モブの俺が、個人VTuberとして地味に活動していたらいつのまにか人気になっていた~とある変態リスナー(義妹)が推し(俺)と付き合うまでの話~
わんた@[発売中!]悪徳貴族の生存戦略
第1話 え? いきなり再婚って……。
高校に入って数ヶ月経てば友達グループというのは自然と出来上がっていく。俺がいるクラスも例外じゃなく、既に仲の良い集団がいくつもできていて楽しそうにしている。
そんな教室の中で、俺は友達ができず放課後になるのを待っていた。
別にコミュニケーション能力が低くてボッチになってるんじゃない。中学時代に声が変わっているねと言われてからコンプレックスになって、リアルで話すのが苦手になっただけなんだ。
どうしても話さなければいけない時は意識して声を変えて対処しているけど、喉を痛めてしまうので長くはできない。その結果が、コミュニケーション能力のあるボッチの誕生というわけだ。
授業がすべて終わると高校の教室を飛び出して廊下を急ぎ歩く。学校で一番の美人と呼ばれている、舞衣さんが友達と話している姿が見えた。
「また舞衣は告られたの? 何人目よ!」
「うーん。五人かな?」
「それ全部フッたんでしょ。意味わからない」
通り過ぎる時に聞こえた声だ。さすが学校一の美女。入学してあまり時間経ってないのに告白されまくっている。一ヶ月に何人に告白されたのだろうか。
少しだけ興味を持ったけど、ボッチの俺には関係のない話だ。
早く家に帰りたいので余計なことは考えず、外に出ると駅まで小走りで向かい、電車に乗って家に帰った。
時刻は夕方ぐらい。
母親は俺が生まれたばかりの頃に死別し、父親はナレーターの仕事で夜まで帰ってこない。少なくともあと4時間ぐらいは俺だけの空間だ。
自分の部屋に入るとキーボードを叩いてスリープ状態を解除しながら、スクールバッグを床に置く。制服を脱ぎながらパソコンのパスワードを入力してログインすると、いくつかのアプリを立ち上げる。起動には少し時間がかかるので、その間にジャージへ着替え、椅子に座った。
画面には金髪で赤目のブレザーの制服を着たイラストが表示されている。
俺が顔を傾けると、彼も同じように動く。
友達はいないけど、おしゃべりが大好きな俺が使っているアバターだ。
この体を使って配信をしている。
世間一般的にはVTuberやVライバーと呼ばれていて、今は数万人いるらしい。事務所に入っている人もいるけど、誰かと話したいだけの俺は個人で活動を続けている。
配信でお金を稼ごうなんて思っていない。
俺が素の声で話せる唯一の場所で、リアルの人間関係から離れて気兼ねなく話せればそれで満足なんだ。
いつも通りに準備をして、雑談part56と描いたサムネイルをアップロードすると配信ボタンをクリック。
画面が切り替わってイラストで描いた部屋と金髪の俺が表示された。
同時接続数――リアルタイムで俺の配信を見ている人は0だ。まだ誰も来ていない。スマホからSNSで「配信始めます!」と投稿誌ながら待っていると、0だった数字が1に変わった。
[メメ:今日も銀河聖夜の美声で孕みに来ました!]
変と言われた声をリスナーのみんなは美しいと言ってくれる。それだで心が満たされるように感じた。
漢字四文字の口に出すと恥ずかしい名前はVTuber上の名前だ。メメさんは俺の数少ないリスナーで頻繁にコメントしてくれるありがたい存在なんだけど、ちょっとだけセクハラ発言が多いんだよね。
嫌じゃないんだけど反応に困るときが多い。でも楽しいコメントもいっぱいしてくれるし、俺の地声を美しいと言ってくれて嬉しいので、大切な常連リスナーの一人として交流を続けている。
「メメさんこんにちは。そんなに俺の声いいかな?」
数秒のタイムラグがあった後、新しいコメントが書き込まれる。
[メメ:もちろん! 子宮に響く声は国宝指定されても不思議じゃない! もうすぐ声で妊娠しちゃうかも!? その時はちゃんと認知してね!]
