を移動する姿には、それぞれ違った良さがあった。




クラゲエリアの中で1番大きな水槽の前にやってきた時、ふと左隣にいる凛律の方へ目を移す。




いつもより輝いて見える大きな瞳と、白いブラウスに水槽の青いライトアップが映っており、その美しさにはため息が出そうなほど。




水族館にいるどの生き物よりも、凛律が綺麗だと思った。




カメラを構えて、写真を一枚撮る。




凛律の横顔と無数のクラゲたちが収められたその一枚は、なんとも幻想的だ。




そして、写真を撮られたことに気づいた凛律が、俺の方を向く。




凛律の瞳を正面から見て、俺は驚いた。




凛律の瞳に、涙が浮かんでいたから。




ここで、元気がなさそうに見えたのは気のせいではなかったと確信する。




瞳がいつもより輝いて見えたのは、泣いていたからだろう。




「凛律、どうした?」




そう尋ねると、凛律は




「心結……私ね、もう心結に会えなくなるかもしれない」




と口にした。




そして泣き出す凛律を落ち着かせるため、俺は凛律を連れて水族館を出た。




「まだ見たかったか?なら勝手に連れ出してごめん。でも、何か話したいことあるんだろ?」




「う、ん……ぐす」




「なら、どこで話す?」




「……橋の下……」




「ん、分かった」




そして俺たちは、待ち合わせから1時間しか経っていないのにも関わらず、電車に乗り橋の下へと逆戻りした。




橋の下へ着くと凛律はだいぶ落ち着いてきたようで、自分から事情を話し始めた。




「……私ね、九条財閥っていう家の一人娘なの」




……え?




九条財閥ってまさか、あの有名な電子機器のメーカーの……?




思ってた以上のお嬢様だな……




驚いている俺に、凛律は更にこんなことを言ってきた。




「親が厳しくて、普段家から出してもらえないの。そんな中あの雨の日は家を出たから、帰ってからすごく怒られた。だから今までの毎週土曜日は、バレないようにこっそり出てきたつもりだったの。でも、先週心結と会って家に帰ったら、お父さんに今までのこと全部知ってるって言われて……それで、留学に行きなさいって……っ」




留学……?




俺と会うのを防ぐためか?




いや、九条の後継者として外国語を学ぶため?




どっちにしろ、凛律は行きたがってないのに、おかしいだろ……っ




凛律の両親に怒りを覚えながら、俺は凛律に尋ねる。




「もう、それは決まったことなのか?」




「……2週間後に、行くことになってるって、お父さんが……っ」




「っ……2週間後?」




あまりにも早すぎる展開に俺は戸惑う。




こうなってしまったのは、全部俺のせいだ。




凛律の事情を考えずに、楽しませたいと、心の底から笑って欲しいと、突っ走ってしまった。




笑顔どころか、泣かせてんじゃねぇかよ、俺……っ




「ごめんね、ごめんね……っ」




自分のせいだと思っているのか、何度も謝る凛律を前に、俺は自分の無力さを痛感することしか出来なかった。



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