星神機ミソロジア

巴 雪夜

戦いのために生まれた少女と生きる意味を探す少年は星を救えるのか

Episode.1 選ばれた少年は遠い記憶の意味を知らない

第1話 死に際で思い出される、記憶


 生きる意味を見出せず、ただ生きているだけの人生に嫌気がさして、少年は死を選んだ。死への恐怖など、生へしがみつく気力などもなく。ただ、この何もない世界から救いを求めるように。


 自分は何故、生きていたのだろうか。死にゆくなか、幼き日の思い出が過る。愛されてなどいなかった、邪魔者でしかなかった。どうしてこの世に自分は生まれてきてしまったのだろう。生きる意味が欲しかった、道標になるような。


 たった、それだけだった。それだけだというのに、神様は与えてはくれなかった。あぁ、もし生まれ変われるならば、そんな道標がほしいと望みながら少年は眠りについた。


   ***


 いつしかの遠い記憶が蘇った――死に際で。目の前に広がる光景をその紫の瞳に映しながらアルフィルクは立っていた。


 烈火のごとく建物が燃え崩れ、溢れる悲鳴。機械と機械がぶつかり合い、弾丸の放たれる音が支配する戦場に、華やかな街の面影などもうない。瓦礫と化した建物の下には無数の屍が埋まっていた。


 何の前触れもなく、この星は襲われた。機械の身体を持つ巨体なロボットのような存在は破壊を尽くす。言葉通じぬ相手に説得など無意味、ただただ蹂躙されるだけだった。


 色鮮やかな機体の人型ロボットが、破壊を尽くす彼らと対峙している。倒しては撃墜されていくのを繰り返している戦況が良いとはとてもじゃないが思えない。


 逃げまどう人々が一人、また一人と消えていく。そんな、戦場にアルフィルクは立ち尽くしていた。


 太陽のような日差しの温かさをもつ金糸の短い髪がくすんで見えるほどに汚れて、紫の瞳に光はなく、固まったように動けない。大人びた少年の顔を歪ませて。


 月明りに照らされて、一機の機体がアルフィルクを見止めていた。赤黒く、ムカデのような多脚をわきわきと動かす。機械的なフォルムの、ロボットと敬称していいのか判断のできない機体は人間的な身体の上半身だけを向けていた。


 手に握られた銃のような武器がアルフィルクを捕らえている。あぁ、自分は死ぬのだなとアルフィルクは悟った。逃げることも、戦う術もないのだから、殺されるしかない。


 蘇った遠い記憶のようにまた死ぬのだ、自分は。神様というのはいないのかもしれない、残酷なことだ。


 ごうごうと呻る炎に、悲鳴が遠くの方から聞こえる。逃げ遅れた人間の死んでいく声が耳に木霊する。自分も彼らと同じように消えていくのか、現実というのは非情なものだ。


 死にたくはない、死にたくは。けれど、抗う術などないのだから受け入れるしかない。


 遠い記憶、こんな死に際で自分は何を思い出しているのだろうかと、アルフィルクは吐き気がした。殺される恐怖、生きる意味を見出せないまま死ぬ悲しみ、理不尽な運命への怒り。胃の中でぐちゃぐちゃに煮詰まったそれらを吐き出したくなるのを堪えて見上げる。


 ぎらりと銃口が輝いて、放たれる。アルフィルクは諦めたように瞼を閉じようとして、目を開かせた。


 それは白銀の隼だった。隼の面影がある風貌の、白と金を基調にした鎧に白き翼のようなマントを身に纏った騎士が降り立つ。巨体な身体であるとは思えぬ優美な姿で現れた、二足歩行する機体は翼のようなマントを盾にしてアルフィルクを守った。


 街を破壊し、殺戮する機械と違っていた。地獄のような惨状に咲く一輪の花を彷彿させる、その機体にアルフィルクは見惚れてしまう。死ぬかもしれない状況であっても、その姿は目を惹いた。



『私に乗れ、少年』



 凛とした低音の声がした。誰の声だとアルフィルクは周囲を見渡すが、人気などない。すると、白銀の隼の顔が向けられた。



『私に乗るのだ、少年』



 機械が喋ったと、アルフィルクは思った。何がと困惑していれば、「乗って」という可憐な声がする。



「早く乗って」



 少女の声だ。控えめで、けれどはっきりと紡がれる言葉にアルフィルクはこの機体に人が乗っているのだと気づく。


 白銀の隼の機体は白い翼を盾にして放たれる弾丸を防ぎながら膝をついた。パシュっと静かに胸のハッチが開閉されて、中から藍墨茶の長い髪を靡かせ少女が顔を覗かせる。


 宝石だった。サファイヤのような輝きを放つ、人離れした瞳がアルフィルクを捉える。白地に黒のラインがあるパイロットスーツに身を包む少女は、アルフィルクの動揺を察してか、「ワタシはいいから、早く乗って」と急かす。


