第二章 過去の遺産。〜オールド・マップ〜
魔導院タロットの生徒
人が集まりざわつき始める。パシャパシャと写真を撮る者も現れた。
女がいるのは大きな液晶のモニター前で、舞台の上で仁王立ちを決めていた。
「魔法使いを助けてくれる輩はいないか!」
腕を組んで自信満々という表情。とても助けを呼ぶ立場が振る舞う姿ではない。
フードコートから出て、何となく世迷に尋ねた。その魔法使いは自信満々な感じで黒っぽいセーラー服に黒いローブを纏った人物か、と。
『そうそう多分それそれ。やっぱり君ちんの運は実力を証明してくれるね♪』
「この世界では不幸の類だと思うんだが……」
何がどうして、面倒そうな自称魔法使いに近付かなければならないのか。廃病院の呪いは病院ごと崩れたのではないのか。嘆きたい気持ちでいっぱいになった。でも、そのままにする訳にもいかないので。
「あのー、助けるか助けないかはともかく、とりあえず話し聞くよ」
それなりに増えた野次馬の中、手を上げ声をかけた。すると野次馬がこっちを見る。
恥ずかしいわ。
「おぉ! 助けてくれるのか! ありがたい」
仰々しく手を広げたと思えば、片膝を着いてお辞儀をしだす。何とも優雅な動作に、野次馬からも感嘆とした声が上がった。
「それは詳しく聞いてからな。まずほら、どっか行こうぜ」
「困り事というのは、この世界に共に来たはずの友達が行方知れずになって……」
「外! 外行こう! 話しはそこで、な!」
「恥を忍んでお願いしたい! アタシの友達を助けて欲しいんだ!」
「わざとか!? わざとだな!! 遠回しに忍んでくださいって言ってる俺に対する皮肉だな!」
一般人を前に迷子だのゲートだの話す訳にはいかないわけで、初対面の相手に失礼と思いつつ、手首を掴んでショッピングモールを出た。
外に出ると、バスやらタクシーやらが止まる停留所、その前にある広場に、何とか自称魔法少女を連れてきた。何とかって部分は、本当に何とかだった。
「助けてくれるのはありがたいが、初対面で人様の手首を掴んで連れて行くのはどうかと思うのだが」
「同じ常識人なら分かるだろう。人の前でゲートやら迷子やら、あんたの世界の話しをする訳にはいかないって」
「ゲート? 迷子というのは渋々認めるが」
栗色の髪を束ねた尻尾のような長髪を、くるり、と弧を描いて回る。
こちらに、キリッとした顔と、ミントのような優しい緑の瞳が向けられた。
「そうだ。自己紹介がまだだったな!」
ローブを仰々しく振り払うと、マントの様にはためき、大人しい青を基調とした、やはり黒っぽく見えるセーラー服と、膝を隠す程のスカート。襟に付いたどこかの校章が姿を現した。
「アタシは魔導院タロットの七年生。クリスタロト・サントール・アルシェ。魔法使いだ!」
腰に両手を当て、アッハッハと笑う。背後に火薬の大爆発が起きてるように見えるのは、この少女の迫力か、それとも連日の疲れが見せる幻か。
「それで用件なのだが、人探しをしている」
「待て、せめて自己紹介をさせてくれ。俺は明智 在吾。こっちは目羅。迷子を帰す手伝いをしてる」
「……」
こくっ、と軽い会釈で銀髪を揺らす。初対面の時は切羽詰まっていたのもあってあまり気にしてなかったが、目羅は、自発的にはあまり喋らない。
とりあえず、挨拶ぐらいは教えないとな。明智は目羅の教育目標を心にメモした。
「つまり人探しのプロというわけだな。心強い!」
「まあ、そう言えるかな?」
「本当に助かった。門を潜ってからは知らない風景ばかりでな。気付いたら友人とはぐれてしまったんだ」
「どこではぐれた? 場所、分かるか?」
ゲートに実体は無い。目に見えない穴という説明は、時間が経つにつれ、しっくりとくる。
明智が遭遇したゲートは二つ。一つは自分自身。タンポポの種子が綿毛の羽で風に乗って運ばれるように、ゲートもまた、近くの人間を己の使者として、異界の門をぶら下げる。本人にその自覚は無いまま。
もう一つは、昨日遭遇したゲート。目に見えないが、使者と違って行き来が出来る。
もし前者の一方通行であるなら、捜索は極めて困難になる。
「アタシがいたのは、見慣れない形式の祭壇がある場所だった」
「祭壇?」
「変わってたぐらいしか思い出せない。あとは石ではなく、恐らく木で作られた門を見たな。石畳があって、木の箱が面白くて。そう、蓋がされているのに開いているんだ。人がそこにコインを投げ入れるんだ、どこかの儀式っぽくて、あれは」
「分かった」
「本当か! 流石人探しのプロだな!」
「というよりクリス……あ、多分名字ってアルシェか? アルシェ……さんのおかげだ」
「そうなのか。アッハッハ、特に何もしてないんだがな」
コインを入れる木の箱。それが賽銭箱だとすぐに分かった。ゲートは神社にあると考えるべきだろう。神社付近ではぐれてどこかに行ってしまった。そういうことになる。
「でもこの付近で神社って言ったら三つあるな」
名前は分からないが、綺麗にされている神社が三つあることを思い出した。どれも賽銭箱がある。祭壇は分からないが。
「とりあえず行ってみるか」
「待って。アルゴ」
服を引っ張られ、明智がそっと立ち止まった。
「? どうした?」
「変。目羅、世迷と話したい」
珍しく目羅が意見を言った。何が変だと言うのだろう。
「変っていうのは?」
「いろいろ」
気付かない? という風に小首を傾げられた。そう言われると、気にならない事もなくはない。
引っ掛かることはあるし、世迷に尋ねたいこともあった。だから、再度スマホを開き、世迷に電話を掛ける。目羅と共に何コールか待った。
しかし、電話には出なかった。
「珍しいな。忙しいのか?」
「それこそ珍しい」
辛辣だった。普段からおチャラけているし、忙しいとは無縁そうではあるけれど。
「出ないものは仕方ない。行こう」
「待って」
また止められる。もしかして、目羅は警戒しているのだろうか。普段から警戒心は強く、特に人目には敏感だった。
もしかしたら、アルシェを警戒してる?
いきなり現れて人探しだ。目羅なりに思うところもあるのだろう。しかし、困っているのは確かだし、それを見過ごすことは出来ない。
明智は、目羅に笑いかけた。
「とりあえず回って、何も出来そうにないなら世迷に丸投げしよう。だから、とりあえず手伝ってくれないか」
「……反省文」
背筋に嫌な汗が伝った。そういえば。
「アルゴ。反省文。やらないとピンチ」
違う? 尋ねるように小首を傾げられた。
違くない。それはピンチだ。
ゆっくり、ゆっくり。アルシェに振り向く。アルシェはぽかんとしている。そりゃそうだ。明智が現在、不良三人をぶっ飛ばしたこと、廃病院に侵入したことを反省文に書けと言われていることを知らないのだから。
明智は覚悟を決めて、吐き出すように言った。
「時間、くれませんか!」
廃病院の呪いは去っていなかった。
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