第4話

 ブブ。

 作業着のポケットに入れたスマートフォンが、メッセージの着信を知らせる。

 アプリを開くと「お誕生日おめでとう」のスタンプが送信されていた。

 結愛からだ。

 光汰の四十回目の誕生日に、言葉だけではなくスタンプだけのお祝い。

 今ではもう、光汰はもちろん結愛の誕生日会も開かれなくなっているのだが、光汰へは言葉の祝いもなくなっていた。手紙も同じく。

 きっかけは結愛の中学受験だ。

 葉月に似たのか結愛はとても勉強ができたため、私立の中学校へ行きたいと言って勉強に集中するようになった。周囲の中学受験生は四年生から、早ければ一年生から進学塾に通っている。

 六年生から入塾した結愛にはハンデが大きかった。それでも光汰に似た(と光汰は思っている)ひたむきさで寝食以外はテキストに向かい、葉月に指導を受けながら、第二志望の合格をもぎ取った。

 高卒で中小企業の下請け製作所に入社した光汰は、当時役職にはついておらず、給料は今でも企業勤めの同年代には届かない。中学受験の勉強を教えることも到底無理だった。

 できたのは許されている副業で、結愛の入学後の学費や生活費を用意することだけ。

 疲労はしたが、結愛や葉月に伴走している気持ちで労働に励んだ。

 ────葉月の給料と俺の本業副業を合わせてやっとだもんな。

 けれどそのために、家族で過ごす時間が如実に減った。中学に入学した結愛は、長時間の授業に、部活動に、友達との交際にと忙しくなり、ほとんど家にいない。

 葉月も光汰も仕事の時間が増えている。

 きわめつけは電車通学の結愛にスマートフォンを与えたことだ。

 中学受験と便利な機器は、五歳から続いていた結愛から光汰への手紙を奪った。

「パパ大好き」

「いつも遊んでくれてありがとう」

「いつもお仕事頑張ってくれてありがとう」

「パパ、昨日、遊園地楽しかったね」

 結愛からの折り紙手紙はいつしかファンシーなメモ用紙手紙になり、文字も整ったものになっていった。そういったところから成長の様子を感じられて、光汰は手紙を宝物としてクッキーの空き缶に溜めてきたというのに。

 ────ゆあタン、パパは悲し……駄目だ。こんな呼び方をするとまた嫌な顔をされる。

 光汰は小さく頭を振った。無意識に背筋も伸びる。

 十六歳になった結愛は、絶賛父親への反抗期に突入している。

 葉月とは友人のように会話し、一緒に出かけているようだし服の貸し借りもしているようなのに、光汰が話しかけても「うん」「ううん」「もういい?」しか返さず、いつしか光汰が同じ空間にいるのも不快だというように、顔をしかめるようになった。

 光汰のあとにトイレや風呂に入るのも、洗濯物が一緒になるのも嫌がる。 

 小学校低学年の時期は、光汰が残業でも眠い目をこすって「パパ、お風呂一緒に入ろう!」と待っていてくれたのに。

「女の子なんてそんなものよ。私もお父さんの匂いが気持ち悪かったことがあるわ。生理的な反応だから過ぎるまで待てばいいのよ。父の日と誕生日にメッセージをくれるだけでも幸せじゃないの」

 葉月は呆れたように言うが、生理的に嫌だということは、存在自体が嫌だってことじゃないのか? 

 大ショックである。

「ゆあタン……」

 ────ああ、また愛称で言ってしまった。これ以上嫌われたくないから、あれこれ口を出さずにそっと見守る、頼れる父親になろう。

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