第7話『世界を救った英雄VS不良』

 昼休み、事件が起こってしまった。


 裏庭ど真ん中、4人を大量の不良たちに囲まれてしまっている。


「すいません。俺たちはこの学園に来たばかりで、いろいろとわからないんです」

「おうおう、助かるぜ。わざわざそっちから答え合わせをしてくれるとはな」

「いまいち話の流れが理解できません。俺たちでも理解できるよう、詳しく話を聴かせてもらえませんか」


 秋兎あきとは正面にいる、不良集団のリーダーと判断できる大柄な男に対して純粋な疑問をぶつける。


「はぁ? とぼけるつもりか?」

「何度も言いますが、俺たちは状況を理解できていません。ですので、可能でしたら説明していただけると助かります」


 秋兎はできる限り丁寧に接するが、その態度は男たちの感情を逆撫ですることになってしまう。

 しかし、リーダーと思われる男は大きく深呼吸をした。


「ったくよー、つくづく気に食わねえな。午前中、俺の子分を随分と可愛がってくれたらしいじゃねえか」

「――その表現に値する行動をとったつもりはありません。こちらの認識としては、『助けを求めている人に対して手を指し伸ばした』だけです」

「面白いぐらいに話を聴いた通りの人間ってことか。あいつらに聞いたときも、わけのわからない理由をつけられたって話だったしな」


 大柄の男は盛大なため息を吐き出し、眉間に皺を寄せる。


「それで、これだけの人数で俺だけならまだしも、か弱い美少女たちも巻き込むっていうのはどういう領分なんですか?」

「俺たちだって女に手を出したくはねえ。だがな、話を聴いた限りだとそうもいかねえんだ」


 秋兎が話を穏便に済ませるために画策している中、『美少女』という枠に当てはめられた3人は気分が高揚してしまっている。

 セシルは姿勢を正して感情を表情には出していないが、内心でガッツポーズ。

 マリーは何も隠すことをせずへにゃへにゃに表情を緩めている。

 フォルは両手を腰に当てて笑みを浮かべながら鼻を鳴らす。


 秋兎あきとと大柄の男はそれに気づいていないが、周りの男たちはその異様な光景を理解できず、それぞれ仲間同士で目線を合わせている。


「遠回しな話はやめましょう。要件をお願いします」

「話が早くて助かるよ。それじゃあ、これから俺たちのサンドバックになってもらおうか」

「……」

「アキト様、いかがなさいますか」

「お察しの通りで、どうやらこの状況は回避できないらしい」

「アキト様、偶然も偶然。誰も観客がいないよ」

「ならちょうどいいの――」


 フォルは結界を展開し、気配を察知されなくなるだけではなく音を完全に遮断した。


「主様、お試しのお試してしてもよいかの」

「内容を報告してくれ」

「接触した対象の、一時的な記憶を混濁させるものじゃ」

「大丈夫なのかそれ」

「まあ~、たぶん?」

「何をごちゃごちゃと喋ってるんだ」

「これは失礼しました。よろしければ、俺と1対1で戦ってもらうことはできますか?」

「……」


 秋兎からの提案に、大男は目を丸くする。


「お前、正気か?」

「と言いますと?」

「俺とタイマンでやり合おうってのは別に構わないが、女たちの方がやばいことになるだろ。この期に及んで、大切な仲間を見捨てるつもりってか?」

「いえいえ、そんなことはありませんよ。それに、あなたはこの中で1番強いのですよね」

「ああそうだが?」

「ならちょうどいいじゃないですか。男なら、やっぱり1対1の方が燃えるよいうものじゃないですか?」

「――ははっ、気に入った! いけ好かねえやつだが眼だけは良いようだな。よし、じゃあ少しばかり離れたところにでも移動するか」

「それじゃあ、3人もほどほどにね」


 とだけ言い残し、秋兎は大柄の男の後を追って包囲網から出て行く。


 取り残された不良たちは、自分たちを置き去りにとんとん拍子で話が進んでいくものだから動揺の色を隠せない。

 それらの行為は、『この流れすらも当初の予定通り』という流れの確認ではなく、『取り残された俺たちはどうすればいいんだ』、という疑問を抱いているのが自分だけではないことを確認するため。


 しかし、囲まれているはずのセシル・マリー・フォルに関しては呼吸を整えており、動揺していない表情を見せている。

 準備万端であり余裕綽々なその態度は、数で有利をとっているはずの不良たちが不気味がるほど。


「――タイマンというと今から喧嘩をする。と、いう認識で間違っていませんでしたか?」

「そりゃあそうだろ、この期に及んでふざけてんのか」

「いえ、あまりそのように野蛮な言葉には慣れていませんので」

「んだと、この野郎! ――んあ?」


 相手が助走をつけて殴りかかるも、秋兎あきとは半身を傾けて回避。


「いきなり殴りかかってくるなんて、危ないじゃないですか」

「おらあ! ――あれ」

「振り向きながらの裏拳。不意の1撃というわけですね」


 常人であれば、死角からの攻撃が直撃していたかもしれない。

 しかし、秋兎は半歩退いて回避。


「ったくちょこまかと動きやがって! おらあ! ……はぁ?」

「ちなみに、後どれぐらいで気が済みそうですか? どうせ、何かのストレス発散程度で俺たちにちょっかいを出した、というところでしょう?」

「んぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎっぎぃ!!!!」


 煽りに煽られた男は顔が震えるほどはに力を込め、顔が真っ赤に染まる。


「図星でしたか? 仲間想いで、なんて素晴らしい絆で結ばれているんだ。と、最初こそ思っていましたが、所詮はその程度ということですね」

「っらああああああああああああああああああああっ――かはっ……――」

「まあ、こんなところか」


 男が殴りかかっている動作の際中、秋兎は間を詰めてデコピンを男の額へ食らわせた。

 たかだがデコピン1撃、しかし異世界から帰還した秋兎のそのたった1撃は男を気絶させるには十分であった。


 意識が遠のきながら崩れ落ちる男を支え、ゆっくりと地面に置く。


「さて、戻るか」

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