第12話 救えると、そう信じている


 会議室を出てアルフィルクは通路を歩きながらグラナートというミソロジアと、その調律者たちのことを考えていた。


 フィーニスコアの残忍なまでの破壊思考への嫌悪と理不尽さを抱き、操り人形になっている彼らへの同情心が湧く。


 彼らを救い出さなければならないという重圧にアルフィルクは胸に気持ち悪さが込み上げてくる。救えなかったらどうするのだと、プレッシャーに襲われた。


 はぁと息を吐いてアルフィルクは首を左右に振った。今、考えたってやってみないことには分からない。思考するのを止めて足を止める。


 このままあてがわれた部屋に戻ればいい、眠って身体を休めるのも必要だ。それは分かっていたけれど、寝る気にはなれなかった。


 部屋へと続く通路から格納庫に向かうルートに変えれば、後ろを着いてきていたポラリスが「どうしたの?」と声をかけてくる。



「部屋はあっちだよ?」


「別に俺が何処に行こうと勝手だろうが」


「眠れない?」


「さっき寝てただろうが」



 二時間も寝ていたのだからとアルフィルクが返せば、ポラリスはそれもそうかといったふうに頷いた。けれど、部屋に戻らない理由とは思えなかったようで、「戻らないの?」とまた問う。


 部屋で身体を休めるというのが大事なのは分かるが、なんだかそんな気分にもなれない。この感情を言葉にして説明するのがアルフィルクには面倒になって、「気分転換だよ」と適当に答えた。



「何処に行くの?」


「お前、別についてこなくていいんだぞ」



 クリフトンに世話を任されているからといって四六時中、一緒に居る必要はない。自分の事は自分でできるのだからと。そんなアルフィルクにポラリスは頬に手を当てながら首を傾ける。



「ワタシも気分転換してみたいよ?」


「は?」



 なんだとアルフィルクがポラリスを見遣れば、彼女は「気分転換ってどうやってやるの?」と何処か興味津々であった。


 そもそも、気分転換とはなんだろうか、なんて言うものだからアルフィルクはどう答えればいいのか言葉を悩ませる。


 気分転換なんて人それぞれだろう。音楽を聞いたり、外の空気を吸ったり、気分を変えるためにすることだ。と、言ってみるけれどポラリスは目を瞬かせるだけだ。



「……勝手にしろ」



 もうなんだか説明するのも喋るのも疲れて、アルフィルクはそう返すと格納庫のほうへと歩き出す。少ししてから後ろから足音がして、ポラリスは着いてくることにしたようだ。


 黙って着いてくるポラリスを無視してアルフィルクは歩く。格納庫へと向かったのは何処に行けばいいのか思いつかなかったから。


 変な場所に行って叱られるのは避けたい、なら自分がいても問題ない場所はと考えてザフィーアの傍という結論が出た。


 ザフィーアのパイロットなのだから、彼の元に居ても違和感はない。問題行動をしないかぎりは怒られることはないし、怪しまれることもないのだ。


 この空母に着任してから何度も行き来した道なので迷うことはない。格納庫へと繋がる扉を開ければ、エクエス機が置かれている箇所に数人のパイロットらしき軍人がいた。あとは整備をしている整備員だけで、ザフィーアの傍には誰もいない。


 研究員もデータを取り、整備も終わったからだろう。設置されたモニターは暗い画面で電源が落ちているようだった。


 何に使っているのか知らない機器が静かに動く中、アルフィルクはザフィーアの足元で立ち止まると見上げる。彼の目に当たる箇所に光が宿っていた。



『戻ってきたのか。何かあったか?』


「特にねぇよ」


『ならどうして此処に?』


「……別にいいだろうがよ」



 冷たく返してアルフィルクはザフィーアの足元に座った、彼の足を腰かけにするように。ポラリスも真似るように隣に腰を下ろす。


 黙って格納庫内を見つめる様子にザフィーアは気になったようで、「どうしたのだ?」と声をかけてきた。


 別に何をしていたっていいだろうがとアルフィルクは思ったけれど、相手が機械生命体ということもあって人間の感情を読み取るのが難しいのだろうと自分を納得させる。


 ミソロジアは人間の感情を感じることができるらしいが、読み取って理解するというのは苦手なのではないだろうかと。



『呼び出されていたが大丈夫だったのか?』


「大丈夫よ、ザフィーア」


『そうなのか』


「グラナートのことをアルフィルクに教えていたの」



 グラナートと聞いてザフィーアは一つ間をおいて「そうか」と呟く。何処か寂しげな言い方にアルフィルクが顔を上げれば、彼は遠くを見つめていた。


 それは思い出を巡らせるようでアルフィルクはザフィーアの感情の表れに目を開かせる。


 暫しそうしてからザフィーアは「グラナートは私の兄弟だ」と口を開いた。


 オリジンビリーブから生まれ落ちた同じ母を持つ兄弟だった。彼が攫われてしまう前まで会話をし、共に訓練をしていたというのに。



『グラナートは私の弟だ。彼を救いたい』



 短いとも長いとも言えない年月を共にした、弟と。同じ志を持った彼がフィーニスの操り人形となっていることが許せない。そう言うザフィーアの言葉は力強かった。


 それは怒り、悲しみといった感情に近い。フィーニスの残忍な行動への怒り、離れ離れになったことへの悲しみ、それらが許せないというたった一言に籠められている。


 アルフィルクは人間的な感情に驚いた。何せ、機械生命体に自我があるとはいえ、感情のようなものがあるとは思えなかったのだ。生命体とはいえ、機械じゃないかと。



「救えると思っているのか」



 無意識に口から出た疑問にアルフィルクは黙る。これは自分の不安だった、彼らを救えることができるのかという。



『私は救えると信じている』



 ザフィーアは迷いなく答えた。必ず、弟を救うのだという意思を。真っ直ぐな言葉にアルフィルクは何と返せばいいか分からない。自分はまだ不安を抱いている、救える自信などなかった。


 黙ってザフィーアを見上げていれば、ポラリスが「できると思う」と呟いた。



「ワタシもできると思う」


「……なんでだよ」


「分からない。でも、なんだかできる気がするの」



 なんともふわふわとした返事にアルフィルクは眉を寄せた。そんな不確かなことで救うことができると思えるのかと疑うように。


 けれど、ポラリスは表情を変えることなく、サファイヤのように煌めく瞳を瞬かせていた。


 嘘も、偽りもない眼差し。本心からそう思っているのだろうということは理解できる。眩しいなとアルフィルクは目を細めた、純粋な色をしていたから。



『私も信じている。救うことができると』



 何故、確証もないというにそう言い切れてしまうのか、アルフィルクには理解ができなかった。けれど、それを否定することもできない。彼らの真っ直ぐな意志を感じてしまったから。


 迷いがないのだ、ポラリスにも、ザフィーアにも。それがなんだか羨ましくなった、自分はそうでなくて。黙ってポラリスを見つめていれば、彼女は何を言うでもなく背を擦ってくれた。


 別に今は気持ち悪さもなかたのだが、ポラリスの手は暖かくて、優しい。だから、なんだか落ち着けた。



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