第6話 この記憶に何の意味があるのか


 エクエスが配備されている格納庫の奥にミソロジア専用区域がある。さまざまな機器が配置され、壁から伸びる無数のプラグがザフィーアの身体に繋がれていた。研究員の姿は無く、そこだけは静かで誰もいない。


 アルフィルクは眠るザフィーアの足元に立つと彼を見上げた。目に当たる部分に光はなく、動くことはない。寝ているといった言葉が合うその状態をじっと眺める。


 隼を思わせる風貌の、白と金を基調とした騎士のような出で立ちをした機体。白銀の隼が優雅に降り立ったあの姿をアルフィルクは忘れられなかった。死ぬかもしれないという恐怖の中で見たというのに、綺麗だと見惚れてしまったことを。


 アポストルスとの戦いが脳裏に過る。必死で操縦していた、死にたくはないから。容赦のない攻撃に、理不尽さと恐怖で胃の中はぐちゃぐちゃだった。今だってそうだ。


 自分の弱さへの怒りと、生き残れるかの不安が入り混じって、吐き気がする。胃が気持ち悪い、頭が痛い、震えてしまう。



「おえぇっ」



 嗚咽が零れる。アルフィルクは口元を押さえながらザフィーアから離れて壁に手をついた。胃の中のものがせり上がってくるのを堪えようと瞼を閉じてしゃがみ込む。


 それでも嗚咽が止まることはなく、吐き出されることもなくてそれがまた苦しかった。はぁっと息を吸い込んで胸を押さえていれば、そっと誰かが隣に立った。


 ちらりと見遣ればポラリスが何を言うでもなくしゃがみ込んで背を擦ってくる。表情からは何を考えているのか分からないけれど、サファイヤのような瞳が僅かに揺れていた。


 なんだと問いかけたくとも、吐き気が止まらず言葉にならない。おえっと嘔吐えずくとポラリスは黙ってハンカチを手渡してきた。口元から零れる唾液を拭ってハンカチを添えられて、アルフィルクはそれを受け取る。


 ポラリスは何も言わない。ただ、背を擦ってくれていた。それが何故だか温かく感じて、せり上がってくる吐き気が少しずつ治まっていく。それでもまだ苦しくて、呼吸は荒い。


 アルフィルクは遠い記憶を思い出していた。死に際で蘇った記憶の中で自分は生きる意味を探して、見つからず、死んだ。これが前世の記憶だとするならば、どうしてあの時に蘇ったのだろうか。


 アルフィルクにはこの遠い記憶の意味が理解できなかった。どうして思い出したのかも、それに意味があるのかも。でも、生きる意味がないままに死にたくはなかった。


 ならば、戦って生き抜くしかない。考えつく結論にまた吐きそうになって、アルフィルクは壁を殴った。



「これに何の意味があるって、いうんだよ……」



 この記憶に何の意味があるというのか。生きる意味があったとして、それがどうなるのか。分からない、解らない。それでも、知らぬままに死にたくはなくて、アルフィルクはまた嘔吐えずいた。


 ポラリスは震えるアルフィルクの傍にいた。声をかけることはなく、ただそっと。彼の呟かれる葛藤を耳にしながら優しく背を擦って。


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