第13話 side 音

メッセージが入ってきて、琴葉が家から出て行ったのを知った。

聞こえないなんて、やっぱり駄目だ。

駄目なんだよ。

耳を何度も何度も叩く。

だけど、もう何も響いたりしない。

琴葉に嘘のメッセージを送る。

幸せになって欲しい。

俺じゃない誰かと……。

部屋を出て、玄関に行く。

玄関についているポストに何かが入っているのがわかる。


ダイヤモンドの指輪みたいなキーホルダーがついた琴葉の鍵だ。

出て行けって言ったのは、俺なのに琴葉がいない世界はいらないと思ってしまった。


ブー

ブー


【来週の日曜日は、大丈夫だよ】

【俺もう、完全に耳聞こえないよ。俺と結婚したら美弥子が心配してる事になるよ】

【大丈夫。私が音の耳の代わりになるから。あれから、色々調べたんだ。だから、大丈夫だよ】



何が大丈夫なのかわからなかった。

あんな風に、俺を傷つけておきながら……。

今さら何だよ。

母に気に入られてるのをわかっているから、会いたいって話したんだろうけど。

俺は、美弥子のあの言葉を忘れてない。


机の引き出しを開けて、茶色の箱の隣に琴葉の鍵を置いた。

俺は、あの時。

琴葉を守れなかった。






通り魔が増えてるから、琴葉に場所を変えようと何度も話したけど。

聞いてもらえなかった。



【ついたから、待ってる】


琴葉からのメッセージを見て、待ち合わせ場所に急いだ。

改札を抜けて駅前の広場には、いつもよりたくさんの人がいる。


今日のライブって特別なゲストとか来るのかな?

俺は、急いで琴葉の元に走る。


人波がライブハウスからたくさん駅に向かって走ってくる。

俺は、逆らって必死で向かう。

音のない俺には、みんなが必死で何で走ってるのか理解出来なかった。


待ち合わせ場所にようやくつく時に、事態がわかった。

琴葉が危ない。

急いで、琴葉の元に近づく為に走る。

琴葉……。

ヘッドフォン取って。

逃げて。



「琴葉……」


どれくらいの音量で、自分が叫んでいるのかわからなかった。

だけど、琴葉に届かないぐらい小さな声だったんだと思う。

振り上げた何かがキラキラ光ってるのが目に入る。

急いだけど、それは琴葉に振り下ろされた。

俺がヘッドフォンなんてプレゼントしなければ……こんな事にはならなかった。


琴葉のお義父さんが言った通りだ。俺は、琴葉に何かあっても気付けない。

後悔っていうのは、厄介なものだ。

白いシャツに溢したコーヒーのシミのようにゆっくりと広がっていく。

どれだけ、綺麗にしても自分ではうまく取れないものだ。





あの彼なら、琴葉を守ってあげれる。

琴葉の傷跡は、くっきり残ってしまった。

あの時、耳が聞こえてたら。

もっと大きな声が出せてたかも知れない。

走り去る人達の言葉を聞けて、すぐに琴葉に逃げろって言えたかも知れない。


結局、俺はあの日を後悔ばかりしてるんだ。

机の引き出しを閉じる。

耳が聞こえない事は、幸せな事もあるけど……。

不幸な事も多い。

琴葉が何かの音に驚いても気づいてあげられなかった。

あの事件の後、それは何度もあった。


「大丈夫、大丈夫」って笑いながらも琴葉の手は震えているのがわかっていた。

優しく握りしめて、震えを取り除いてあげたけど……。

俺は、あの日を共有出来ないまま。

琴葉の痛がって泣く声も、犯人の声も……。

何一つ、聞こえなかったから。

琴葉をちゃんと守れない。

ちゃんと守ってあげられなかった。

まだ、一年も経ってない。

琴葉は、気丈に振る舞ってるけど。

耳が聞こえた人といる方が、琴葉は幸せになれる。

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