あなたに忠誠を3
「……これで自由なのか?」
最後に良い思い出ができたなんて思っているエイルとは違ってミツナはとても暗い顔をしていた。
「私はどうしたら……」
自由になった。
しかし自由になったことをミツナは素直に喜べなかった。
なぜならミツナには何もないからだ。
目も腕もなく、借金はなくなったけれど手持ちのお金もない。
奴隷となったのなら奴隷の主人が奴隷をなんとか食わせていかねばならないので生きていけるだろうなんてミツナはどこかで思っていた。
仕方なく自由にはなったけれど自由になったところでミツナの人生が暗いことに何も変わりがなかった。
むしろ多額の借金を抱えて一生エイルの奴隷だった方が生きていく上ではよかったかもしれないぐらいなのである。
目も腕もなくてこれからどうやって生きていくのかいくら考えても分からない。
エイルと別れれば泊まる部屋すらないのだ。
急に世界に置き去りにされた気分になった。
帰るところもいく当てもない。
冒険者たちが断罪されてもミツナにはそれを喜ぶ余裕すらないのである。
「ミツナ」
「なんだ……」
ぼんやりと立ち尽くすミツナにエイルが声をかけた。
エイルは相変わらず優しい笑顔を浮かべている。
助けてほしいと思ったけれど、せっかく奴隷と買われたのに散々迷惑をかけただけで関係も終わってしまった。
助けてくれなんて口が裂けても言えなかった。
「少しお願いしたいことがあるんだけどいいかな?」
「お願い……? 私にできることなら」
エイルには大きな恩がある。
少しでも今の自分に返せるならなんでもする。
「じゃあ……まずはご飯でもいこうか。少しお腹減ったし、お金もあるしね」
ーーーーー
「とりあえずこっちにきて」
ご飯を食べてゆっくりと家まで戻ってきた。
ベッドに腰かけたエイルが手招きするとミツナはゆっくりとエイルの前まで歩いてくる。
最初の頃の反抗的な態度がウソのようにミツナはしずかになっている。
「大丈夫か?」
「……大丈夫」
明らかに大丈夫な顔をしていない。
少しお高めの店に行ったのにミツナは暗い顔をして遠慮がちに料理を食べていた。
自由になったのに顔が暗い理由もエイルにも分かっていた。
「それよりも痛み無効なんだよね?」
エイルが立ち上がるとミツナは一歩後ろに下がった。
ミツナのことを見透かすような目をしたエイルがなぜそんなことを聞くのか理解できなかった。
痛み無効だからなんだというのだ。
「そうだ」
「ウソじゃないんだね?」
それでも聞かれたので仕方なく答える。
一度治療してもらって分かっているはずだし恩人のエイルに隠す必要はない。
「……私はウソはつかない」
「そうか……もし仮に目や手が戻ってくるならどうする?」
変な質問だとミツナは顔をしかめた。
けれどエイルは笑いもせず真剣な目をミツナに向けていた。
「そんなことあり得ない」
失われた体の一部が戻ってくることなどない。
エイルは真面目に質問していると感じたけれど、あり得ないことを考えても仕方ないとミツナは思った。
「仮にだよ。あり得るとかあり得ないとか考えないで」
「…………もし本当に戻ってくるのなら嬉しい。戻してくれた人には一生を誓ってもいい。だがそんなの不可能だ」
「まあ、そうだよね」
ミツナはなんだこの質問はと思った。
最初は痛み無効ならばと暴力でも振るわれると思っていたのにエイルにはそんな雰囲気もない。
ただエイルはただ笑顔を浮かべていてミツナにその意図が分からない。
「……俺が君の体を治してあげるよ」
ミツナの残されている右目が大きく見開かれた。
「何を……」
「俺はヒーラーだ」
「それは知ってる。でもヒーラーだからって……」
ヒーラーでも失われて時間の経ってしまった体の欠損部位などと治すことはできない。
ミツナの記憶には奴隷商人のところでもかわいそうに、もう無理だなと何度も言われたことが残っている。
「俺は特別なんだ。やってみるか?」
「……本当なんだな?」
今度はミツナの方が後押しするように質問する。
「本当だ。ウソじゃない」
「…………なら、治してほしい」
本当ならとてもありがたいことである
仮にミツナのことを騙してショックを受けさせたいのだとしたらエイルをひどく軽蔑するだけである。
「それじゃあ早速やってみよう」
エイルはミツナの頭に手を乗せた。
痛くならないように優しくポンと乗せたのだけどミツナはビクッと反応した。
エイルは部屋のカーテンを閉める。
「暴力は振るわないから大丈夫。目をつぶって」
ウソじゃないといいなとミツナは思った。
このまま優しい人のままで、ウソもつかない人のままでいてくれたらいいのにと少しだけ思ってしまった。
エイルのことを少し信頼していて、もっと信頼したいと思っている自分がどこかにいる。
「いくよ」
「うっ……」
エイルが治療を始めるとミツナの体が強い光に包まれた。
エイルが自分で頭を治していた時とは比べ物にならないほどの光でカーテンを閉めていなかったら少し騒ぎにでもなっていたかもしれない。
一方でミツナは奇妙な感覚に困惑していた。
無くなったなはずの手がモゾモゾと動いているような感覚、左目もまぶたの中で何かがうごめいているようで気持ち悪さがある
「うぅ……うっ!」
痛み無効のおかげで全く痛くはないのだけど、経験したこともない奇妙な感覚は苦痛にも似た感覚を思い起こさせる。
しばらく奇妙な感覚が続いたが、目を閉じていろと言われたのでミツナは閉じたまま唇を噛んで耐え忍ぶ。
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