第35話 影響力

 例のコラボ動画、好調だったらしい。


 キモオタ子供おじさんで知られた十文字クロスのチャンネルに、突如舞い降りたエンジェル。天羽きららちゃんが急上昇トピックに掲載され、再生数が過去最高の20万を突破したらしい。すごいけど、どれくらいすごいか分からない。


 とりあえず、天羽は個人で活動した方が良いと思いました。生意気幼女のクソガキチャンネルとかどうだい? 金にモノを言わせた女子小学生の優雅な日常を、嫌味ったらしく披露すればアンチ込みで速攻インフルエンサーや。そういうの、得意だろ?


『大変なのです! うちのクラスだけじゃなくって、学校全体で天羽さまの噂や話題で持ちきりになってしまいました! お触り厳禁ですよ! 囲み取材はやめてください! この後、予定が詰まっているので一緒に下校は五分までですから! 質疑応答はマネージャーたる柊を通すのですよ!』


 最近、柊さんからクソガキの近況がメッセージで送られてくる。へー、そう……

いや、あのぅ~後日談とかまじで大丈夫です。お好きにどうぞ。


 人生ソロプレイヤーはそう易々と、あまつさえJSなどに連絡先を教えたりしない。おひとり様は情報リテラシーに精通しているのだ、トラブルや面倒の回避能力高し。


「わたしが教えておきました! 結奈ちゃん、できる後輩ですからっ」

「個人情報漏洩。懲戒処分・減給三カ月と処す」

「そんなぁ~!? 今月、前借りしたお小遣いの返済が迫ってるんですよぉ~」


 結崎が涙目だった。

 昇給すれば、プラマイゼロ。つきましてはぜひ店長へキャリアアップしよう。


「まことに残念ながら、当店は三カ月後も営業中だからなあ」


 俺は深いため息と共に、閉店の件がご破算となった経緯を振り返っていく。

 ――……


「やってくれたねぇ~、音無ちゃ~ん」


 閉店一週間前に前触れなくやって来た、加藤SV。

 今日もザギンでシースーなバブリーに目立つ格好だった。


「見たよ見たよ、見ちゃったよぉ~例の動画さあ!」


 ギンギラギンにさり気なくもないグラサンを眉上に乗せ、珍しく真面目な表情。


「閉店セールは自由企画と言われたので、いろいろ考えた結果あの形になりました……すいません。俺、何かやっちゃいました?」


 勝手にコラボするなとか、素人小学生出演させるのマズかった?

 仕方ない。責任を取り、こちらも退職届を出せねば無作法というもの。


「バズりもバズり、大バズってるじゃなぁ~い。最高だねぇ~、ほんとうにもう!」

「はあ」

「しっかりガチャポンの森宣伝しちゃってるし、本社に問い合わせ殺到でてんやわんやのお祭り騒ぎで大変困ったちゃ~ん」


 自分の手柄みたいに語った、加藤SV。店長の手柄はSVの手柄。そーゆー会社だ。


「広報が注目してたユーチューバー先に捕まえて、謎の美少女も大ウケしてるからさぁ~。あの子、どこ所属のタレント? ほんと金の卵発見ちゃ~ん」


 朗報。十文字、上澄み配信者だった。企業案件任せるほど常識は……んにゃぴ。


「もうケツカッチンだから、あとよろしくちゃ~ん」


 伊藤SVがゴールドな腕時計を確認、いちいちグラサンを胸ポケットへしまった。

 そして、ついでとばかりに大事な決定を軽々しく言い放った。


「分かってると思うけどさぁ、テナント契約更新するからねぇ~。また半年、音無ちゃんの手腕発揮しちゃいなよぉ~」

「は……? え、何だって?」


 心臓を鷲掴みされた感覚に陥った。

 ドキッと胸キュン? トゥクンなラブコメ? それは違うね。


「もう閉店の準備、ほぼほぼ完了してるんですが?」

「それキャンセルしちゃって、キャンセル。今、一番勢いある店舗だよ? そんな場所を潰すとか、勿体ナッシング。頑張って働くのもいいけど、経営面も考えようよ店長なんだからねぇ~」

「……ッ」


 陽炎のごとく視界が揺れた。

 誰のせいで長時間労働している? 誰のせいで肩書だけ押し付けられている?

 俺は今、猛烈に怒っている! ついぞ、サービス残業無休パンチが炸裂――


「インフルエンサーの方は本社からまた案件依頼かけるからさぁ、音無ちゃんは例のキッズちゃんにまた出てもらう交渉しちゃってねぇ~」

「自分、まだバイトですけど。名ばかり店長がそんな勝手にできないですって」

「話題性はスピード感が一番大事。この件の継続はマストのプランで。音無ちゃんにお任せちゃ~ん。SV承認でしくよろぉ~」


 加藤SVが大丈夫大丈夫と親指をグッと上げた。

 俺は思わず、下に向けそうになった。

 常識のセーフティが働く間に、軽率拙速管理者が管理を放棄していくのであった。

 ――……


「この刑務作業をまた半年? 冗談じゃないよ」


 テナントが空にならず、ディベロッパー様が大変喜んでいました。爆ぜろッ。

 平日の午前。ピーク前の僅かな心休まる時間。


「今度は宇宙開拓でもするか。ユニヴァースッ!」


 安息のスタッフルームで、新たなミニチュアセットの構想を練っていたタイミング。


「オウ、カゲヒロ。ゴキゲンカヨ、ワイモマゼテデンガナー」

「客がこっちに入ってくるな。俺、めちゃくちゃ忙しいから」

「ココロノトモダ、キニスンナ」

「いや、俺に友達はいないけど?」


 マイケルがHAHAHAと額を押さえていた。


「何用なり、似非外人。今日は斡旋の予定ないだろ」

「オツトメケイゾク、オメデトサン。ワイハウレシイデ」

「全然、嬉しくないね。全然、嬉しくないね」


 ガチャポンの森泉風店の営業継続をお知らせした結果、駆け付けたらしい。

 常連の鑑かよ、来店回数を減らしてくれたら名誉お客様に認定しよう。


「残念ながら、付き合いがもう少し続く。売上貢献、またよろしくな」

「オヌシモワルヨノ~。ツマラナイモノダガウケトリヤガレ」


 山吹の色のお菓子(芋ようかん)を頂き、気分は悪代官。小判くれ。


「トモダチナラアタリマエ」


 マイケルが白い歯をキラリと覗かせ、まるで仲良しのごとく俺と肩を組んだ。

 セクハラナラヤメタマエ。

 友人ハラスメントに耐えかね、ぜひこの仕事を辞めたいと思いました。

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