第17話『神速の【暁煌の英雄】、悩みに悩む』

 散々闊歩した、成長の庭、冒険の象徴――ダンジョン。


 標的に定めるのは、10体の【ショーウルフ】。


「――」


 秋兎あきとは神速で移動し、目にも留まらぬ勢いで全てを討伐しきる。


「まだ」


 次、次と【ショーウルフ】を――いや、視界に入る別種類のモンスターも無差別に際限なく討伐し始める。


「さすがはアキト様。光も風も音も追従を許さないお姿、まさに完璧です」

「アキト様カッコいいー!」

「アキトのあれは、いつ見ても理解が追いつかぬ。ちなみにそろそろセシルなら視認できるようになってるのかの?」

「いいえ、全然。わたくし程度では、アキト様が通った跡さえ認識できていないわ」


 誰もが有無を言わせぬ速度を保ちつつ、三人が会話している短時間で計50体を討伐。


「アキトを攻略しようと範囲魔法を仕掛けてみたが、それすらもぶった斬られたからの」

「ボクも前にお稽古してもらったら、超超超手加減してもらったけど耐えられなかったよ」

「それはそうよ。わたくしも同じ。アキト様の斬撃は、概念や理そのものを無に帰してしまうのだから。攻撃も防御も意味を成さないわ」

「唯一の対抗手段は回避のみ。しかし、あの攻撃を認識して回避するなど到底不可能」

「ええ、だから神でさえも敗北したのだから」

「妾たちも、そろそろ【アキト神】とか【神アキト】と呼んだ方がよさそうじゃの」


 クスクス笑いながら話を楽しんでいると、ちょうどモンスター100体を討伐した秋兎あきとが戻ってきた。


「随分と楽しそうじゃないか。何かいいことでもあったのかい」

「いいえ、アキト様の素晴らしさについて語らせていただいておりました」

「俺の? 別に褒めたたえるようなことは特にないでしょ」

「アキト様、時間に余裕ができたらまた稽古してください!」

「ああいいよ。でも、こっちの世界では暴れすぎるのはよくないからね」

「討伐数なら妾とて負けはせぬが、その速度ではのぉ……」

「そう? フォルだって、集団相手だったら数秒で倒せちゃうでしょ」


 フォルはため息を零す。


 秋兎が言っていることは間違っていない。

 しかし範囲魔法で一気の討伐するのと、単身でかつ魔法も使用せず1分足らずで100体も討伐しているのとでは訳が違う。

 ではフォルにそれができるのか、と言われたら無理だが、秋兎が同じ状況ならと言われたら成し遂げてしまうのだから。


「これからはいかがなさいますか?」

「どうするか。全員が少しだけ動いたと思うけど、さすがに足りないよね」

「ええ、わたくしは不完全燃焼すぎます」

「ボクももっと動きたいです!」

「妾は、別に構わぬ」

「この先に行ったらボス階層なわけだけど。でもここまで来ちゃったし、配信の件をまだ触れていない。だけどこのままここでモンスターを討伐していても、逆に不完全燃焼となってしまう」


 秋兎は、たぶん桜から何かしら言われそうだな、とは思うものの、活気づけてほしいという面についても考慮した結果。


「まあ、ボス討伐だけを配信して帰るか」

「アキト様のご意志のままに」

「ボクも賛成です!」

「妾は観ているだけにしておくかの」

「よしじゃあそれでいこう」


 と、イヤーカフデバイス触れて慣れない操作で配信設定画面を表示。

 しかしふとした疑問が思い浮かんでしまう。


「思ったんだけど、ここまで服装を変え顔を隠して髪色まで変更しているのに、名前がそのままだったら意味ないんじゃ?」

「そ、そんな恐れ多いです。アキト様はアキト様、もうこの際、世界へアキト様の名前を知らしめましょう」

「ボクもセシルの意見に賛成です! 学園でも広めちゃいましょう!」

「はぁ……さすがに2人とも脳筋すぎるじゃろ。アキトは、平和な日常を堪能したく、わざわざ庶民と同じ目線で生活しようとしておるのに逆を行ってどうする。アキトは元々こちらの世界に生を受け、生活しておったのじゃぞ、少しでも尊重してやるのが妾たちにできることじゃろ」


 フォルからの言葉に、セシルとマリーはシュンと肩を落す。


「アキト様、申し訳ございません。わたくしの至らぬところがご不快にさせてしまいましたら本当に申し訳ございません」

「アキト様ごめんなさい。ボク、そこまで考えられてませんでした」

「いやいや、そこまで深く考える必要はないよ」


 秋兎は短剣を納刀して2人の、左手でマリー右手でセシルの肩を優しくポンっと叩いた。


「いろんな経験をしてここに居る通り、もう俺が知っている普通の平和な生活はできない。でもだからこそ、日常の一片でもそれに浸れるならそうしたい、というのは本音だ。だから、配信前に全員の別名を考えよう」

「ご慈悲に感謝致します」

「アキト様、ありがとうございます」

「だが、妾はそもそもアキトに命名してもらったからの。今回もそうしてもらえると助かるのじゃが」

「え!?」

「そうなの?!」

「うむ」


 落ち込んでいた二人は、そんな事実などなかったかのように驚愕を露にしてアキトへキラキラとした目線を送る。


「アキト様、わたくしも同じく! お願いします!」

「ボクも! アキト様、お願いします!」


 これでもないぐらいに前のめりで。


「自分含めて4人分か……」


 秋兎は悩む。

 再びモンスターが近づいてきたら思考を切り替えて討伐しなければならないため、そこまで時間的な猶予があるわけでもない。


 であれば。


「じゃあとりあえず、討伐は動き足りないセシルに任せて階段まで移動しよう」

「お気遣いいただきありがとうございます」


 と、前進する一行。


 秋兎は頭を右に左に動かし、悩みに悩む。

 対する三人は、尊敬し従う主から名前を貰えることに心躍らせている。

 そしてセシルに限っては気合がすぎて、前後左右全てを索敵し、接近してくるモンスター全てを斬って斬って斬りまくっていた。


 安全は完璧に確保されてはいるが、考えた決まることはなく。

 あっという間に階段へ到着してしまった。


「気に入らなかったらごめん。セシルは【リセ】、マリーは【エイラ】、フォルは【ロロ】という感じの活動名でどうだろう」

「滅相もございません! リセ、リセ、リセ……しかと心に刻ませていただきました!」

「アキト様ありがとうございます! ボクはダンジョンでエイラ!」

「妾に関しては毎度のことながら可愛らしい響きじゃのぉ。じゃが、ロロ、ありがたくいただくとするかの」

「それでアキト様は、いかがお呼びすればよろしいのでしょうか」

「悩んだんだけど……まあ、こっちの世界では知らない二つに名を参考にして【アカツキ】にしようかなって」

「【暁煌の英雄】を、ということでしょうか」

「ああ。今の黒いイメージから真逆だし、ちょうどいいかなって」

「かしこまりました、アカツキ様」

「アカツキ様バンザーイ!」

「捻りもなくそのままじゃが、そうじゃの。それが妾たちにとっても一番しっくりくるしの」


 とりあえず決めることは決まり、秋兎は少しだけ解放された気分でスッキリした。


「ここから配信を始める。じゃあ、行こう」

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