Episode3. 誰か願う心に違いなどなかった

第16話 ひと時の休息に一つの疑問


 アポストルスは場所を選ばない。巨大空母艦オリジンビリーブによる索敵と、各国との連携によって出現情報を察知しては、出撃をする。その繰り返しに身体が嫌でも慣れてきた。


 母艦へと戻ってきたアルフィルクは、格納庫でメンテナンスを受けているザフィーアの足元に座っている。彼を腰かけにするように。


 吐き気に襲われることはあるけれど、来た当初よりも楽になっていた。胸の気持ち悪さに苛まれていれば、ポラリスが傍らにやってきて背を擦ってくれるのだ。


 そうやってもらえば、不思議と気分が落ち着いてくる。隣に座るポラリスに寄り掛かっても、彼女は何も言わずにそうさせてくれた。


 アルフィルクも何も言わない。気まずさがあるわけではなく、会話をしなくとも落ち着いていられるのだ。


 不思議だとアルフィルクは思ったけれど、その疑問の答えを探そうはしない。今はこのままでいいと。



『二人は部屋に戻らなくていいのか?』


「……別にいいだろうが」



 頭上から降ってくる声にアルフィルクが顔を向ければ、ザフィーアが見下ろしていた。光が灯っている目元をアルフィルクは見つめる。


 ザフィーアは機械生命体であり、自我が存在する。それは知っているが、アルフィルクは彼とあまり会話をしていなかった。


 ただ、最近はポラリスの支えもあってか、落ち着けていることもあり、こうして話すこともできるようになっている。


 壁に設置された機械とプラグで繋がれているザフィーアはメンテナンスが終われば、眠りにつくことが多い。


 機械にも睡眠が必要なのかと聞いたことがあったが、その時は無駄なエネルギーを消費しないためだと返答された。


 傍のモニターで研究員たちが難しいことを話しているのが聞こえる。メンテナンスはまだ終わらないようだ。こういう時、ザフィーアはアルフィルクたちと話をしたがる。


 なんだと思ったがポラリスに「ザフィーアは人間ひとの心を感じ取りたいの」と教えられた。


 ミソロジアは星人ほしびとと共に暮らしていた。この星、アリアに住む同じ感情豊かな存在と心を感じて、共有したいのと。


 アルフィルクはザフィーアのそういった行動を「まぁ、人間じゃないからな」と、自分とは違う存在が気になる感情と似たようなものだと解釈した。



「部屋は落ち着かねぇんだよ」


『此処は落ち着けるということか?』


「……そうだな」


『確かに、誰もいないというのは寂しいかもしれないな』


「お前に寂しいっつー感情はあるのかよ」



 アルフィルクの棘のある言葉に、ザフィーアはふむと考えるように顎に手をやった。別に答えは期待していなかったのだがと、アルフィルクが眺めていれば、『ある』と返される。



『私はグラナートがいなくなって、寂しいと感じた』



 共に戦おうと誓った弟がいなくなり、何かが欠けたようだった。それは寂しいというのではないか、そうザフィーアはアルフィルクを見る。


 それはきっと、寂しいという感情だ。アルフィルクはザフィーアが抱いたそれを否定することはしなかった。


 自我が、心がある。信じられないことではあるが、こうして会話をしてみると、感じることができるのは事実だ。



『此処ならば、私もいる。ポラリスも君の傍にいるからな。寂しくはないはずだ』


「その自信はどこから出てくるんだろうな」


『一人ではないのだから寂しくはないだろう?』



 違うのかとザフィーアは不思議そうだ。それにアルフィルクは、誰かが傍に居ても孤独を感じることはあるだろうと返す。


 自分が此処に居ていいのか、役に立てているのか。そうやって考えて、悩んで。傍に誰かが居ようとも視界に入らないことだってあると。アルフィルクの言葉にザフィーアは首を傾げる。



