第10話 もう一機のミソロジア


『ザフィーア機パイロット二名、アルフィルクとポラリスは至急、司令部まで来るように』



 日が沈む夕刻、格納庫に放送が響いた。アルフィルクは重たい瞼を上げて数度、瞬きをする。どうやら眠ってしまっていたらしい。


 誰かに支えられている感覚に顔を向ければ、ポラリスが抱きかかえながら肩を優しく叩いてくれていた。それは子供をあやすように眠りにつかせるようで。



「俺はどれだけ眠っていた?」


「二時間くらい」


「その間、ずっとこうしていたのか、お前は」


「うん」



 二時間もずっとこうしてくれていたということにアルフィルクは驚いていた。ポラリスはといえば、そんな様子にどうかしたのかといったふうに小首を傾げている。


 何を考えているのか、分からない。ポラリスの行動にアルフィルクは困惑しながらも、耳に入る放送に身体を立たせる。床に置かれたマグカップを手に取って中に入っているコーヒーを飲みほした。



「呼ばれている」


「うん。何かあったのかもしれない」


「はぁ……」



 また戦場に出されるのか。アルフィルクは行きたくないと思うけれど、いつまでも此処に居ても呼びに来るだけだと知っている。仕方ないとマグカップを傍に設置されていたデスクに置いた。



『呼ばれているぞ、二人とも』


「いきなり、喋んな」



 頭上から降る声にアルフィルクは眉を寄せながら見上げれば、目元に光を宿し機動しているザフィーアと目が合った。


 ザフィーアは何とも嫌そうな反応を気にするでもなく、『急いだほうがいいのではないか』と言う。そんなものは分かっているとアルフィルクが口を尖らせると、不思議そうなといった態度を取られてしまった。



『何故、怒っているのだ?』


「怒ってない」


『そうなのか。ふむ、まだ人間ひとの感情を読み取れていないな』



 アルフィルクの返答にザフィーアは顎に手をやる仕草をみせた。人間のように考える素振りに自我があるというのは本当のようだ。何せ、平然と会話をしてくるのだから。



『早く行かないのか?』


「お前が話かけてきたんだろうが」


『それはすまない』



 良かれと思って声をかけたのだとザフィーアは言って黙った。なんだこいつはとアルフィルクは彼を暫し眺めてから渋々と司令部へと向かう。


 足取りが重いままに格納庫から出て、真っ白な通路を歩けば、ポラリスが「司令部室はこっち」と誘導してくれる。


 入り組んだ通路を通った先に見える扉をポラリスが開ければ、巨大モニターと機材が設置された会議室のような室内が目に留まった。モニターの前には総司令官のクリフトンとフォルティアがいるだけで他に誰もいない。


 任務の時はエクエス部隊の各部隊長もいるのだが、不在ということは別のことで呼び出されたということだろうか。アルフィルクは疑問に思いながらも二人の傍へ近寄った。


 モニターには複数の白翼を羽ばたかせ、文字列の帯を纏う女神の姿をした存在、オリジンビリーブが映し出されている。


 いつ見ても現実味の無い姿だとアルフィルクは思いながら眺めれば、「呼び出してしまってごめんなさいね」とフォルティアから謝罪を受けた。



「要件はなんだよ」


「そう警戒しないで。アナタに説明しなくてはいけない重要なことがあるの」


「重要なこと?」



 重要な事とはなんだろうかとアルフィルクが訝しげに見遣れば、フォルティアは「隠していたわけではないのだけれど」と話す。



「ミソロジアはザフィーア以外にももう一機、存在するの」


「は?」


「けれど、今はフィーニスコアの元にいるわ」



 フォルティアの発言にアルフィルクは困惑した。ザフィーア以外のミソロジアが存在するということもだが、それがフィーニスコアの元にいるという事実に驚く。そんな彼の様子にフォルティアは説明をしましょうと語り始める。



「この星に降り立ったのはわたしとオリジンビリーブ、それからもう一人いたの。彼女の名はユーストゥス、わたしの親友よ」



 ユーストゥスはフォルティアのかけがえのない存在だった。彼女と共にこの星の民たちとフィーニスへ立ち向かうべく動いていた、二度と悲劇を繰り返さないために。


 オリジンビリーブはこの星の民の力を借りて、ミソロジアを産み落とした。それがザフィーアと、もう一機のミソロジア――グラナートだ。順調に整備されて、二機でフィーニスを迎え撃とうとした矢先だった。



「フィーニスコアがこの星に降り立ってすぐのこと、ユーストゥスに異変が起きたの」



 ユーストゥスは自身の意思とは違う衝動が出るようになった。殺人衝動、オリジンビリーブとフォルティアへの。



「ユーストゥスはこの星に降り立つ前、わたしたちが故郷から逃げる時にフィーニスコアに種を植え付けられていた。フィーニスコアがこの地に降り立ったことがトリガーとなって種は芽吹き――開花した」