今日もメメさんは絶好調だ。セクハラする中年男性のようなコメントをしてくれた。
女子高生だとは言っていたけど、本当は男なんじゃないかって疑っている。
話に乗っかってしまうと、どんどんそういった話題が広がってしまうので軽く受け流しておこうかな。
「あはは、ありがと」
と返事をしながら、英語の先生に発音を褒められたことや小テストの結果が平均ギリギリだったことなど、主に学校の話題を一方的に話す。もちろん、全部を話しているわけじゃない。身バレに気をつけて個人情報はしっかり隠している……はず。
[キラキラJD:英語の発音がいいの羨ましい!]
[ワカメ:授業という単語が懐かしくて涙でそう]
授業の話題に反応してくれたのは常連の二人だ。メメさんと同じくらいコメントをしてくれる。最近三人はオフ会をしたらしく、そこからさらに仲良くなっているらしい。ネットで知り合った人たちがリアルで会うって凄い話だ。俺はできないからこそ尊敬する。
同時接続数を見ると30となっていて、結構な人が集まっていた。
コメントをしてくれる人は少ないけど、一クラス分が話を聞いてくれると思えば見え方は変わってくる。人気者になった気分になって、色んなことを話しているとあっというまに3時間も経過していた。
そろそろ晩ご飯の準備をしないと。
「今日はこのぐらいで配信終わるね」
チャットには常連の三人が名残惜しいといったコメントを残してくれた。
ここで反応しちゃうと長引いてしまうので無視しておく。
「また次回会いましょう」
配信終了のボタンをクリックしてからパソコンをスリープモードにする。
これで切り忘れ事故にはならないぞ。
部屋を出て冷蔵庫を開けると、残っている肉を焼いて生姜焼きを作りつつ、キャベツの千切り、味噌汁を作っておく。
時刻は20時ぐらいか。タイミングよく父親が帰ってきた。
「ただいま~」
スーツを着たままリビングに入ってくると、いつもは部屋に戻るのに台所にいる俺のところに来た。
何やらいつもと違って真面目な雰囲気を出している。
手を洗ってタオルで拭いてから父親の顔を見た。
「おかえり。何かあったの?」
「おう。再婚することになったぞ!」
ん?? 今なんて言った? 再婚? 女の気配なんてなかったのに?
「新しい母親と子供に会ってほしい。会ってくれるよな!」
目をキラキラと輝かせ、純粋な笑顔を浮かべている。久々に見る幸せそうな表情だ。再婚が決まって嬉しいのが俺にまで伝わってきた。
父さんはイケオジと呼ばれるぐらい顔は良い。体型もしっかり維持しているから、勘違いしている線は薄いだろう。冗談ではなく本当に再婚するはずだ。
「会うねぇ……」
家族になるなら毎日会話しなければならず、地声で話す必要がでてくるだろう。
声が変だと思われないだろうか、という不安はある。だから本音で言えば少し嫌だけど、たった一人で俺を育ててくれた恩は感じているので反対はできない。急な話だとは思いつつも受け入れるべきだろう。
社会人になったら無口キャラでいることもできないだろうし、将来の練習だと思って覚悟を決めるか。
「父さんが決めたんだったら会うけどさ……いつなの?」
「今からだ。レストランを予約しているから行くぞ」
「はぁ!?」
驚いている間にも父さんは玄関に行ってしまう。
せっかく作ったご飯は明日食べるか。ラップをして冷蔵庫に入れると後を追いかけてマンションから出た。
「遅かったな。早く乗ってくれ」
タクシーを待たせていたらしい。後部座席に乗り込むとドアが閉まって走り出す。
「今さらな質問だけどさ、再婚ってどういうこと?」
「運命の相手が見つかったんだ」
「だからって一言も相談なしに決める?」
「悪いことをしたとは思うが、他の男に取られたくなかった俺の気持ちも理解してくれ!」
実の父親に、手を合わせて頭を下げられたら何も言えない。
子供に縛られず自由に生きてほしいとも思っていたから受け入れるつもりではいるんだけど、急だったから少し文句を言いたかったのだ。
「美人なの?」
「めちゃくちゃ美人。タイプだ」
「子供の前で父親が男の顔するなよ」
「いいだろ! 男なんだから!」
軽い性格は大人っぽくないが、俺の父さんらしい返しだなと思った。一人の男として頑張ってくれと思っていると、なぜか再婚相手の素晴らしさを語り出してきた。
俺を説得したいのかな?
