第20話 拒絶される想い


 エプジトシス国とハナノミヤ国の国境付近にグラナートはいた。二機のアポストルスを引き連れて。


 両国の都市から離れているだだっ広い平原を進行する彼らを、二国の戦闘機が上空から空爆を仕掛ける。けれど、グラナートに当たることはない。アポストルスが盾になり、あるいは戦闘機が撃ち落とされて。


 陸軍の戦車による砲撃も、グラナートは盾で守っては切り捨てた。景観の良かっただろう緑豊かな平原は、今や戦場と化し、機械の屍が落ちている。


 誰もが敵わないと恐怖を抱く中、グラナートは容赦なく戦車を蹂躙しようとして――白翼のマントに阻まれた。



『こちら、対フィーニスコア機関オリジン。 エプジトシスおよびハナノミヤ国軍は撤退を。これより、オリジンによる戦闘を開始します。至急、撤退を』



 エプジトシス国とハナノミヤ国の軍に通信が入る。支援の必要はありませんという勧告に、両国の指揮官から何か言われているのがアルフィルクには聴こえていた。


 何を言ってるのか難しいことは分からないが、どうやらオリジンだけで敵機を撤退あるいは撃墜できるのかといったことを問われているようだ。


(確かに、各部隊のエクエス機の数は少なく見える、か)


 第一戦隊から第三戦隊を合わせた数十機のエクエス機と、ミソロジア・ザフィーアだけでは少なく見えるかもしれない。


 相手はミソロジア・グラナートと、アポストルス二機。数ならば、こちらが優位だが、性能面で言えば違いなど殆どないと言える。


 両国から見ても自国の最新鋭の兵器を使って劣勢なのだから、ぽっと出の組織の力など信用できない気持ちも分からなくはなかった。


(国としてのプライドなり、利益なりを今、気にしている場合でもねぇだろうが)


 現にオリジンはアポストルスの撃墜および撤退に成功している。その実績を各国が知らないわけがないはずだ。この危機的な状況で情報収集などができていないほうがおかしい。


 オリジンはリュウグウ国と各同盟国によって立ち上げられている。信頼に値しないとは言い切れないはずだ。


 アルフィルクはそういった軍事に関して無知だ。一般人だったのだから当然だろう。そういった難しいことは専門の人間がやればいいと、ザフィーアの操縦に集中する。


 ザフィーアはグラナートを蹴り飛ばして白翼のマントをゆっくりと羽ばたかせる。アルフィルクは足元に居る戦車に乗っている兵士に、聞こえるようにスピーカーを入れた。



「死にたくないなら、早く離れろ。時間は稼いでやる」



 その声は周囲に残っていた二国の兵たちにも聞こえていたようで、続々と後退していく。それを横目にアルフィルクは操縦桿を操作した。


 アルフィルクの指示がザフィーアの活動域を広げる。隼の爪を彷彿とさせる槍でグラナートを狙い、盾で跳ね返されても足蹴りを入れるその速度は早い。


パイロットが神経とはよく言ったもんだ)


 タツノリの言う通り、パイロットはミソロジアの神経なのだろう。いるのといないのとでは、格段に性能が違う。



『第二、第三戦隊は二機のアポストルスへ。第一戦隊はミソロジア・ザフィーアの支援を』



 第二、第三戦隊が二機のアポストルスのほうへと向かうのをアルフィルクは確認してから、グラナートへと視線を戻す。相手は盾を構えながら二つの狼の頭部を模した浮遊物――ウルフヘッドの照準を向けていた。


 三つあったうちの一つは海に落ちたのを、オリジンが回収しているというのをアルフィルクは知っている。


 射出されたレーザーをザフィーアの白翼のマントで跳ね返し、地面を蹴って飛ぶ。くるりと回転しながら蹴り上げれば、グラナートは盾で身を守りながら後ろに下がった。


 第一戦隊のエクエス機たちが援護射撃し、グラナートの行動を制限する。盾を構えながら剣を振われて、ザフィーアは槍で跳ね返した。


 降り注ぐ弾丸をものともせずにグラナートはザフィーアへと距離を詰める。剣と槍が打ち鳴って、二機はぶつかり合う。



『グラナート!』



 ザフィーアが呼びかける、弟よと。一瞬だけ反応を示したが、グラナートは攻撃する手を緩めない。



『ユーストゥス! シリウス!』



 通信が入ってフォルティアの語り掛ける声がした。通信を繋ぐことに成功し、前回と同じように名を呼んでいる。


 ザフィーアとフォルティアの声にグラナートの動きが変わる。頭を抱えたかとおもうと剣をでたらめに振り回した、拒絶するように。


 明らかな変化にアルフィルクはグラナートの様子を観察する。ザフィーアも、フォルティアも彼らに呼びかけるのを止めない。



『ゥオオオオオオオオオオオオ!』



 咆哮。それはグラナートのもののように聞こえた。ぶつりと通信が切れて、剣を構え直し、地面を勢いよく蹴ってザフィーアの懐へと突っ込んでくる。


 アルフィルクは咄嗟に操縦桿を切り返した。素早く後ろに下がるザフィーアの寸でを刃が掠める。その勢いのまま盾で殴りかかるのを、第一戦隊のエクエス機たちが援護射撃し、グラナートの手を止めさせた。


 盾で身を守るグラナートにザフィーアはもう一度、呼びかける。



『グラナート、戻ってくるんだ!』



 その言葉にグラナートはまた挙動をおかしくさせて――上空へと飛び上がる。逃げられる、アルフィルクは追いかけようとザフィーアの白翼のマントを羽ばたかせて――別の存在に気づく。


 ザフィーアの索敵によって視界モニターに【敵捕捉 一機、上空より接近】と表示されているのを見て、上空を探し、捉える。



『上空より新たなアポストルス機! リーダー機です!』



 オペレーターからの通信にアルフィルクは舌打ちをする。グラナートと入れ替わるように一機のアポストルスがザフィーアの前に降り立った。


 見た目はキメラだった。アポストルス自体が何かと何かを合わせたようなものが多いが、目の前にいるはそれ以上だ。


 獅子の顔に猿の胴体は継ぎ接ぎで、馬の脚に大鷲の翼は歪にくっついている。長い蛇の尻尾があるそれは機械的ではあったが、気持ち悪さが勝っていた。


 猿の腕にはこれまた無理矢理にくっつけたと言わんばかりの鉤爪が備えられていて、違和感と不気味さを抱く。


【個体識別 成功

 アポストルス レーヴェシメーレン

 リーダー機を確認 要撃退個体】


 レーヴェシメーレンと識別されたキメラのアポストルスが、ザフィーアの行く手を遮る。グラナートを確認してみれば、もう遥か先へと飛んでいってしまっていた。


 追いかけようにもアポストルスのさらに危険個体であるリーダー機を放置はできない。アルフィルクは小型パネルを操作しながら、相手と動きを見定める。



『第二戦隊 戦況優勢。第三戦隊 戦況拮抗』



 通常個体のアポストルスと戦闘をしている第二、第三戦隊の戦況が送られてくる。第三戦隊の戦況はあまりよくなく、少しの差で劣勢に傾きそうだ。


 アルフィルクは第三戦隊の包囲が無くなり、自由になったアポストルスのことを考えて、第一戦隊隊長エクエス機へと通信を繋ぐ。



『こちら、スーザリオ。どうぞ』


「第一戦隊は第三戦隊へ加勢しにいってくれ」


『おいおい。ザフィーア一機でリーダー機とやり合うってか?』


「第三戦隊が相手にしたアポストルスがこっちに来るほど、面倒なものはないだろうが」



 違うか。アルフィルクの問いにスーザリオは少し間を置いてから、「確かに」と返した。けれど、全機を加勢に回すことには賛成できないようだ。


 そもそも、お前は指揮官ではないだろという突っ込みなど、アルフィルクは聞かない。レーヴェシメーレンが鉤爪を向けて突っ込んできたのだ。



「おっさんに任せるっ」


『おいこら、王子!』



 文句が聞こえてくるがそれに答えている暇はない。アルフィルクは振り下ろされる鉤爪を槍で受け止めた。





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