目的地なき旅の始まり1
「ちょうどいい仕事があったな」
どこへいくと聞かれても目的はない。
とりあえずミッドエルドの活動範囲から離れようとエイルは思っていた。
どうせなら何か仕事でもないかと冒険者ギルドに行ってみると町を離れる商人の護衛依頼が出ていた。
町から移動しながらもお金を稼ぐチャンスであるので仕事を引き受けることに決めた。
「……本当によかったのか?」
「いいに決まってるだろ? 今更返品もできないしな」
エイルとミツナは商人が持っている馬車の空いたスペースに並んで座っている。
ミツナは奴隷だったのでお世辞にも綺麗な服装をしていなかった。
当然のことながら持ち物なんてなく、装備品や服なんてものも持っていない。
だからエイルのお金で装備なども整えた。
服を多少買い増すならともかく装備まで買ってくれたことにミツナは困惑していた。
エイルはいつか返してくれればいいなんて笑って答える。
手や目、シッポまで治してもらったのにこんなことまでしてくれて本当によかったのかと疑問にすら思う。
「確かにミツナは奴隷だったのかもしれない。それに神迷の獣人でもあるかもしれないけど俺は君をそんな扱いするつもりはない」
実は最初からミツナのことは治療したら奴隷から解放するつもりだった。
しかし色々と事件もあったし、エイルが何かしなくともミツナは奴隷から解放された。
奴隷はちゃんと管理がされていて買った以上は責任を持たねばならず、ミツナの場合一年は奴隷から解放できないなんてルールがあったのですぐに解放することはどの道できなかった。
だからミツナが奴隷でなくなってよかったとエイルは思う。
結局ミツナはエイルに忠誠を誓ったので奴隷でなくともついてくることになった。
元々奴隷としての扱いをするつもりなんてないが忠誠まで誓われては余計にそんな扱いできない。
一人で旅をするのも大変だ。
少なくとも一年は共にいることになるのでちゃんとした仲間として扱うつもりだった。
「よう兄ちゃん、あんたら仲間か?」
同じく馬車に乗っていた冒険者がエイルに声をかけてきた。
「ええ……まあ、そうです」
もうパーティー申請もしているし公的にも仲間である。
エイルは堂々とうなずく。
「ふーん……神迷の獣人だが綺麗な顔してるな。兄ちゃんのこれか?」
おっさんの冒険者は親指を中指の真ん中につけて輪っかを作る。
下品なジェスチャーの一つで性的な関係にあるんだろうという意味である。
若い男女がパーティーを組んでいる。
ミツナは神迷の獣人だが顔は綺麗でスタイルもいい。
それに二人の間にはなんとなく微妙な空気感があるとおっさんの冒険者は感じていた。
それがそうした関係に起因するものだと勘違いしてもおかしくはない。
「別にそんなんじゃないですよ」
エイルは困り顔で否定する。
立場的にエイルはミツナにそうした行為を要求することもできるかもしれない。
けれど仲間にそんなことを要求はしない。
「へぇ……」
エイルが普通に答えたので本当なのだろうとおっさんの冒険者は疑ってはいない。
けれど隣に座るミツナは顔を赤くしてうつむいている。
案外そうした関係もミツナの方は嫌だとは思っていなさそうだなとおっさんの冒険者は思った。
「若いねぇ」
エイルとミツナは歳としてもそんなに離れていない。
エイルも整った顔立ちはしているしここまでの感じでは物腰は柔らかくミツナのことを丁寧に扱っている。
乱雑に扱われがちな神迷の獣人ならさらに扱いは良くないはず。
そこを丁寧に扱われれば惚れることもあるだろうなとおっさんの冒険者は一人で納得していた。
何があったのかは知らないけれど普通の奴隷関係ではなさそうなことは間違いないと感じている。
「えっと……」
「カミンだ」
「カミンさんは流しの冒険者ですか?」
冒険者は冒険者というがあちこちを冒険している人の方が少ない。
どこかに拠点を置いてそこを中心として活動をしている。
大体が拠点としている町周辺で、広く活動していても拠点を置いている国の中ぐらいまでしか移動しない。
流しの冒険者とはそうした拠点を置かないで色んなところに行って冒険者として活動する人のことを言う。
今回の商人の護衛はかなり遠くまで行くことになっていた。
拠点を置いて活動している冒険者は長距離移動をする護衛任務は敬遠する傾向にある。
その分割はいいのだが受ける人は広く活動している人やお金が欲しい人、移動を厭わない流しの冒険者などが主になる。
カミンはお金に困っているようには見えない。
荷物は適度な大きさで旅慣れている感じがあってやや浅黒い肌をしていてこの国の人ではなさそうだった。
となると流しの冒険者かなとエイルは考えていた。
「ああ、その通りだ。前に食ったことがある店が美味くてまた食いに来たんだが無くなっててな。食ったのも十年も前のことだからな……お前らも良い店見つけたら無くなる前に行くこったな」
やはりカミンは流しの冒険者だった。
流しの冒険者は色々なところに行くので色々な人に出会う。
そのために偏見が少ないことも多い。
だからミツナに対しても偏見の目を向けていないのであった。
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