そんなことしなくても反対しないのにと思いつつ、仕方なく十五分ぐらい静かに話を聞いていると、タクシーがホテルの前で止まった。目的地は、この中にあるらしい。
料金を払ってタクシーから降りるとホテルにある洋風のレストランへ入り、予約していた個室に案内された。
小さい部屋に六人ぐらいが食事できるテーブルがある。父さんは入り口に近い席へ座ったので、俺は自分の席を隣にすると決めた。
再婚相手はまだ来てないらしい。
いつ来るか聞こうと思って口を開きかけると、ドアが開いて一人の女性が入ってきた。
セミロングの黒髪をした三十代後半に見える。年齢的に再婚相手とみて間違いない。白いタートルネックのセーターはノースリーブになっていて、二つの大きな山が胸の大きさを強く主張している。顔にシワはない。ブランド物のバッグを腕にかけ、上品で優しそうな見た目だ。なんとなくだけど、上手くやっていけそうな気がした。
問題なのは継母になる人の後ろにいる女性だ。
俺と同じ高校の制服を着ていて見たことがある。ううん、もっと正確に言おう。ボッチの俺でも知っているぐらい美人で有名な
目は二重でぱっちりとしていて、鼻筋の通った端整な顔だち。肌は陶器のように白く、薄茶色の長い髪はキラキラと光っているようにも見る。
クラスのカーストは当然のように最上位。本当の人気者だ。
そんな彼女はつまらなさそうな顔をして俺たちを見ていた。
「こんにちは。君が
「はい。自分です」
再婚相手に聞かれたので立ち上がりながら、いつも通り少し声を変えて返事をした。
覚悟は決めていたものの直前になって、地声をだすのが恥ずかしくなったのだ。
「聞いているかもしれないけど、辰巳さんと再婚することになった
「あ、はい。よろしくお願いします」
後ろにいる舞衣さんは黙ったまま。不機嫌そうにしている。
それに気づいた美紀恵さんが肘で突っつくと、ようやく小さく頭を下げて、スタスタと歩いて席に座ってしまう。
父さんが舞衣さんに挨拶したけど、警戒しているような目をしながら短く返事をしただけで終わる。
娘がいるシングルマザーは色々あると聞くし、舞衣さんは俺たちに心を許してないのかもしれない。そう思ったら、今の態度も納得がいくし、ある意味自然な対応ではあるので嫌な感じはしなかった。
「全員揃ったことだし、コースを始めようか」
空気を変え用として父さんが呼び出し用のボタンを押したが、待っても店員はやってこない。忙しいのだろうか。
普段なら黙って待っているんだけど、舞衣さんの鋭い目が気になってしまい今回はちょっと無理だ。俺が勝手に感じている気まずい空気を変えたいので、直接呼ぶしかない。
席を立って個室のドアを開ける。
「すみません〜」
俺の声は周囲の音にかきけされてしまった。
そのせいか店員には聞こえなかったみたい。
大声は地声でしか出せない。
ゴクリとつばを飲む。
新しい家族に変な声って言われたらどうしようと不安になりながらも、いつかしなければいけないことだと覚悟を決める。
いつもより少し大きく息を吸ってから口を開く。
「すみません! 注文をお願いしたいんですけど!」
地声を出した瞬間、背後でガタンと大きな音がした。
振り返ると舞衣さんが立ち上がっていて目を見開いている。椅子は倒れているみたいで、継母になる美紀恵さんが元に戻そうとしていた。
「嘘……推し……なの?」
舞衣さんが何かを言ったようだけど、呼んだ店員に話しかけられて聞こえなかった。
顔が真っ赤になって涙目になっているんだけど何かあったんだろうか。
知りたいけど聞けるほどの仲じゃないので、コースを始めてほしいと店員に伝えてから黙って席に戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます