ユールの絆学園 2



 ゴライアス君が持ってきたテーブルには、取っ手のようなものがついている。


「いいか。腕相撲しない方の手でここを握るんだ。……って、ちょっとテーブルが高いな。調整するか。あと肘が痛くならないように誰かタオル持ってきてくれ」


 ゴライアスくん、意外に紳士である。


「それじゃ、準備はいいな?」

「いつでもよいぞ。かかってくるがよい」


 畳んだタオルに肘を乗せ、取っ手を掴み、ゴライアスくんの手を握る。


「……っ!?」


 握った瞬間ゴライアスくんの顔色が変わった。

 我を凝視する。


「どうした? それでおしまいかの?」

「すげえ……まるで、岩……いや……もっと強大な……」


 ゴライアスくんは渾身の力を込め始めた。

 怪我をせぬよう加減していたようだ。

 その心配をするべきは、やはり我の方であった。


「お喋りしてよいのは余裕のある方じゃ」

「ぐううっ……なんだ……これ……」


 勢いがついて怪我をせぬよう、優しく腕を倒していく。


「上半身だけ鍛えておるわけではなく、体のブレがない。人の形をしたものはついぞ見栄えするところばかり鍛えるものじゃから、そなたはしっかりと練っておる。よきかなよきかな……では、負かすぞ」

「ぅぅううおおおおっ……負けるかっ……!」


 相手の骨や筋を痛めないよう力を込めるの、ちょっと面倒だがコツを掴んできた気がする。

 人間とはこのように動くのだな。

 やはりあの弓手と聖騎士の戦いで、なんとなく体の使い方をわかってきた気がする。


「くっそぉおおおおお! 参った……!」


 ゴライアスくんは汗まみれになって抵抗していたが、ようやく彼の手を机に押し付けることができた。

 疲労困憊になったゴライアスくんが椅子からずりおちるようにしてその場にへたりこむ。


「まっ、負けた……ゴライアスくんが負けた……!」

「なんだって!? ゴライアスくんが!?」

「学園長の銅像を蹴倒して、頑張って一人で元に戻した怪力のゴライアスくんが腕力で負けた!?」

「ゴライアスくん、後で職員室行きましょうね?」


 気付けば、武道場で鍛錬していた子らが驚いて集まってきた。

 どうやら皆、「どうせゴライアスくんが勝つに決まってる」と思っていたらしい。


「すげえよお前!」

「ちっちゃいのに凄いパワーだ!」

「どこから来たの!? アップルファーム開拓村? あんな辺境に住んでて凄いな!」

「犬触らせて!」

「まっ、待つのじゃ! これ、慌てるでない!」


 いきなりもみくちゃにされた。

 この学園の子供らは妙にノリがよい。

 ここは、もしかしたら、けっこう楽しいかもしれぬ。


「まだまだ修行あるのみですね。頑張りましょう」


 一方で、シャーロットちゃんがゴライアスくんに手を差し伸べた。

 ゴライアスくんがそれを掴んで立ち上がる……いや、ひょいと引き起こされた。


「師匠、申し訳ございません!」

「天賦の才を持つ子はいるものです。これから努力で補えばいいだけのことです」

「押忍!」

「そんなことよりギルドに行った件の方がダメです。お説教です」

「そ、そんなぁ……!」


 ゴライアスくんが、シャーロットちゃんを妙な呼び方をしている。


「ソルさん。それでは次に私がお相手しましょう」


 シャーロットちゃんが、どこか剣呑な気配を放って我にそんなことを言ってきた。


「うむ、やはりそう来るとは思っておった」

「あら、そうなの?」

「身のこなしを見ていればわかる。そこまで鍛え上げておいて、力ある者に惹かれぬわけがあるまい」

「すみません、そういう気持ちが漏れてたなら……恥ずかしいです」


 シャーロットちゃんが顔を赤らめて照れている。

 あれっ、もうちょっとノッてきてくれるかと思ったのだが。


「もう、ソルちゃん。人が気にしてるところそんな風に言っちゃだめだよ。デリカシーを覚えなきゃ!」

「えっ、我が悪い流れなの? ご……ごめんなさい」

「大丈夫です。でも、一回くらいやっておきましょうか」

「うむ!」


 シャーロットちゃんが椅子に座る。


 姿勢が良い。あの弓手のように、軸がブレておらぬ。

 手を握ると、柔らかさと温もりの奥に揺るがぬ芯のようなものを感じる。

 人の体を駆動させるという意味では、もしかしたらあの二人を超えるやもしれぬ。


「俺が審判をします。用意はいいなッ……ゴー!」


 ゴライアスくんが試合開始を告げた。



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