過去との決着

「目羅……」


 明智は、その手を掴んだ。しっかりと握られた腕から伝わる信頼に、明智も握り返し、やっと立ち上がる。


「……へっ! だよな、二人ならもっと強い!」

「うん、目羅、アルゴにキタイしてる」

「小生意気なガキ共めがッ!」


 四肢を地面に付け、手砲を向けるヴォルフが吠える。


「たった二人に何が出来る! 理想空想を語るくらいなら、少し現実に目を向けろ!」


 ゴーレムの腕が弾かれるように後方へ飛ぶ、もう射撃か、と焦っていると、目羅が明智の前に立ち、その美しい銀髪を、歌舞伎役者の如く前へ振り向けた。


「何ッ!?」


 石の弾丸は、髪の盾に防がれて、もう一度首を振り回した目羅によって石ころはどこかへ飛んでいった。


「もう、きかない」

「……フッ、ならこれはどうかな?」


 狼姿であるヴォルフがその場に伏せる。いや、というよりも、地面にしがみついてるような格好になった。

 ゴーレムは手砲を構える、その手砲に、脈のような鉄の筋が張り付き、中へ管を伸ばしていった。


「石に金属を纏わせ、空気抵抗を減らす! 威力は段違いだ!」


 金属の血管がどくどくと手砲内部へ金属を供給していく、一段と深くヴォルフが伏せると、たん、と土を前脚で踏むと、ゴーレムの鉄砲は爆発を伴って放たれた。


「魔法使いが鉄砲かよ!」


 余裕そうに笑うヴォルフが何をするのかと期待していたが、よりによって鉄砲というファンタジーからかけ離れた攻撃に明智はつい文句を零した。


「ここの者共が放ってきたのを参考にしたんだ! あの威力だけは賞賛する、だから、オレに使われるのも当たり前だ!」

「どこまでも見下してるな、あの狼教師」

「アルゴ」

「分かってる!」


 後方に明智、前方に目羅。

 その立ち位置に、ヴォルフは笑う。


「ハッ! 結局その化物頼りじゃないか。何が二人でなら、だ。葬ってやる」

「おいおい、そうは言うけどさ、目羅に勝ったこともないアンタに目羅をぶつけるのは当たり前だろ、ゴーレムがいたって目羅に勝てなかったんだからさ」

「……言うなガキ。なら、その自慢の髪を燃やしてくれる!」


 キィッと目が鋭くなった。明智は目羅と背合わせの状態で、腕を擦った。


「目羅、俺達が強い事を証明するぞ」

「うん、分かった」

「くたばれッ! 愚かなゲスト共!」


 ゴーレムの手砲が轟く。

 即席の鉛玉が真っ直ぐ目羅に向かう。

 その玉は、風に飲まれてあらぬ方へ吹き飛び、ヴォルフに向かって激しく渦巻く竜巻が襲った。


「なにィ!?」

「『スイング・ウィンド』護身魔法だ。ヴォルフ先生」


 驚き目を剥く狼と、再生途中だったゴーレムを巻き込み、天高く押し上げて遠心力の餌食になっていた。

 その威力は近くの建物を半壊して、木材をも巻き込む程で、ヴォルフはそれら木材に叩きつけられていた。


「アルシェさん! ナイス!」

「フンッ! いずれは偉大な魔法使いのアタシだ。あんな簡単なジェスチャー、すぐに分かったぞ」

「なにしたの?」

「こうしたんだよ」


 目羅の前で腕を擦ってみせた。

 アルシェの魔法は補助的動作を必要とする。ヴォルフのようにステップを踏むだけと違って発動に時間がかかるものの、逆に、予備動作がそのまま何の魔法を発動しようとしているかすぐに分かる。

