燃えゆく森 1



 黒煙が立ち上り、焦げ付く匂いが立ちこめている。

 枯れ木や落ち葉、草花が燃え、そこかしこで火の粉が舞っている。

 死体啜りの森の木々にはまだ燃え移ってはいないが、これでは時間の問題だろう。


「みっ、水! 水をくれ!」

「助けてーっ!」


 ゴブリンたちの悲鳴が響く。


 誰もがパニックになっているが、まだ大丈夫だ。

 死の香りはせぬ。

 ただこのままではパニックになって訳がわからぬうちに敵に殺される。


 いや、それならばまだよかろう。

 闇雲に剣を振っての同士討ちさえありえる。

 すでに日は落ちており、炎に照らされる影は誰にとっても恐ろしい。

 誤認と悲劇が起きる。


「あっ、ソルフレア様!」

「たっ、助けてくれ……このままじゃ森が燃えちまう……!」

「子供も火傷して……どうすれば……」


 我を見つけたゴブリンたちが集まってきた。

 満身創痍の者も多い。

 だが、幸いにも死者はおらぬようだ。


「……落ち着くのじゃ皆の衆。ここの森であり湿地じゃ。ラズリーが植えた木は特に火の回りが遅い。寝床や小屋は諦めて沼に逃げよ」


 自分の住処をそう簡単に諦められるものではないだろうが、戦えぬ者や、火を消すのに邪魔な者は逃げてもらわねば困る。


 だが、そう言われても動けぬのが人や魔物の性だ。

 この森はゴブリンたちの故郷となりつつある。

 我とて、アップルファーム開拓村が燃えたら平常心ではおれぬであろう。


 地獄絵図、といってよかろう。


 驚きはしなかった。

 このような光景を見たことがある。

 それも他人がやったことではなく、我の行いとして。


 我が何もわかっていなかった頃を思い出す。

 自分がどれだけ強大だったのかも知らずに咆吼を放ち、気まぐれに起きて眠る日々を。

 その自儘な生活の下で大地は荒れ果て、多くの生き物が息途絶えた。

 世界とは、そんなものだと思っていた。


 だが、違った。


 どれだけ世が廻ろうとも枯れた地には新たな命が芽吹き、小さな営みを始める。

 その小さな営みの中には、理不尽に抗う熱き血潮がある。

 弱気を守る愛がある。

 一つ一つは大いなる自然の前に吹けば飛ぶような命かもしれない。

 誰もがいつの日にか死に絶えることだろう。

 だが生命の循環を壊すことは決してなかった。

 勇壮なる者は、決して我ごときに心おられることはなかった。


「【竜身顕現】」


 すぅと息を吸って、吸って、吸い続けて、肺を膨らませながら空を飛ぶ。


「竜の声は天を引き裂く鳴動なり……【竜声】」


 肺と喉を竜化させる。

 竜の声とは即ち雷鳴であり、季節の終わりと始まりを告げる声であり、大いなる世界の意思である。

 生きとし生ける者はすべからく我が声に耳を傾けよ。


「ぅおーーーーーちーーーーーつーーーーーけぇーーーーーー!!!!!!」


 我の声が千里を響く。


 赤子がぴたりと泣き止んだ。


 野良犬の遠吠えが止んだ。


 あまりの声の大きさに、気を失った者の目が覚めた。


 火に水を掛ける者、怪我人を手当てする者の手が止まった。


 槍を持って放火犯を探す者や何をすればよいかわからず右往左往してる者の足が止まった。


 この森にいる者すべてが我を見た。


「怪我をした者、そして子らよ。東の沼に行け。動ける女は桶に水を汲め。男は桶を受け取って火を消し止めよ。そして燃え移った建物は諦めて壊せ」


 我の声に、皆が弾かれたように動き出した。

 ふう……村の集会で「火事の注意」って話を聞きかじっておいて本当によかったのう。

 だが、ここからは教わらなかったことをやらねばならぬ。


「そして……お前。そう、そこの、顔を隠しているお前じゃ」


 我は、その男の顔を見た。

 いや男か? 仮面を被っているからよくわからぬ。

 女っぽくはないからそういうことにしておこう。

 明らかなのは、その右手に炎がめらめらと燃えておることだ。

 紛うことなき放火犯である。

 その近くには倒れ伏したゴブリンたちがいた。

 身を挺して止めようとしたのであろう。


「……火付きが悪い……全然燃えてない。これだから暗黒領域は嫌いです」


 マントを羽織った仮面の男は、案外背が小さい。

 声は老いているのか若いのかもよくわからぬ。

 かなり強力な認識阻害を使っておるな。

 ……っと、我も認識阻害をかけておくか。


「竜の鱗よ、わが身を守れ……【竜鱗】」


 普段は盾のように使っている鱗を、少し形を変えて具現化した。

 あやつらが付けている仮面と似たような形にして顔に嵌める。


「我が名を知らぬ者は真なる姿を覗くこと能わず……【認識阻害】」


 確か認識阻害の魔法はこんな感じであったな。

 あとは真の名を知られなければ大丈夫なはずである。仮に我のことを知っていたとしても、今の我と、記憶の中にある我が結びつかぬはずじゃ。まあ逆に言えば、あの連中の姿を我がしっていても気付かぬわけではあるが。もっとも、知り合いのはずもあるまいか。


「……何者ですか」

「それを問うのは少しばかり遅かったの」



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