第二話:魂灯《カンテラ》
「あの、こちらが
「……え?」
彼女は今、師匠を
予想外の言葉を聞き、俺は思わず目を瞠った。
§ § § § §
──
それは、油と紐の芯を使う安価な
だけど、
ただ、誰もが
理由は、
そのため、実在する
まあ、この話は半信半疑なんだけど。
とにかく、職人が少ないって事は、世に出回る
さっき説明した通り、
つまり、
そのせいで
§ § § § §
ちなみに、これはすべて師匠から聞いた話だ。
俺はこの島から出たこともないし、誰かからこういった噂話を聞く機会もなかったしな。
ただ、目の前の彼女が本当に
何故なら、師匠メルゼーネこそ
とはいえ、彼女はどうやってその事実を知ったんだ?
師匠は自ら
約束を破れば
さらに、持ち主の記憶から師匠や
そこまでの事をしてでも、師匠はできる限り自身の存在をひた隠してきた。だからこそ、あの人が
一応、旧友なんかはその事実を知っているって聞いたし、その内の何人かが一度仕事を依頼しにここを訪れた事もあったけど、そっちの関係者だろうか?
だけど、過去に依頼してきた人のほとんどは貴族や王族関係。
それに対し、目の前の少女は質素な身なりからしても間違いなく平民。貴族なんかと接点があるようには思えない。
そう考えると、彼女が
「あ、あの。違いましたか?」
おっと。考え込んでいる場合じゃなかった。
おずおずとした声で思考の沼から引きずり戻された俺は、困惑気味の彼女に思わず頭を掻く。
「あ、ああ。すいません。師匠の
自分でも、随分歯切れの悪い回答をしたと思ってる。
だけど、いきなり尋ねてきた相手に師匠が
俺の返事を聞いた少女は、ためらいがちにこう言葉を続ける。
「そ、そうですか。ちなみに、やっぱりメルゼーネ様は不在ですか?」
「え? やっぱり?」
は? この人は師匠がいないって知ってて、それでも尋ねてきたのか?
あまりに予想外過ぎる答えに唖然としていると、「は、はい……」と弱気になる彼女。
なんとも掴みどころのない少女との会話に、正直ちょっと困惑していた。
……って。そうだ。今の時間は?
西の空を見ると、もう
「えっと、工房を閉めないといけないので、ここで少し待っててもらってもいいですか?」
「え? もうそんな時間なんですか?」
「はい。っていうか、そろそろ
「す、すいません。極夜地域に来たのは初めてで、未だに時間の感覚がよくわからなくって……」
露骨に肩を落とし、がっかりする少女。
まあ、確かに昼間に日が出る地域に住む人にとって、ずっと暗いこの場所で昼夜の感覚が狂うのは仕方ないか。
こんな時間にレトの町に戻るのも危険。
馬で来た様子もないし、このまま追い返すわけにもいかないよな。
「この時間じゃ、町に戻るのも危険です。話は家で聞きますから、今日は一晩泊まって行ってください」
「え? でも、いいんですか?」
「ええ。あまり綺麗じゃないですけど、それでよければ」
「じゃあ、その……お言葉に甘えます。すいません」
申し訳なさそうにペコリと頭を下げる少女。素直な反応から感じるのは人の良さ。
正直、見知らぬ男の誘いに簡単に乗るのはどうかと思うけど、変に警戒されたまま気まずく一晩過ごすよりはましだろう。
「じゃあ、少し待ってて下さい」
俺はそう言い残すと足早に工房に戻り、
§ § § § §
あれから十分後。
隣の家に場所を移した俺達は、リビングの暖炉の側。テーブルを挟むように置かれた一人掛けソファーに互いに座っていた。
リオーネはやや薄暗い部屋の中、テーブル側に置いてある
「どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
温めたミルクを入れたカップを手にした彼女は、コクリとそれを飲むと、ほっと一息
しかし、こんな時間に誰かと一緒なのは、師匠が旅に出て以来か。
ここ最近、リセッタが色々世話をしに来るけど、流石にこんな時間になる前に家に帰してるしな。
「ありがとうございます」
「いえ。お腹は空いてませんか?」
「あ、はい。今は大丈夫です」
出会った頃に比べ、少し落ち着きを取り戻した彼女。
ずっと不安げだと流石にきついし、これなら大丈夫だろう。
こっちは少しお腹も空いてるけど、夕食は後にするか。
「わかりました。まずは、お互い自己紹介でもしましょうか」
「あ、そうですね。私はリオーネって言います。オルバレイア王国にある、サラムの村から来ました」
オルバレイア王国って言ったら、師匠が滞在してる国じゃないか。
結構遠いし旅費も馬鹿にならないって聞いたけど、よくここまでやってこれたな。
実は庶民じゃなかったりするんだろうか?
まあ、そこはおいおい確認しよう。
「俺はセルリックって言います。師匠の弟子として、この
師匠の弟子。その言葉を聞いた瞬間、リオーネに少し真剣味を帯びる。
さて。そろそろ本題か。
「あの、さっき工房前で質問した件ですが……」
「はい。師匠は数ヶ月前から旅に出ていて不在ですが」
「やっぱり、そうなんですね……」
まただ。
やっぱりって事は、師匠がいないって分かってるってこと。
「えっと、師匠がいないとわかっていて、何でここに来たんですか?」
率直に疑問を口にすると、彼女はうつむき加減になり、膝の上の両手をぎゅっと握り合わせた。
「その、メルゼーネ様がいないって知ったのは、港町レトに着いてからだったんですけど、その時にお弟子さんはいるって伺って。それで……」
そこまで口にした彼女は、顔を上げるとこっちをじっと見る。
「あの……セルリックさんは、その……メルゼーネ様のお弟子さんなんですよね?」
改めて事実を確認する彼女の瞳に見え隠れする、期待と不安。
会話の流れから、この先の展開は大体わかる。
さっき師匠の弟子だって言い切った手前、流石に違うとは言えないが……。
「ええ。まあ」
結局俺は真実を濁す。
でも、心の中にあるすっきりしない感情とは裏腹に、彼女は希望にすがるような目を向け、こう口にしたんだ。
「だったらセルリックさんも、
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