 だから、目羅の背後に隠れることで、アルシェに腕を擦って魔法を放てと伝えるのは簡単だった。


「なるほど。アルゴ、つよい」

「運が良かっただけだ。絶対に気付かれる訳にはいかないから、ヴォルフに念押しで挑発したんだから。ていうかアルシェさん。急に前に出てくるなよ。喰らってたら大怪我で済まないぞ」

「アタシだってヴォルフ先生に一泡吹かせたいからな。あの挑発もあったおかげで、最高威力で放てた」


 そう言って腕のミサンガを見せながら、勝ち誇ったように笑うアルシェ。


「み、皆さん、ヴォルフ先生が立ち上がります」


 怯えた声でオリヴィアが皆に注意した。気付くとヴォルフは人間の姿で立ち上がっていた。灰色の法衣はボロボロで、見える範囲での肌も擦り傷だらけだった。

 ただ一つ、殺意のみが狼の時と変わらない。


「……どこまでも人を馬鹿にする! いい加減鬱陶しいんだよガキ共ッ!」

「それはこっちの台詞だ!」

「もういい! ロスト・タブレットはオレだけが成せれば良い。貴様らゲストの存在など知るか!」


 ピアスから銀色の流体がヴォルフの手中に集まる。それは前回目にした剣に代わり、それを構えて走り出した。


「オレを馬鹿にする奴は、どの世界だろうと生かしちゃおけん!」


 目羅が飛び出る、手刀はすぐにヴォルフの剣を捉え、押さえ込んだ。

 空いたもう一方の手刀をヴォルフに向け突き出す時、銀色の流体がどこからか流れてきて、目羅の前方を覆った。


「ッ!」

「喰らえェ!」


 銀色の膜から剣先が突き出た。目羅は反応して避けようとするのだが、至近距離だったから避けきれず、腕を切られてしまう。


「目羅ッ!」

「だいじょうぶ」

「在吾君! 神社が燃えてる!」


 天に昇る火。それが拝殿を中心に建物を舐めずるように火事の範囲を広げていく。

 今すぐ消化を、そう思って消化用のバケツがあった場所を探す。すると、水飲み場から水が勢い良く噴射し、神社の所々に水の跡があった。

 そして見た、灯籠の灯りがある箇所から、蝋が溶け出し火が地面に注ぐ光景を。


「アイツ! 神社全体から金属を持っていったのか!」

「最後だ。こいつさえ倒せば、貴様らなど蟻も当然。今、こいつを倒すことに我が錬金術の全てを持って屠る!」


 金属の流体はどんどん広がっていく。目羅も危険を感じて距離を取り始める。

 あとちょっとなのに、明智は奥歯を噛み締めながら、どんどんと膜が広がっていくのを見ていた。

 そんな明智の肩を叩く。


「在吾君、アタシの作戦に乗ってくれるか?」

「え?」

「アタシの家系魔法は、視認した者を射抜く矢の魔法なんだ。瞬きをすると失敗してしまうから、普段使いがしづらいんだが、矢の魔法なら、一瞬の隙を撃てる」

「でも、見えなきゃなんだろ。あの銀膜のせいで見えない」

「大丈夫。在吾君なら打開できる」

「頼られるのは嬉しいけどさ……」

「ならヒントだ。ヴォルフ先生は金属を棘にしてみせた、だが今回、銀の膜から剣を突き出すだけだった。何故だと思う?」

「それは……」


 考えてみると変な話し。神社から金属をありったけ持ってきたのなら、それを巨大なハンマーにでもして潰しかかればいいんじゃないか。

 鉄砲にしても、鎧にしても、すぐに出来るなら最初からそうすれば良いじゃないか。

 ………………もしかして?


