美少女店主はおっさんに戻りたい!~異世界転生の行き先はこちら~
松川あきら
プロローグ
商業区の片隅にある小さな魔法屋。取り扱う商品は、回復の魔結晶や荷物圧縮の袋、登録した場所に荷物を送れる転移陣、その他もろもろ……つまり魔術師じゃなくても扱える、便利な魔法に関するあれこれを売っている。
私はこの店の店主だ。この場所に店を構えてからもう少しで1ヶ月になる。客の入りは今のところ上々。このままなんとか軌道に乗せられればいいけれど。
「回復の魔結晶3つと獣除けの魔結晶2つですね、いつもお買い上げありがとうございます」
どちらも親指の先くらいの小さな魔結晶だ。回復のほうは淡い水色で、獣除けのほうは濃い橙色をしている。それぞれ小さな紙に石の効果を書いて貼り付けてあるので間違えることはないはず。
「ありがとう。ベルちゃん、いつも偉いね。叔父さんはまだ帰ってこないのかい?」
「叔父の帰りはまだわからないんです。でも私も社会勉強になりますから!」
何度か店を訪れてくれている行商人の客にそう笑って見せると、うん偉い偉い、と頷きながら店を出ていった。
「はぁ……」
客は途切れた。
“帰りのわからない叔父”のことを思ってため息をつく。
ちりんちりん、と店の扉に取り付けた鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ!」
半ば反射的に声を上げてから、あらためて入り口に立つ人物に目を向ける。
「なんだ、アロイか」
「そんなにがっかりしなくても。回復の魔結晶の売れ行きがいいって言ってたから追加分の納品にきたんだけど、いらない?」
「あ、いるいる。帳簿に書くから、こっちで一緒にチェックしてくれる?」
店に入ってきたのは、友人のアロイ。明るいブラウンの髪とはしばみ色の瞳で、黙っていれば可愛らしいと評されるような少年だ。丈の長い薄手のコートを着て、体のわりに大きな鞄を肩から掛けている。本来ならまだ中等院に通う年齢だけれど、飛び級をして今は回復魔法系の高等院に通っている。なかなかに成績優秀で、学業の傍らこうやって魔法屋で売る商品を卸してくれる。
「さっき僕が店に入って来る前に、カウンターに突っ伏していたように見えたけど? 開店1ヶ月にしてもう先行きに悩んでるとか?」
「見てたのか……そんなんじゃないよ、売れ行きは上々だよ」
「そうだよね。周りの評判を少し聞いたけど、悪くないようだよ。いわく、品揃えは普通だけど店番が美少女だってね」
大きな鞄から魔結晶を出して数えながらアロイがにやにやと笑う。黙っていさえすればそれなりに上品そうな顔立ちをしているのに、こういう顔をすると途端に台無しだ。
「美少女!!」
「美少女だろう」
そこだけは真顔で肯定されて、シンプルなワンピースとエプロンドレスを“着せられた”自分の姿を見下ろす。華奢な手足、細い腰、小柄なアロイよりもなお小さな体、長い黒髪は濡れたような輝きで……。
「突っ伏してたのはまさに……! まさにその件だよ!」
「“姪っ子に店番させて帰ってこない叔父さん”の件?」
「それ!」
うがー、と言葉にならない声を上げて頭をかきむしる。長い黒髪が指に絡むけれど、癖も無くつややかな髪は、手を離せばするんと元に戻るのがまた憎らしい。
ちりりりん、とまた扉が開く。
「いらっしゃ……なんだよ、セロじゃん……」
入ってきたのは、これも友人のセロだ。アロイの印象が可愛らしいのに比べ、セロの印象はいわゆる優男だ。金髪に緑の瞳で、20代半ば。筋骨隆々ではないが仕事柄それなりに動ける体をしている。
「なんだと言われても。魔獣の素材が欲しいって言ってたじゃん。ケラスールの皮とロウリアの羽根が手に入ったから持ってきたんだけど、いらないなら別の店に売りにいくぜ?」
セロはいわゆる冒険者稼業をしている。何人かで組んで動くことも多いが、弓と妖精魔法を使うので街から近い場所の手頃な依頼なら、ささっと1人で獲物を狩ってくる。ケラスールもロウリアも街から少し離れた森で獲れる魔獣だ。
「いる! 買い取るよ。奥のテーブルに出して」
「聞いてくれよ、セロ。麗しのベルちゃんは僕が入ってきた時も、なんだアロイか、だったよ」
「なんだ、態度の悪い店主がいるな、この店は」
アロイとセロがくすくすと笑いあう。
「アロイが入ってくる少し前に来たお客さんに聞かれたんだよ。叔父さんはまだ帰ってこないのか、ってね」
ああ、と納得したような声でセロが頷く。
「秘密にするからだろ。いっそバラしちまえばいいじゃん。そしてこの店は
「それは僕も思うね。だって、“叔父さん”が帰ってくるあてなんてないだろ」
「だって、それが! 私だからね!! それに君たちと違って厳密には稀人じゃないんだ。変に期待されても困る!」
……こんな予定じゃなかった。
少なくとも1ヶ月前、いそいそと開店準備をしていた頃には、「ベルちゃん偉いね」なんて言われる予定はなかった。30歳を越えたおっさんが1人で店番していたからといって偉くもなんともないからだ。
あの魔法陣が、まさかこんなことになるなんて……。
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