第2話 side 琴葉
ピピピピ……
ピピピピ……
「うーーん」
「おはよう」
「おはよう」
隣に眠る彼を見つめながら笑ってしまう。
「どうした?」
「
「もう一回、ゆっくり言って」
「もう、めんどくさい」
「はあ?」
「ごめん。遅刻するから」
「わかった、わかった」
音と出会ったのは、二十歳の時だった。
私は、あの頃、ちょうど生きる事をやめようかなって思っていた。
友人に連れられて行ったライブハウス。
興味ないバンドの演奏。
・
・
・
・
・
「今日は、友人の為にこの曲を捧げます。友人は、この曲なんか忘れちゃうだろうと思う。それでも、あげたかった。だって、友人はそんな名前をプレゼントしてもらってるから……。って、意味わかんないですね。聞いてください」
その言葉に、何言ってんのこいつってぐらいにしか思わなかった。
ドンッ……。
「いたっ」
「ちょっと」
人にぶつかっといてシカト?
何、あいつ感じ悪い。
「どうしたの琴葉?」
「えっ?さっき、あいつがぶつかってきたの。もう、最悪。めっちゃ痛かったし」
「うわーー、最低だね。後で、言ってあげるわ!彼氏にも言っとくから」
「いい。別に、何も壊れたとかないし」
生きる事やめんのに、何で怒ってんだろ、私。
「静かになってく世界を横目に君はどうして冷静でいれるの?♪」
お目当てじゃないから、誰も真剣に聞いてない。
有名じゃないから、誰も興味ない。
なのに、あの青ダッフルコートは何であんなに真剣に聞いてんの?
「ダサっ……」
歌詞もダサい。
音楽もダサい。
なのに、さっき私にぶつかってきた青ダッフルコートは何であんなに泣いてんの?
「きもっ」
「
「一般人も歌えるの?」
「お金払えば歌えるよ」
「へぇーー。いまいち、ライブハウスのシステムがわからないわ」
「興味なかったら仕方ないよ」
「
「次の次」
「そっか」
静というグループの音楽が終わる。
みんな苦痛だったのだろうか?
聞いていたのは、青ダッフルコートただ一人だけだった。
「私、ちょっと外に行くね」
「うん。次の人達は、彼の先輩だから私は聞いてる」
「わかった!じゃあ」
ライブハウスの外に出る。
夢を追いかけて、キラキラしてる人達を見てるだけで息苦しくなる。
キラキラした人を見ると、水際に追いやられた魚みたいだと自分の事を思う。
吸っても吸っても空気が薄くて死にそうになる。
「あっ!青ダッフルコート」
文句言ってやらなきゃ!
私は、さっきの男に近づく。
「音」
歌ってた人が、結構大きな声で叫んでるのに男は気づいてない。
「おとーー」
反対側の道路にいるみたいに大きな声を出すとようやく男は振り返った。
「ごめん。気づかなかった」
「後、どのくらい?寿命」
「さあ?わかんないけど、最近は無音の時間が多い」
盗み聞きするわけじゃないけど、二人の会話が嫌でも耳に入ってくる。
「よかった。音に新譜聞かせてやれて」
「ありがとう。
「何言ってんだよ!幼馴染みだろ!俺は、音が声褒めてくれたから、今も歌ってんだ」
「大丈夫。徹の声は、弱ってる人を勇気づけるから」
「ありがとな!音」
「うん。じゃあ、帰るわ」
「大丈夫か?気をつけろよ。聞こえにくくなってんなら」
「大丈夫、大丈夫。じゃあ、行くわ」
青ダッフルコートは、手を振って歩いて行く。
さっきぶつかったの謝らせなきゃ!
何かわかんないけど。
私は、青ダッフルコートについていく。
ドンッ……。
「おいおい!ちょっと待てよ」
「あっ、すみません」
「いやいや、当たったの気づいたよな?」
「すみません」
「すみませんじゃないんだわ!コーヒーかかったんだわ!10万するスーツなんだけど、弁償な」
「すみません、もう一度」
青ダッフルコートは、男に胸ぐらを掴まれる。
「あっ、もう。こんな所にいたの」
「えっ?」
「何だ、お前。知り合いか?」
「あーー、友達なんです。ちょっと、この子耳が聞こえにくくて。それで、ぶつかったのにも気づかなかったみたいで」
「耳聞こえないのか?そりゃあ、兄ちゃん大変だな」
「すみません。スーツ弁償します」
「いや、いいよ、いいよ。そんな事情があるなら。下を向いてた俺も悪いし」
「すみません。ありがとうございます」
男は、ニコニコ笑いながらいなくなる。
「すごいね!どうやったの?」
「別にたいした事してない」
思いっきり女らしくしただけ。
大抵、今までこれで許されてきたから……。
「ありがとう。本当にありがとう」
「つうか、ライブハウスでぶつかったのに謝られてないから追っかけてきただけだから。お礼とか言わなくていいし」
「ライブハウスで!俺がぶつかったの?ごめん。気づかなかった」
「いやいや、耳聞こえなくても痛いとかわかるでしょ?」
「あっ、そっか。気づかなかったのは、前だけ見てたからか……。でも、何で耳」
「話し聞いちゃったごめん」
「いいよ。いいよ。隠す事じゃないから。ただ、口読むのは疲れるから……。ゆっくり話してもらっていいかな?」
青ダッフルコートは、鞄からタブレットを取り出す。
確かに、口を読むのは疲れるよね。
「ごめんね。手話とかも出来なくて……ってか、覚えさせてもらえなくて」
「えっ?」
「あっ、何かごめん。余計な事話したよね。あっ、電車乗らなきゃ!ごめん。ちょっと待って」
青ダッフルコートは、小さなノートを取り出してスラスラと紙に何かを書いた。
「ごめんね。連絡してもらっていいかな?俺は、
「
「琴葉さん。ごめんだけど、メールして。急がなきゃ」
青ダッフルコートは、タブレットをリュックにしまって走って行ってしまった。
何、あいつ……。
これが、音との出会いだった。
・
・
・
・
・
「ハンカチ、忘れてるよ」
「ありがとう」
「何、ニヤニヤして」
「何でもないよ。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
今の、音はもう何も聞こえない。
私の声も周りの
徹君の声も……。
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