巡り巡って3
「うーむ……ちょうど良い依頼もないしこのままなら依頼なしで次の町まで移動しようか」
辺りの土地を治めている領主の名前はブラチアーノ・イクレイという人である。
お呼ばれすることになって町で軽くブラチアーノのことを調べてみたけれど評判は悪くなかった。
名君ではないしろ領地、領民のことをよく考えている良い領主である。
元冒険者として旅をしていた時期もあるようで腕も立ち、顔も比較的美形らしい。
息子が二人と娘が一人いて、特に娘の方は整った顔立ちをしていて近隣領地でも有名な美人であるという話はよく聞こえてきた。
今のところミツナを不快にしそうな人物ではないとエイルは感じている。
良くない噂が聞こえてくるようなら返事が来るまでに断ろうと考えていたが結局招待された日を迎えてしまった。
度々冒険者ギルドに寄って依頼はないかと確認してみたがピッタリな依頼は見つからなかった。
領主との食事を乗り切ったら依頼がなくても次に移動しようと考えていた。
ボムバードの件でお金には余裕ができたので金銭的な問題はない。
「ここがイクレイの家か」
領主といえば自分の権力を誇示するような大きな邸宅に住んでいるものがほとんどである。
イクレイの家もそれなりに大きい。
けれども過度な装飾や目立つ置物なんかはなく、非常に落ち着いた雰囲気がある家だった。
「なんのご用ですか?」
「本日食事に招待されています、エイルとミツナです」
「……お入りください。」
門の前にはしっかりと直立不動で立っている門番がいる。
エイルがタチーノから受け取った招待状を見せると門番は内容を確認して門を開けてくれた。
エイルとミツナはいつもよりも小綺麗な格好をしている。
本当ならもっと礼服やドレスなどで来るべきかもしれないが冒険者がそんなもの持っていたって邪魔になるだけだ。
物々しい装備をしては相手も警戒してしまうので綺麗な服に冒険者らしい剣を一本持っただけの簡素な格好である。
ミツナも小綺麗な格好をしていて腕や足の毛、ミミや尻尾は隠さず堂々としている。
ただ少し緊張はしているのかミミは垂れ気味、尻尾も元気がない。
「ようこそいらっしゃいました。執事長のディルアーと申します。お武器、こちらでお預かりいたします」
「お願いします」
流石に保安上の都合があるので室内にまで武器は持ち込めない。
玄関で警備の兵に武器を預けてディルアーに案内されて部屋に向かう。
「どうも。今回はご依頼を受けてくださってありがとうございました。ブラチアーノ・イクレイです」
「初めまして。ご招待ありがとうございます。エイル・クルイロウです」
「ミ、ミツナです」
ブラチアーノはニコリと笑うとエイルとミツナと握手を交わした。
ミツナが神迷の獣人であることは事前に知っていたようで態度も普通であった。
かつて冒険者であったらしいのでブラチアーノも偏見が少ないのかもしれない。
「こちらが私の娘です」
「イルージュ・イクレイです。よろしくお願いいたします」
ブラチアーノの隣にいた女性が頭を下げた。
娘と紹介された女性の顔を見て噂とは誇張されたものではなかったのだなとエイルは思った。
聞きしに勝る美貌を誇っている。
ブラチアーノは貴族らしく金髪碧眼の見た目をしていて年齢の割に若く見えるような容姿をしているが、イルージュと見比べるとくすんでいるようにすら見えてしまう。
「立ち話もなんです。席についてください」
「それでは失礼します」
ほんの少しのムッとした気持ちを頑張って抑えてミツナはエイルの隣に座った。
「今回ボムバードの羽が欲しいと依頼したのにはワケがあったのです」
料理が運ばれてくるまでまだ少し時間があるとブラチアーノが話し始めた。
「ワケですか?」
理由もなく高い金を出してボムバードを取ってこいなど言うはずもない。
だけどエイルは軽く相槌を入れて話を引き出そうとする。
「イルージュは結婚することになっているのです」
「そうなのですか。それはおめでとうございます」
「結婚するんだ……ん?」
イルージュが結婚する。
それを聞いてミツナはどこかホッとした。
だけどなんでホッとしたのか分からなくて思わず胸に手を当てた。
「ボムバードの羽はこの子が結婚する時の衣装に使う予定だったのです」
だからせっついていたのかとエイルは思った。
ボムバードの羽で作ったドレスなら綺麗だろうことは見なくても分かる。
それがイルージュが着るのなら余計に映えるだろう。
ボムバードの羽がなくてドレスができないからと婚姻の日を延ばすことはできない。
そのために期限もあったのだ。
「必要な最低限集まればよいと思っておりましたがそれを超える量を納品してくださいまして感謝しております」
エイルとミツナに対しても物腰が柔らかい。
見た目だけでなく気質としても優れている人だ。
「仕事でしたので」
「依頼料も増額しましたがお気に召してくださいましたか?」
「もちろんです。しばらく旅が楽になります」
ミツナはエイルがスラスラと返事をすることに感心してしまった。
堂々としながらも丁寧でこうした場にも慣れていそうだった。
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