【6】「魔女と大賢者」

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ゆっくりと流動して、薄れてゆく砂煙の向こう側で、

大きく後退した黒ヴェールの女は目を凝らした。


先ほどまで彼女が立っていた場所には、

彼女の従者の亡骸なきがらが散らばっている。


何かしらの魔法攻撃が直撃したと思われる岩の地面には、

奇妙な事に、正四角形に抉られた痕跡こんせきが見て取れた。


生半可なまはんかでない魔法攻撃に対しては、

 さすがに回避を取るのだね。

 いやはや、しかし。よくも咄嗟とっさに後退できたものだ」


ジャリジャリと、小石を踏み潰しながら

一人の若い男が乗客側から1歩前に出る。


女の従者達は、その男を脅威と認識したのか、

数名がはしこく動き、男に攻撃を仕掛ける。


しかし、ある程度近づいた所で、

何かにはばまれたようにピタリと止まり。

そのまま、糸が切れたように、力なく地面に伏した。


「魔位13示の法力魔法……それも随分と良心的な威力だな」


黒ヴェールの女は、眉を潜め、生唾を嚥下した。

明らかな緊張と困惑が見て取れる。


相対あいたいする男は、

未だに場にとどこおる、乱れた気流で衣服をはためかせ、

形の整った鼻に掛かかる、丸メガネを正した。


レンズの奥では、虹色をした鋭い瞳が光っている。


白地に金の刺繍をあしらったローブ。


その独特な衣装は、

そのまま男の地位身分を告げる証明足り得る。


「大賢者様!!」


誰とも知らない乗客が、希望のある声で叫ぶ。


その言葉を発信源に、波紋の様に広がったざわめきは、

瞬く間に乗客を支配していた、不安の霧を払い、

希望という光を指し示した。


「いかにも。

 私は法力の大賢者マルケリオン・サラドバレド

 ヘシオーム王国の使役する4賢者の一人だ」


大賢者の名乗りで、乗客から津波の様な歓声が上がる。


『賢者』とは、魔法使いの中でも、より優秀な者に与えられる称号だが、

『大賢者』となるとその意味合いは大きく変わる。


『大賢者』とは、救世の英傑【伝説の3人】に匹敵する魔法適性を持ち、

更に、それを完全に習得した者に与えられる称号であり、

その称号を持つ者達は、そのまま王国の軍事的戦闘力そのものと言って過言は無い。


「なんとまぁ…この様な場所で

 かの大賢者様に御目通りが叶うなどとは、光栄の極みだな」


「虚神教の僧兵を率いる、硬派な語りの女。

 その見た目の特徴も耳にした事がある。

 貴女が勇者殺しの魔女ヒーリアか?」


「おお。私の名前をご存知とは、これは名誉だ。

 存知の通り、私は鉄繰りの魔女ヒーリア・ヌロポニアだ」


魔女ヒーリアは、大賢者マルケリオンに対し

丁寧で礼節ある姿勢を取り敬意を示して見せた。


「……では魔女殿、おとなしく引くか降伏するかしたまえよ。

 この身は未だ若輩であるが、それでも貴女では手に余るぞ」


「ああ。わかっているさ賢者殿。

 しかし、考えても見てくれ。

 私とて、貴公の存在は知っている。

 無策で挑める程、愚かではないよ」


魔女ヒーリアの言葉を受けた、法力の賢者マルケリオンは、

メガネを正しながら、短くものを考えた。


「……なるほど。では。

 私がしゃしゃり出てくるのは想像の範疇かな?」


「いや。まさか、このタイミングで、

 法力の大賢者殿が現れるとはさすがに…

 だが、だとしても十分な用意がある」


「……見せたまえ。興味がある」


「人払いをする時間は必要ないのか?」


「必要ない。既に法力の庇護下にある」


「それは…抜け目のない。

 では、とくとご覧あれ」


魔女ヒーリアは、腰に収納していた

細長い包みを手早く開いて地面へ置いた。


中身は、錆び、朽ち、役目を終えた金属の破片。


次に自分の手の平を見せつける様に開いた。


そして、開いた手の薬指と小指を逆の手で握ると、

なんの躊躇もなく、引き千切って見せた。


「魔女と呼ばれるこの身とて、

 魔位20示となると、魔力だけでは足りないのさ。

 文字通り、手痛い出費だがな」


「魔位20示とは……もはや芸術だよ。見事だ」


魔女ヒーリアの自傷行為をトリガーとして、

超常の現象が巻き起こる。


魔女の指は分解され、

その血液は膜状に広がり、

その肉は繊維に編まれ、

その骨は象牙色の壺になる。


「魔位20示『墓暴はかあばき』」


魔法行使と同時に骨の壺がコトコトと動き

そう間も無く、その蓋が開いた。


蓋の開いた壺から、小さな骨片が浮遊し

互いに繋ぎあいながら再成形する。


そこへ肉の繊維と、血の膜が覆い被されば、

みるみる内に、人の姿に変わってゆく。


そうして暴かれた墓から現れたのは、

全身が鉱物と言わんばかりの屈強な男だった。


「鉄人のネダチ。

 かつて唯一神アロンパンに殺された鋼鉄の大賢者だ。

 貴公の為に、恥辱に耐え用意した。

 相手に不足はあるかな?」


法力の賢者マルケリオンは、

鳩尾みぞおちに掛かるプレッシャーを感じながらも

その口角は、少し上を向いている。


「神戦時代の大賢者と出会えるとは…この以上の名誉があるだろうか?」


魔女ヒーリアの魔法によって、

骨片から再生した鋼鉄の大賢者は、

その称号に似合わぬ粗野な見た目だ。


剛健ごうけん頑強がんきょう、そういった言葉が良く似合う。


鉄人ネダチは、左右に瞳を振り、周囲を見渡す。


やがて足元の朽ちた鉄片を見つけると、

それを拾い上げ、愛おしそうに撫でた。


すると、鉄片は、持ち主と同じく

みるみる内に元の姿を取り戻し

やがて、水面みなものような刀身を持つ剣へと戻った。


「………………………」


喋る事が出来ないのか、はなからとつな人物なのか、

鋼鉄の賢者は、研ぎたての刃物の様な眼光でマルケリオンをとらえる。


そしてゆっくりと、大剣を天にかざすと────


地面を割る様な衝撃で叩きつける、

またたく一閃を繰り出した。


放たれたのは、鉄の衝撃波だ。


本来は牽制けんせいや、魔法攻撃の付与として扱われる

剣による衝撃波が、実体を持つ金属の塊としてマルケリオンに襲いかかる。


その鋼鉄の斬撃は、マルケリオンの張った、法力の防壁を、

いとも容易く引き裂いたのだった。


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