「分かった、気がする」

「任せたぞ。在吾君」


 明智は目羅の横へと駆け寄った。目羅は明智を一瞥すると、気を引き締め直すように手刀を再度構える。


「ヴォルフ! これが最期の喧嘩だ! テメェみたいに自分の身可愛さに人を巻き込んだ極悪人はオレの手で仕留める!」

「ハッ! 所詮周りに頼ってばかりの無力な子供が、私を倒すとほざくか」

「違う。これは、俺の決着なんだよ」


 一歩、歩む。


「迷子になってたのはあんたもだった。過去の因縁に空回りして、大切な友達だとか、叱ってくれる友人とか、そういう大事な存在と巡り合う瞬間も切り捨ててきたんだろう。あんたは可哀想だ。血の呪いで、どれだけ過酷な人生だったのか、俺の頭じゃ想像しきれない。呪いを解いて満足したんなら、良かったって思うよ。でも、それでも俺達を襲うのは違うし、ましてや、そのために他人の人生を巻き込んだことを、良かった、なんて曲ってても思わねぇ。あんたは極悪人なんだよ。血の呪いを解いた今も、あんたは所詮過去の呪いに囚われてるんだよ!」

「黙れッ!」


 銀の膜が大きく波打った。


「知ったふうに言うんじゃない! この血の呪いを解くために、オレは何をしてでも浄化すると誓ったんだ! この血はオレの人生をめちゃくちゃにした。この血さえ継がなければ、オレは、オレはもっと幸せだったんだッ!!」

「だから、それこそ思い上がりなんだよ! そっちの世界じゃ錬金術師は尊敬されるんだろ。教師であるお前の評判を知ってるか? 態度は悪いけど授業は良いって噂だぞ」

「黙れ黙れ黙れッ! 全部は今日、この日のためにあった。そんなもの通過点に過ぎない!」

「だから、通過点でも通ったんだ。周りから錬金術を認められ、怖がられながらも生徒も他の教師も認めてた。あんたは、とっくに血の呪いに打ち勝ってたんだよ。それなのに今、あんたは全て台無しにした。血の呪いに固執した末に、あんたは全部台無しにしたんだ。

 テメェは、極悪人のバカなんだよッ!」

「クソガキィィイ!!」


 膜が大きく波打ち、二つに分かれた。間にいるのは、剣を構えて鼻息荒く、血走った目をしたヴォルフ。


「最期だヴォルフッ!」

「木っ端微塵だ、クソガキッ!」


 明智は走る。全身全霊を込めた拳を引いて、接近する。

 錬金術は高度な技、医者クラスの職位。なら、アルシェの魔法よりは発動条件は厳しいはず。それが集中力に関係しているのなら、すぐに対応して応用するなんて難しいだろう。

 ヴォルフはまだ理性が残っているのか、膜を閉じようとする。だが、本人はそこで止まり、向かってくる明智を切り伏せようと剣を深く構えた。

 両者が最も近く接近した時、二人は吠えた。


「くたばれクソ教師ィ!」

「くたばれクソガキィ!」


 ヴォルフの銀の剣が大きく引かれ、剣先が明智の胸を向いた。

 明智の拳はヴォルフの頬を伸びていたが、それよりも先に到達するのは剣だと誰もが分かる距離だった。

 けれど、運命は変わる。明智の背後から金色の矢が飛んできた。


「ぐわっ!?」

「先生。尊敬してました」


 剣を持つ方の肩を、矢が射抜いた。途端膜が地面に流れ落ち固まる。

 しかし、ヴォルフの目は死んでいなかった。剣は所々溶け出していたが、まだ原型を留めている。


「トドメだッ!」

「させないッ!」


 懐から伸びる剣先を掴む白い手が、それを外へと引っ張りだし、剣先を何も無い所へ向けた。

 この時ヴォルフは剣を掴む手を見た。その手は白い肌とは別に、銀色の糸が巻かれていた。


「今度こそ、終わりだクソ教師ッ!」


 ハッと明智を見たヴォルフの顔面に深く、少年の拳がめり込んだ。

 教師は後方へ吹っ飛び、大の字で倒れ伏せた。


「過去の決着は、着けたぜ!」 


 燃える神社の中、少年は魔法使いを打ち倒した。

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