守りたい
口羽龍
1
島田龍典(しまだたつのり)は東京の郊外の住宅街にある交番に勤めている警察官だ。ここに勤続して10年以上になる。近所の人々からはとても頼りにされていて、周りの人からは『おまわりさん』というより『お兄さん』と言われ、親しまれている。そんな龍典は、悪いやつは絶対に許さず、周りとの縁を大切にしている。
龍典には去年まで、妻の浪子(なみこ)と加也子(かやこ)がいた。だが、龍典はあまり2人に愛情を注がずに、孤独を感じていたため、離婚してしまった。最初、龍典は反対したが、結局、仕事をやめられないという考えから離婚に至ってしまった。もっと愛情を注いでいればこんな事にならなかったのに。自分は人々を守れても、家族は守れなかった。そんな無念でいっぱいだ。
ある日、龍典は不審な車が小学生と思われる女の子と話をしているのを見かけた。だが、その男はこの辺りの男ではない。明らかにおかしい。それに、見た目が怖そうだ。
「君、大丈夫かい?」
だが、その男の声は優しそうだ。とても暴力なんてしそうな顔ではない。
「大丈夫」
だが、女の子は大丈夫だという。だが、男はさらおうとしている。まるで女の子はその男を知っているようだ。女の子はその子を連れ去ろうとしているようだ。
「おじちゃん、お母さんの知り合いなんだ。車で送ってやるから」
突然、男は女の子をつかみ、車に乗せようとした。女の子は嫌がっている。
「やめて! 離して!」
それを見て、龍典は走った。これは誘拐だ。早く止めないと。
「こら! 何をしてる!」
龍典はとっさに声を上げた。男はそれに反応した。まさか、近くに警察がいるとは。男は焦っている。気が付くと、男は手を放していた。女の子は龍典のもとに走っていった。警察官のもとに行けばもう大丈夫だ。
「あ、ありがとうございます・・・」
女の子は軽くお辞儀をした。その横を、同僚の安藤が走っていく。その男を捕まえようとしているようだ。ここ最近、誘拐事件が多いが、この男はその犯人だろうか? 絶対に捕まえてやる。
「知らない人にはついていかないようにしようね」
「はーい」
その頃、安藤が男の子を捕まえた。これから務めている交番に連れていくようだ。2人はほっとした。これでここらへんで起こっている誘拐事件が解決するといいな。
「ここ最近、こういう事が多かったけど、これで何とかなるかな?」
女の子は家に帰っていった。早く帰って、母にそのことを報告しないと。龍典はその女の子の後ろ姿を見ていた。これでこの子が幸せに暮らせるといいな。
「さて、戻るか」
龍典は交番に戻っていった。これからも何かがあったら、いつでも相談できるように対策をしておかないと。
龍典は交番で辺りを見張っていた。だが、あまり誰も来ない。だけどそれでいい。ここが平和であるから。
「浪子・・・」
龍典は離婚した浪子の事を思い出した。本当は別れたくなかったのに、仕事に一生懸命すぎて、愛情を与えられなかった。もっと君といたかったのに。
そこに、母と子がやって来た。だが、龍典は気づいていない。
「すいません」
「はい」
龍典は顔を上げた。そこには2人の女がやって来た。母と子のようだ。その子は今さっき龍典に助けられた女の子だ。母もお礼に来るとは。よほど感謝しているんだな。
「わたくし、この近くに住んでおります、村山咲江(むらやまさきえ)と申します。先ほどは娘の光(ひかる)をありがとうございました」
その女は光というのか。いい名前だな。
「いえいえ、誰かを守りたいと思う気持ちが強いんで」
龍典は笑みを浮かべた。感謝してもらって、嬉しいようだ。
「そうなんですか」
「はい」
すると咲江はほっとした。これでここ最近起こっている誘拐事件が解決したようで、嬉しく思っているようだ。
「あの人が捕まってよかったね。これからは安心して帰れるね」
「うん!」
それを聞いて、龍典はハッとなった。咲江はその男を知っているんだろうか?
「その人、知ってるんですか?」
「はい、私の夫だった人でして」
龍典は驚いた。まさか、咲江の元夫だったとは。ひょっとして、光を自分のものにしようと思い、連れ去ったのでは?
「そうなんですか」
「はい、あの人、光を奪い返すために連れ去ろうとしてたの」
そうだったんだ。だが、親権は咲江にあるので、咲江のもとで暮らすのが正しいだろう。
「そうなんですか。でももう大丈夫ですよ」
「肩の力が抜けました。本当にありがとうございます」
咲江はお辞儀をして、交番を去っていった。その後姿を龍典はじっと見ている。
「肩の力が抜けた、か」
龍典は振り向いた。そこには安藤がいる。
「どうしました?」
「かつての夫に追われてたけど、助かったんだって」
安藤も驚いた。まさか、元夫の犯行だったとは。娘に会えない苛立ちから、女の子の誘拐を行っていたのかな?
