夢見がち令嬢と冷酷猫将軍の結婚 〜目指すは溺愛と理想の夫婦〜

出 万璃玲

舞い込んだ縁談


『よき夫は、妻を、溺れるほどの愛をもっていつくしみ。

 よき妻は、夫の愛を尊び、余すところなく享受する。』


 ――これが、我が国の模範とされている夫婦のり方。



 私もずっと心待ちにしていた。ひたすらに甘く、溺れるほどの愛を浴びせてくださる旦那様。そんなかたに出逢って、とろけるほどに愛し愛される日々を。

 お父様とお母様のように素敵な夫婦に、そして私は世界一幸せな奥様になるのだと。そう信じて疑わなかった。


 だから、お父様の部屋に呼び出されて、それが結婚の話だと知ったとき。わくわくが抑えられなかった私は、羽が生えた心臓がどこかへ飛んでいくんじゃないかと思ったの。




「マリジェラ、お前の結婚が決まった。相手はナレシュ・ヴァルタ、二十四歳。西の地を守るイルミラ騎士団に属する将軍だ。すまないが、国王陛下からたまわった縁談だから断ることはできない。少々急だが半年後には挙式予定で……」

「まあ、お相手のかたは騎士様ですのね、素敵! お母様から『あとで衣装部屋に来るように』と言われていたのはきっと、婚礼衣装についてのお話ね。こうしてはいられませんわ、早速行ってまいります!」

「あっ待て、マリジェラ、最後まで父の話を――」



“ナレシュ様”。

 お名前は初めて聞いたけれど、イルミラ騎士団は誰もが知っている。魔物の多い西の地を守護する、精鋭揃いの集団。武に秀でていることはもちろん、知性や品格も兼ね備え、あらゆる面で優れた者ばかり。“騎士たるもの女性を重んじ崇めよ”、といった心得も染み付いていると聞く。

 そんな騎士団の将軍なのだもの、きっと素敵なかたに違いないわ――。


 ふわふわと浮き足だった私は淑女らしからぬスピードで階段を駆け上がると、その勢いのままに衣装部屋の扉を押し開けた。


「お母様、聞いたわ! 私の結婚が決まったって」

「ああ、マリジェラ……お父様からお話があったのね」

「? ええ、どうしたの? お母様ったらなんだか浮かないお顔」


 お母様は、窓辺に置かれたトルソーを前に佇んでいた。トルソーが着ているのは、私が受け継ぐ予定の見事な婚礼衣装。金銀糸で花模様を織り込んだなめらかな絹のドレスは、陽だまりの中にやわらかく輝いている。

 というのに、窓からの光を避けるように立つお母様の顔は、どんより曇り空。


「だって、相手が猫族だなんて……」

「猫、族……?」

「まあ、お父様から説明されていないの? 狙った獲物は決して逃さない、冷酷で残忍な性格。夜目がきいて、社会的生活が苦手。野蛮な恐ろしい一族よ」



 ――猫族。貴族の娘として生活していると、関わることはまずないけれど。一応聞いたことはある。国の端のほうでひっそりと暮らしている、少数民族。猫のような耳と尻尾を持っていて、私たち人間とは文化が違い、お母様が言うように野蛮とされている。


 そんな相手との縁談がなぜ持ち上がったかというと、国王陛下のご意向とのこと。一般にはみ恐れられている猫族だけれど、彼らは身体能力が高く、武力として非常に有用。従来どおり互いに避け合って生きていくより、積極的に友好関係を深めたい。その第一歩が、私たちの政略結婚なのだと。



「はあ……マリジェラよ、すまない。父が、陛下へ領地の様子を報告に行ったタイミングが悪かったのだ。近頃の陛下はちょうど猫族との関係を考えておいでで。雑談の折、『そう言えばそなたの娘はいくつだったか?』と問われ、十八になったところですと答えたら、それで……はあ……」

「お父様、そんなに溜め息ばかりつかないで。猫族っていっても、立派な騎士様なのでしょう? それに、陛下から賜ったご縁ですもの。きっと素敵なかたに違いないわ」

「ああマリジェラ、お前はなんて良い娘なんだ。いや、だからこそ幸せになってほしいというのに」

「大丈夫よ、お父様。きっと私は世界一愛されて、お父様とお母様が羨むくらい素敵な夫婦になってみせるわ!」




 ……なんて、がっくり肩を落としてしょげかえるお父様の手前、宣言してしまったけれど。

 新婚二日目にして、私は早々に叫び出したくなっていた。


 〜〜〜〜もう、思ってた結婚生活と、全然違う!!!


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