『アルフィルク。君は今、孤独を感じてはいないはずだ』


「それは……」


『ポラリスが傍に居ることで君のバイタルは安定している』


「勝手に俺のバイタル値を計るな」



 君がそんなことを言うからだろう。ザフィーアは『心配になったから計っただけだ』と真面目に返してきた。


 アルフィルクがはぁと溜息を吐けば、ザフィーアは理解ができないといったふうにまた首を傾げる。ポラリスに『私は何か悪いことをしたのか』と聞いていた。



「ザフィーアは何も悪いことはしていないわ」


『なら、どうしてアルフィルクは溜息を吐くのだ?』


「うーん……気分?」


「お前も分からねぇのに答えてんじゃねぇよ」



 どうして自分がこうやって突っ込み役に回っているのだろうか。アルタイルは疑問を抱くも、考えるのが面倒になってやめた。


 こうやって会話をするのは嫌ではなかったのだ。独りではないと、そう思えて。戦場のことを思い出さなくてすむから。



「今日は元気そうだな、少年」


「コーヒーおじさん」


「姫。その呼び方はやめてくれないか? 四十過ぎのおじさんなのは認めるけどね」



 よっと、第一戦隊長のスーザリオがマグカップを持ってやってくる。彼も暇があればコーヒーなどの飲み物を差し入れしてくれていた。


 スーザリオはエクエス機パイロットたちからも慕われている。面倒見がよくて、暗い顔一つ見せない彼に元気をもらっている人間は多い。


 ほらとコーヒーの入ったマグカップを受け取ってアルフィルクは口をつける。ほんのりとミルクの甘味がする彼の淹れたコーヒーは嫌いじゃなかった。



「ザフィーアと話をしてたのか」


『私のパイロットなのだから、会話をするのは普通だろう?』


「そうだな。パイロットの心配もするってもんだ」


『あぁ。私はポラリスもアルフィルクも心配している』



 フィーニスコアとの戦いに巻き込んでしまったことは許されないかもしれない。それによって、苦痛を感じてしまうことを理解している。だから、心配なのだとザフィーアは言う。その言葉には謝罪の心が籠められていた。


 アルフィルクはザフィーアのそんな感情の表れを感じて抱く。機械生命体とはなんだろうかと。


 フィーニスコアも、ミソロジアも、機械生命体だ。けれど、フィーニスコアに感情はなく、対話はできない。でも、ミソロジアも彼らと同じ機械生命体であることに変わりはない。


 何がどう違うのか、アルフィルクはその疑問を口にすることはしなかった。これが暗い話であることを察して。



「コーヒーおじさんは休まないの?」


「その愛称を変える気がないね、姫。まぁ、いいや。今は休憩中だぞ。ミソロジアのパイロットに差し入れをしにきただけだ」


「休まなくて大丈夫?」


「こうやって会話をすることも休息の一つさ」



 おじさんはじっとしてられないタイプなんでなと、スーザリオは笑う。そうだろうなとアルフィルクは疑わなかった。何せ、彼を見かける度に誰かしらと一緒にいるか、自身のエクエス機の整備をしていたからだ。


 それって休息になるのと言いたげな瞳をポラリスが向けていた。ザフィーアにいたっては『それは休息ではないと思うが?』と口に出している。



「これも休憩さ。姫も少年も、休める時にしっかり休めよ」


「その、少年って呼び方はやめねぇのか」


「そうだな。君はミソロジア・ザフィーアのパイロットだもんな。……ふむ、姫の相方だから、王子か?」



 アルフィルクはなんだそれはと嫌そうに顔を顰める。それを見てスーザリオは「似合っているだろ」と大きく笑った。


 どこがだと突っ込むが、相手は気にもしない。少しはネーミングセンスの無さを自覚しろとアルフィルクは言ってやりたがったが、ザフィーアが『呼びやすいな!』と、スーザリオを援護するものだから、呆れて言葉もでなかった。

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