 ユーストゥスは洗脳汚染された身体でもがきながら、最後の力を使ってフォルティアの元を離れた。自分の手でオリジンビリーブと親友を殺めないようにするために。



「その時にミソロジア――グラナートを彼女に奪われてしまったんだ。パイロットと共に」


「パイロットと共に?」


「あぁ。彼の名はシリウス、エクエス機のパイロットだった」



 クリフトンはそう言ってモニターに画像を映し出す。フォルティアのような幼子と、少年の顔が表示された。


 ユーストゥスはフォルティアと似ていた。毛先がカールした黒と紅のグラデーションの髪によく映える白肌は作り物ようで、ガーネットをそのまま埋め込んだ瞳は鈍く光っている。


 全てを見透かすような眼を持っており、人形ドールのように完成された見た目は人間味を感じない。


 シリウスは少しばかりきつい切れ長の眼が特徴的な少年だった。肩にかかるぐらいの短い白金の髪は猛禽類のような金の瞳と相まって大人びた風貌だ。自分と同年代か、近い年齢ではないだろうかとアルフィルクはシリウスの画像を見た。



「二人はアポストルスと共に破壊行動を行っているが、洗脳されているだけで彼らに罪はない。ミソロジア――グラナートと、ユーストゥス、シリウスは保護対象だ」



 洗脳汚染され、自分の意思などなくフィーニスコアの操り人形となっている彼らに罪はないとオリジンは判断した。罪なき、一機と二人を救助する、これもオリジンに課せられた任務の一つだ。


 クリフトンの言葉にアルフィルクは残酷だと思った。洗脳させて、仲間同士で戦い合わせ、罪もない二人は破壊行動を強いられる。洗脳が解けた時、二人はどう感じるのだろうか。自分たちがしてきた行いを知って。


 洗脳されて、自我がなかったとはいえ、街を破壊し、多くの人々の命を散らせてしまったのだ。その事実に二人は耐えられるというのだろうか。


 異星の民であるユーストゥスのことは分からないが、シリウスはただの人間だ。この星で育った、この星を守るためにエクエス機のパイロットとなった彼はどう感じるか。


 惨い。アルフィルクは自分ならば耐えられる自信がなかった。フィーニスコアの残忍なまでの破壊思考に背筋が凍る。ただただ、惨く残酷だと。



「彼らは保護対象。何としてでも助け出さなければならないわ」


「それは仲間だからなのか」


「そうね。ユーストゥスはわたしの親友だから」



 洗脳されながらも苦しんでいるだろう彼女を助けたい。フォルティアは「ユーストゥスも、彼女に攫われてしまったシリウスも助けなければならない」とモニターを見つめる。


 シリウスはただ、攫われて巻き込まれてしまっただけに過ぎない。彼に罪はないのだから、救わねばならない。現実を知って、壊れる前に。



『我が子を救ってほしい』



 モニターから声がした。ただずっと映し出されていたオリジンビリーブが喋ったのだと、少し間をおいてアルフィルクは気づく。この機械生命体も言葉を発することができるようだ。


 オリジンビリーブは言う、彼らを救うことはできると。それには情報が足らないことを。彼らと戦うことで情報を集めるしかないと話すその姿は何処か悲しげだった。



『仲間だというのに戦わねばならない。なんと、悲しきことか。それを強いることを許してほしい』



 誰かを救うというのは戦うこと以上に難しい。それをオリジンビリーブは理解しているようで、それでも我が子を救ってほしいと願った。それができるのは同じミソロジアであるザフィーアとそのパイロットしかいない。


 簡単に言わないでほしい。アルフィルクはそう思ったけれど、辛さをみせながら頼むオリジンビリーブを見て言葉を飲み込んだ。


 我が子を失った母のような感情は、それでも望みを捨ててはいない姿は人間となんら変わらない。機械生命体とは言うけれど、人間のような自我や心といったものを持ち合わせているように感じてしまったから。



「面倒なことを頼んでいるのは理解しているわ。けれど、グラナートたちがフィーニスコアの元に居てはこの戦いに勝利するのは難しいの」



 洗脳されているとはいえ、調律者とパイロットを乗せたミソロジアは、今のザフィーアと同じ強さを持っている。二機がぶつかり合い、力を消耗しては戦況に影響がでてしまう。



「グラナートたちがこちらに戻ってくれば、戦況は変わるわ」



 ザフィーアと共に戦うミソロジアが増えれば、それだけアポストルスを倒すことができ、フィーニスコアへ負荷をかけることができるはずだとフォルティアは話す。


 理解はできる。それだけの戦力がこちら側に戻ってくれば戦況を変えることができるかもしれないということは。アルフィルクはまたやることが増えたと溜息が零れた。

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