 これに乗れというのか。アルフィルクは迷ったが、相手は待ってくれなかった。わきわきとムカデのような足を動かして接近してくる。迷っている時間などなく、アルフィルクは少女に導かれるままに乗り込んだ。


 見ただけでは分からない機器が配置されているコックピットに座ると、ハッチが閉まりゆっくりと機体が立ち上がった。目の前のモニターには襲い来る敵機の情報が流れている。


【アポストルス・リーダー機――タオゼントリア】


 自分を襲っていた機械はタオゼントリアというらしい。アルフィルクは攻撃を仕掛けてくるタオゼントリアを見つめる。



「操縦桿を握って」



 後部座席から声をかけられてアルフィルクは操縦桿を握る。何をどうすればいのか分からず、モニターと配列された機器を交互に見遣っていれば、どんっと強い衝撃を受けた。


 タオゼントリアはムカデの足をわきわきと動かしながら巨体をぶつけてきたのだ。白銀の隼はよろめくと一歩、下がる。



『こちら、母艦オリジンビリーブ。オペレーターKR、ミソロジア【ザフィーア】にパイロットの搭乗を確認。ポラリス、説明を求む』


「こちら、ポラリス。ザフィーアがパイロットを選別しました」



 何処からか通信が入り、ポラリスと呼ばれた少女が返答している。どうやらこの白銀の隼の機体はザフィーアというらしい。彼女が言うには自分はザフィーアに選ばれたパイロットということのようだと、アルフィルクは理解して、何故と疑問を抱いた。


 自分は何もしていない。ただ、立ち尽くし、死ぬのを待っていたにすぎないのだ。何処をどう見れば、パイロットの適性があるというのか。アルフィルクは信じられなかったが、『少年』と凛とした低音の声に呼ばれた。



『少年よ。今、私は自立して動いているがこれには限度がある。君にも手伝ってもらわねばならない』


「なにを……」


『補助などはポラリスに全て任せるといい。君は操縦桿を握り、モニターを操作すればいい』



 この声がザフィーアのものであるのだとアルフィルクは気づく。機械が、ロボットが喋っているという驚きに声が出なくなるも、『安心しろ、操作は難しくはない』と指示されて、はっと我に返った。


 アルフィルクは操縦桿を握り、モニターに目を向ける。敵機であるタオゼントリアの情報が端に表示されていた。操縦桿の傍に小型モニターが設置されており、そこにはコマンドのようなものが表示されている。


【起動:自立 損傷度:低 天候適応:良好

 機動稼働率:50% セーフティーモード:起動】


 羅列されている情報の意味がアルフィルクには分からなかったけれど、ザフィーアはまだ損傷しておらず、機動力も残されているのだけは把握できる。この小型モニターで細かい操作ができるようで、アルフィルクはタッチパネルに指を滑らせた。


 アルフィルクがモニターの操作をしている間、ザフィーアはタオゼントリアの攻撃を避けている。放たれる弾丸を白翼のマントで弾き飛ばし、手にしていた隼の爪を彷彿させる槍で薙ぎ払う。


 ザフィーアが自立して動いている間にアルフィルクはモニターから読み取れる情報を頭に叩き込んでいた。


 このミソロジア、ザフィーアという機体は近距離と格闘攻撃が得意だということ。白翼のマントはシールドであり、耐久値はあるもののある程度の攻撃を防ぐことができることを。


 難しい設定などは読み取れないにしろ、攻撃方法や性能などはパイロット経験のないアルフィルクでも理解できた。


 操作はザフィーアの補助があるようで操縦桿を操作するだけで問題がないようだ。アルフィルクは小型モニターから、視界モニターへと目を移し、タオゼントリアの動きを確認する。


 タオゼントリアはその巨体からは想像ができないほどに素早い。ムカデの足をわきわきと動かしながら瓦礫をものともせずに駆ける。


 突進してくるタオゼントリアをザフィーアは避けながら槍を振るう。槍先が左腕を掠るも、傷を負わせるほどにはならない。


 アルフィルクはザフィーアだけの感覚では戦うことができないのだと気づく。震える手に力を籠めて操縦桿を握って、切り替えした。


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