第6話 side 琴葉
「あれから、何年だっけ?」
「知り合ってからは、8年」
「付き合ってからは?」
「5年かなーー」
「もうそんなかーー」
「でも、まさか。真弓と徹君が付き合うとは思わなかったけどねーー」
「まあーー。もうすぐ結婚させていただきますけどね」
「羨ましいよ。エンゲージリング」
「ありがと」
お昼ご飯を一緒に食べないかと誘われた真弓から、まさか婚約の話が出るとは思わなかった。
「琴葉は、結婚は?」
「駄目じゃないかなーー」
「どうして?」
「音のお母さんと私のお父さんがネックだわーー。反対してるから」
「あーー、そうだよね。誰かが反対してる恋と結婚は幸せになれないのよねーー」
「誰、理論?」
「私の経験上です」
「そうだよねーー」
昨年の正月。
私は、父に音を初めて紹介しに行った。
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「音君は、本当に聞こえてるみたいね」
「でしょ!でしょ!普通にしてたら、わかんないよね」
「わかんない。すごい」
「何言ってんの?わかるよ!ちょっとイントネーションがおかしい所あるじゃん。お父さんが聞いたら一発だよ。わかる?」
「そんな言い方しなくてもいいじゃないの
「まあ、でも、音は疲れるんだけどね」
「だったら、手話覚えたりした方が早いんじゃない?」
「それは、苦手な人もいるじゃない。お母さんもニュースで見たけど、大変だなーーって思ったわ」
「そうだよね……。でも、お父さんが認めてくれるかどうかわからないわよ。頭固いんだから……。どうにか頑張るしかないね。お姉ちゃん」
お母さんと妹の一葉は、音を受け入れてくれていて……。
だから、私も二人に音を会わせていた。
お父さんが、出張に出掛けてる間に音を何度か連れてきた。
ピンポーン
「音が来たみたい」
今日は、音がお父さんに話したいって言った。
「いらっしゃい。わざわざスーツ着てきたの?」
「だって、ちゃんと挨拶しなきゃダメだろ!」
「何それ?結婚するんじゃないんだから」
「結婚……したいから」
「えっ?」
「したいから、言うんだよ。ちゃんと今日……って恥ずかしい」
「もう、馬鹿」
大丈夫。
私のお父さんだもん。
絶対に音を受け入れてくれるから
「認めん」
いつだって信頼は、たった一言で壊れてしまうもの。
「お父さん何言ってるの?選ぶのは、琴葉なんですよ」
「認めんって言ったら認めん。何だこれは?こんな機械に頼らないと生きていけないような男に何が出来る?もし、娘に何かあったとして守れるのか?守れないだろ?音に気づかないんだから」
いつだって、言葉は刃のように酷くこの胸を貫く。
正しさだけが、人を幸せにしない事をお父さんはいつも気づかない。
「すみません。もう少し、ゆっくり話していただいていいですか?」
「はあ?ふざけてるのか!ゆっくりだとこんな機械を使うからゆっくり話してもらわないと駄目なんだ。いちいち自分に合わせて話してくれてる人の身にもなれ。母さんだって一葉だって琴葉だって迷惑だって言えないだけだ」
早口で捲し立てるように話すお父さんの羅列は冷たくて嫌なものだった。
その羅列を読もうとする音の視線の先にあるタブレットを奪った。
「琴葉……さん。返して」
「読まなくていい。こんなの読む必要なんてないから」
「こんなのとは、何だ琴葉。お父さんはな!琴葉の為に」
「もういいよ。行こう、音」
「待って、まだちゃんと琴葉との事言えてない」
「あんなのに伝えたって無駄だから」
音を無理矢理引っ張ってきた。
玄関で靴を履いてもらって急いで家を出る。
「琴葉、ちゃんとしなきゃ」
「しなくていい。ちゃんと何かしなくていいから。そこで待ってて荷物とってくる」
「わかった。待ってる」
タブレットの履歴を削除してから、音のリュックに入れる。
家に戻ると、リビングからお母さんとお父さんの会話が聞こえてきた。
「琴葉には、苦労して欲しくないんだ。わかるだろ?あんな風に耳が聞こえない人間といたら、傷つくのは琴葉なんだ」
「音君は、ちゃんと話せてるわ。ただ、耳が聞こえないわけじゃない」
「あんなおかしなイントネーションでちゃんと話せてるだと……。母さんは、馬鹿なのか」
胸がチクチクと痛む。
「帰るの?」
「一葉……」
「別に私は反対とかしないよ。だけど、お父さんの言い分もわかるよ。お父さんは、お姉ちゃんに生きてて欲しいだけだと思うんだ。音君と居て、また傷ついたらって心配なだけなんだよ」
「わかってる」
「
一葉は、2階の階段を歩いてく。
「わかってるって……」
和室に行って、荷物を取る。
随分前から、私の部屋は物置状態。お母さんが、使う頻度の少ないものを収納してる。
だから、決まって玄関横の和室に荷物を置く。
二人が、まだ話し合ってるのがわかる。
気づかれないように、そっと家を出た。
音といるのが、こんなに幸せなのにどうしてわかってくれないんだろう。
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「琴葉はさ。音君と結婚するの?それなら、お父さんに分かってもらわなきゃいけないでしょ?」
「無理無理。あんな頑固じじぃが許すわけないよ。生きたくないなんて言ったせいかもだけどね」
「あの頃の琴葉はそうだったよね。明日には消えたいって毎日言ってたよね」
「働いて、聞こえる
「親はね、そんな事思ってないよ。子供が強くなったなんてわかんないって……それよりも、傷つかないように生きてくれるようにって願うんだよ」
真弓は、スマホを見つめて立ち上がる。
「ごめん、徹と結婚式場巡りに行かなきゃだから」
「ううん。気をつけて」
「また何かあったらいつでも聞くから。連絡して」
「わかった。じゃあね……」
真弓が急いで出ていく姿を見ていた。
別に結婚がしたいわけじゃない。
だけど、やっぱり。
羨ましい。
好きな人の傍に、一生一緒にいれる
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