「そうなんだ。よかったじゃないの」
「うん。警察って、誰かを守るために生きてるんだって」
龍典は警察をしている自分を誇らしげに思っていた。僕らのおかげでこの街は守られている。そう思うと、自分がいる事が誇りに思える。
「そうだよね。今回の件で改めてわかったよ」
と、安藤は龍典の肩を叩いた。
「まぁ、これからも頑張ろう」
「うん」
これで1つ、事件が片付いた。これからも交番の仕事を頑張っていこう。
その日の夜、龍典は今日の仕事を終え、新橋にやって来た。明日は仕事がないので、ゆっくりできる。なので今日は1週間の労をねぎらうために飲んでいこう。
「今日も疲れたなー」
龍典は居酒屋の多い通りを歩いていた。多くのサラリーマンが行きかう。龍典は彼らを見て思った。彼らに家族はいるんだろうか? もしいたら、とてもうらやましいな。自分は1人暮らしで、寂しく東京に住んでいる。
「さて、飲むか」
龍典はとあるやきとんの店にやって来た。その店は少しさびれていて、あんまり人気がない。だが、ここのやきとんはうまくて、よく通っている。
龍典は店に入った。するとすぐに、従業員がやって来た。何人なのかを聞くようだ。
「いらっしゃいませ、1名様ですか?」
「はい」
龍典は首を縦に振った。大体1人で飲むことが多い。だが、その店員はあまりわからないようだ。
「こちらへどうぞ」
龍典はカウンター席に案内された。カウンター席には何人かの男女いる。とある中年男性は、すでに何倍も飲んでいるのか、泥酔している。ほぼ眠っているような表情だ。
龍典がカウンター席に座ると、店員が伝票を出した。注文を聞くようだ。
「いらっしゃいませ、お飲み物は何になさいましょうか?」
「生中とねぎま塩、つくねたれで」
店員は注文を伝票に書いた。オーダーを店の人に伝えるようだ。
「かしこまりました。生一丁、ねぎま塩、つくねたれそれぞれ1本!」
店員は厨房に向かった。これから厨房で仕込みをするようだ。龍典はじっとその様子を見ていた。いつもの週末の光景だ。今日も1週間頑張った。来週も頑張ろう。全く関係ないが、そう思える光景だ。
「はぁ・・・」
龍典はため息をついた。ここ最近続いていた誘拐事件の犯人を捕まえる事ができたからだ。これで周辺の人々が安全に暮らせる。そう思うと、警察をやっていてやりがいを覚える。
「あれっ、おまわりさんじゃない」
その声に反応して、龍典は横を見た。そこには咲江がいる。彼女はすでに何杯も飲んでいて、空のジョッキが何本か置いてある。まさかここで会うとは。なんという偶然だろうか?
「あっ、今さっきの人!」
「まさかここで一緒になるとは」
その女も驚いた。まさか、ここで警官と出会うとは。よくここで飲んでいるのかな? 自分も週末の仕事帰りにここで飲んでいるけど。
「僕もびっくりしたよ」
と、そこに店員がやって来た。店員は生中を持っている。龍典が注文した生中が届いたようだ。
「お待たせしました、生中です」
「ありがとうございます」
店員は龍典の前に生中を置いた。それを見て、咲江は飲みかけのジョッキを持った。乾杯をしようと思っているようだ。
「とりあえず、カンパーイ!」
「カンパーイ!」
2人は乾杯をした。今日の夕方、偶然にも会ったばかりなのに、こんなに意気投合するとは。この警官はなかなかいい人だな。
ふと、龍典は思った。この人は離婚歴があって、シングルマザーなんだな。
「離婚したんですね」
「うん。あの人、浮気癖があるのよね」
咲江は拳を握り締めている。いまだにその男が許せないようだ。確かに、夫の浮気は許せない。自分だけ愛していると思っていたら、他の女を愛していたら、そりゃあ腹が立つ。
「そうなんだ」
「僕は結婚したんだけど、離婚したんだ。で、娘を連れて妻は家を出てしまった」
龍典にはかつて妻と娘がいた。2人は大学を卒業後すぐに結婚した。だが、警察の仕事に龍典は付きっ切りで、全く愛情を注がなかった。やがて妻は浮気を繰り返した。だがある日、それが龍典にばれて、2人はすれ違いを繰り返し、やがて離婚した。そして、龍典は1人になった。
「そうなんだ。私に少し経歴が似てるね」
「そうかなぁ」
咲江は納得した。この人は私に少し似ているな。気が合うかもしれない。もっとこの人と話をしたいな。
そこに別の店員がやって来た。龍典の注文した品を持ってきたようだ。
「お待たせしました、ねぎま塩とつくねたれです」
「ありがとうございます」
店員は注文の品を龍典のテーブルの前に置いた。すぐに龍典は食べ始めた。そんな中、龍典は考えた。あの子、大丈夫だろうか? 何か学校で変な事をされていないだろうか? とても不安だ。
「娘はどう?」
「小学生なんだけど、最近不安なのよね」
だが、咲江は別の事で不安になっているようだ。不安に思っている事があれば、気軽に話してほしいな。そして、気楽になってほしいな。
「どうして? 今日、元夫が捕まったのに」
龍典は驚いた。誘拐事件の犯人が捕まったのに、どうしたんだろう。
「最近、光の様子がおかしいのよ」
「えっ!?」
光には何か別に悩んでいる事があるようだ。小学校での事だろうか?
「絶対にあの人とは別だと思うんだけど」
「小学校で何かがあるんじゃないかな?」
龍典は思った。小学校で何かがあるんじゃないかな? 家では何もないと思われるので。
「そうかもしれないね」
「明日、調べてみるよ」
龍典は、明日調べてみる事にした。明日は休みだから、散歩がてらに見張りをしてみよう。見張りもみんなと交流できて、近所付き合いもよくなるだろう。
「ありがとう」
「なーに、僕はみんなの正義の味方だから」
龍典は笑みを浮かべた。咲江はそんな龍典が頼もしいと思った。前の夫より、この人のほうがいいかもしれない。
「頼もしいわー」
「ありがとう」
と、そこに別の店員がやって来た。咲江の注文した品を持ってきたようだ。
「お待たせしました、ねぎまたれとレバーたれです」
「ありがとうございます」
咲江のテーブルの前に注文の品が置かれた。咲江はレバーたれをほおばった。咲江は少し酔っている。今日のお酒はこれだけにしておこう。
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