第8話 VS鎧の剣士

 扉の外から感じる魔力からして、魔族であることは間違いない。だが甲冑に身を包んだ姿は人間と同じものだった。


 魔王が人間と酷似した姿をしているように、上級の魔族ほど人間とよく似ている。

 つまり、強敵が待っていると思っていいだろう。


 ならば、


「一気に駆け抜けるぞ!」


 まだ足元のおぼつかないユウを抱え、扉を蹴破り、一気に駆け抜ける。

 相手は甲冑と共に、一振りの剣を持っていた。つまりは扉を出た瞬間に近接攻撃が来ると思い、ユウを抱えて距離を取ろうとしたのだが、


「おそい、な」

「なにっ!?」


 甲冑の中からくぐもった声を発し、扉の前にいた相手は、あっと言う間に駆けだした俺に追いついた。


 魔族如きに俺の考えが読まれていた? それも余程、実戦慣れしていないと「扉の前で出てくるところを待つ」という定石通りの策を捨て、俺が駆け抜けて距離を取るという一手先の行動の上は取れない。


 この甲冑野郎は、二手先を行っているのだ。奴は既に剣を振り上げており、最悪の状況に舌打ちしながら対応する。


「くっ!!」


 とうにか振り下ろされた斬撃を、左腕だけで握るアステリオンで受けた。

 最悪なのは、まさにこの状況だ。右手はユウを抱えているので、両手で握られた一振りを、利き腕でもない左手一本で受けなければならない。


 今にも押し切られそうだが、妙な事に、斬撃は俺の急所を狙うのではなく、右手に抱えたユウを一刀で仕留めるために振られているようだった。


「やっぱり、ここの門番だったってか……!」


 ユウの魔力が解放されてから目覚めたあたり、封印が解けてからすぐに始末するよう眠りにつかされていたのだろう。


 その証拠に甲冑野郎は俺の事など気にも留めず、覗く赤い瞳はユウだけを捉えていた。


「舐めんじゃ……ねぇ!!」


 ユウを抱えたままアステリオンに魔力を込め、即座に詠唱する。


「エンチャント! 【爆裂剣】!!」


 唱えると、アステリオンは一瞬光った後に、刀身から火属性の魔力が籠った爆発を起こす。

 爆風と煙に俺自身も巻き込まれる、所謂”自爆技”だが、爆発の衝撃で俺も甲冑野郎もその場から吹き飛ぶ。

 ユウが悲鳴を上げる中、身を挺して爆発から守りつつ、吹き飛ばされた先でなんとか体勢を立て直す。


「カ、カイム……大丈夫、なの……?」

「っつぅー……正直結構痛いが、これくらいは慣れたもんだ」


 どうにか爆発範囲の操作も間に合ったので、俺への衝撃は最小限に、そして甲冑野郎に最大限に与えてやった。

 今頃、さぞ遠くに吹き飛んでいる……なんて考えは、あっと言う間に覆された。


「そんな、程度で、我が使命を邪魔できると、思ったか」

「なっ!?」


 体勢を立て直し、煙が晴れた刹那、目の前に甲冑野郎は剣を振り上げて立っていた。

 炎属性の爆発も、煙も爆風も物ともせず、コイツは突っ込んできたのだ。


 そして今もまた、右手に抱えたユウへ剣を振り下ろす。これだけやって、未だに俺の事など眼中にないというのか!?


 だが、そんなことは――!


「グアッ……!」

「な、に……?」

「こんだけ捨て身になりゃ、少しは驚いたかよ……!」 

 

 ユウへ覆いかぶさるようにすることで、振り下ろされた斬撃を右肩で受けた。

 本気で殺すつもりで振り下ろしたようだが、この体はアステリオンのお陰で頑強になっている。


 刀身はめり込み、右腕が千切れそうになるが、ユウは無事だ。

 そう、この身を盾にすれば、一撃くらいは耐えられるのだ。


 それくらいの覚悟は、俺にだってある。

 一度救って希望を見せると誓った以上、この場でユウしか眼中にないのは俺だって同じなのだ。


「お陰で片腕使い物にならなくなったがよぉ……この距離なら仕留めるのは簡単だ!」


 左手で握ったアステリオンに渾身の力を込めると、甲冑と甲冑の隙間へと突き刺した。


「きさ……ま……!」

「片腕の代償は、テメェにも支払ってもらうぜ……?」


 アステリオンは確かに甲冑野郎の右肩を突いた。そのまま渾身の力で押し込み、貫通させる。


「返してくれって言っても、遅せぇからな……!」


 貫通したアステリオンに魔力を込め、荒い呼吸でなんとか詠唱する。


「エンチャント、【増長剣】」


 アステリオンの刀身、その両側を広げさせるだけのエンチャントだ。

 本当に単純にアステリオンが横に広がるだけなので、盾代わりに使うくらいのエンチャントだった。

 それでも、今回の場合は致命の一撃となったようだ。


 右肩の内部から刀身が広がったので、当然ながら上にも下にも刃が届き、間接的にも内側から斬ったことになる。


 つまりは貫いている部分も合わせて、右腕を支える物はなくなった。

 

 ボトリ、と音がして、甲冑野郎の右腕が肩から落ちる。ニヤリと微笑むも、それでもひるまない甲冑野郎へ、最後の力で【鉄塊剣】をエンチャントさせた。


「シツコイんだよ!!」


 力任せに硬い甲冑へ叩きつけて吹っ飛ばした。土煙が上がり、やっと動きを止めているようだった。


 肩で息をしながら、フラフラと胸の中のユウへ目をやる。


「大丈夫、か……?」

「そ、それは……!」


 ユウは衝撃を受けた顔からハッとすると、言葉に詰まりながらも、俺に言い返した。


「カイムの方だよ!! み、右手がこのままだと千切れちゃう……! 出血もひどい……」

「流石に、無理しすぎたな……でもせっかく助けてやったのに、すぐ死なせるわけにもいかねぇだろ……?」

「そ、そんなことより、なんとかしなきゃ……!」


 ユウはアタフタとしながら周りを見渡しているが、もう俺の右腕は千切れて落ちる寸前だ。


 こんなんじゃ、剣聖なんて名乗れない。我ながら後先考えない行動に呆れつつ、このまま死ぬのかと、ふと思った。


「……死んだら、あの人に会えねぇな……」


 うわごとのようにつぶやく俺の言葉に、ユウは「あの人?」と反応した。


 俺も俺で意識が遠のいているからか、アステリオンとの出会いを思い出し、これを託してくれた人の事が脳裏によぎる。


「……ニオさん……」


 その名を口にした時、遠のく意識の中、ユウが目を見開いているのが見えた。

 驚いているような……いや、あの顔に見える感情からは、


 なぜか、ドス黒いものを感じた。


「……クソッ」


 しかし、それがなぜかと聞くことはできない。

 それどころか、約束も、誓いも、全ては死によって終る。それだけは分かっていたので、最後には悪態だけ口にして意識を手放した。

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