第13話 同じ部屋で2

 そうして、私は最初から一定水準の強さがあったのも大きく、あっという間にミセル様の護衛として上の方へと駆け上がった。チームとして動くことも多く、そのリーダーである主任という役職ももらった。実力も前のループの時と比べて、桁違いに上がっている。


「――報告は以上です」


 ミセル様の私室や執務室で話すことも前以上に増えた。もちろん、イグニスも控えて立っている。


「ああ、ありがとう」

「それでは失礼いたします」

「ああ、待ってよ。ナタリー」

「はい。なんでしょう」

「最近、母上のお体の調子が悪いらしいんだ」

「……そうですか」

「もしかしたら、近々ご静養されるかもしれない」


 こんな会話は前のループではしていない。つまり……彼が王妃に対して何かをするかもしれないということだ。……私のために。


 王立学園への視察日も迫っている。


「分かりました」

「君は前回、イグニスと同じ部屋で寝起きしていたと言っていたね」

「はい。殺気を察知する訓練のために」

「今は一人だ」

「……はい」

「寂しくはない?」


 ミセル様の意図が分からない。

 もしかして……!


「正直なところ、寂しいです」

「それなら、これからは僕と寝起きしようか」

「……へ?」


 ミセル様と寝起き???

 誰が?

 私が?

 なんで?

 イグニスとじゃないの?


「お言葉ですが、ミセル様。私は反対です」


 イグニスが珍しく反論してくれるようだ。


「よくない噂が貴族の間に飛び交います。ただのメイドなら、ミセル様がご結婚された時に金を握らせて暇をとらせることもできるでしょう。子をなしたあとにもう一度愛人として呼び寄せてもいい」

 

 跡継ぎは大事だ。基本的に愛人をもうけるにしても男児が産まれてからにするのは暗黙のマナーだ。


「しかし、ナタリーは侯爵令嬢だ。どちらの利にもなりません」

「でも、ナタリーは護衛だよ。僕のメイドだ」

「ですが――」

「決めるのは彼女だ」


 今ので分かった。


 私は護衛だ。もし他の護衛メイドにミセル様が手を出そうとして、断る者はいない。一番近くで守れるからだ。ご主人様を守るためなら、いかなる手段を用いてでも喜んで守ろうとするのが護衛。そーゆーものだ。


 ミセル様は王妃様に何かをしようとしている。私のためだ。前回のループまで何もなかったのだから、100%私のためだ。


 でも――、それは計画するだけでミセル様の身を危なくする。就寝中に殺される可能性だってある。天井裏に護衛がいて廊下にも衛兵がいるとはいえ、裏切らないとは限らない。侯爵家に住んでいて何度も殺された私だからこそ、身に沁みて分かっている。


「私を信用してくださるということですか」


 王妃に何かをするかわりに、私を護衛として夜も側におこうとしている。


 私に暗殺される可能性はゼロだと認識もしてくれているということだ。何度もループしているなんて嘘をついて近づこうとしているという線だって、可能性としては考えたこともあるはずだ。


 色気のある理由で寝るわけじゃない。護衛として側にいろと言われている。


 信用できる人物として。

 ミセル様をいざとなったら守れるほどの実力をもっている護衛として。

 

「これまで、君が話した未来は全て現実になっているよね」


 前のループで私がこなした任務も、全て話したものね。


「僕は、メイドの中で一番君を信用している」


 ああ……。


 今日のために私は生きてきた。そんな気さえする。この人のために仕えるんだという忠誠心が今まで以上にぞくぞくと私を支配して根を張っていく。


 私は必要とされている。

 私は信用されている。


 応えなければ、その信頼に。 


「寝起きを共にさせてください、ミセル様」

「ああ、そうしよう」


 珍しくイグニスが眉をひそめている。


 ミセル様にその気がないことくらい分かっているでしょうけど……部下の私に、ミセル様の愛人になったという噂が立つ心配をしてくれているのね。


 まだ、侯爵令嬢という目でも見ているだろうから。


 でも、私のために危険を冒そうとしている彼を放ってはおけない。一番近くで守りたい。


「では、今夜からおいで。ナタリー」

「承知いたしました」


 不服そうなイグニスを横目で見ながら部屋を出た。


 

 ♠


 

「おいで、ナタリー」


 もう婚約者ではないからこそ、まるで恋人のように振る舞う。そういう皮肉っぽいことが大好きな王子様だ。


 手を広げるミセル様の隣に腰かける。


「では遠慮なく」

「綺麗な髪だね。燃えるような赤だ、すごく素敵だよ」

「ありがとうございます」


 恋人のように髪に触れ、彼が耳元でそっと囁いた。


「イグニスの希望で、可能な限り天井裏の警備はあいつが担当することになったよ。任務で抜けることもたまにはあるけどね」

「あ……りがとうございます」

「自然死に見せかける毒薬も手に入れた。しばらく僕から離れるな。父上の了解を得る算段もついている」


 そういうことか……。


 ミセル様の護衛は精鋭が集まっている。貴族とはレベルが違う。私は彼を守る。そして、彼の側にいれば私もまたより安全になる。


 ミセル様のご両親の仲はよくない。お父様には愛人がいる。そのあたりを利用して画策したのかもしれない。


 私のために。

 私が殺されないために。

 私の言葉だけを信じて。


 護るつもりだったのに……私はミセル様に守られていたんだ。守りたいと思ってもらえたんだ。


「わ、たし……」

「どうしたの、涙ぐんで」

「ループするのは辛かったんです。繰り返すのは辛かった」

「うん」


 彼のためなら――。


「でも、ミセル様のためなら何度でも死ねます。私ならやり直しがきく。いくらでも盾にしてください。どれだけでも死にます。何百回死んでも、私はあなたの盾になります」

「君は可愛いな。すごく可愛いよ」


 彼が私を抱きしめた。

 温かい。


「冷たくなるなよ、これは命令だ」


 死ぬなよって意味ね。

 死なないでと思ってもらえる。


「はい。ご命令とあらば」

「ああ、頼んだよ」


 彼の手はやさしい。

 愛情を感じる。

 やらしさは感じない。


 可哀想な人だ。

 この人が信用できる相手は、きっとものすごく少ない。私と同じだ。


「それじゃ、寝よう。ついでに僕の思い出話でも聞いてくれ」

「はい。私のご主人様」 


 絶対に切れない絆が、ミセル様との間にある。この人と婚約だなんてやっぱり薄ら寒い。破棄してもらって正解だった。


 恋なんてあやふやなものなんて、私たちの間には介在させたくない。


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